白き風の娘
裁きの後、翔馬は城を後にし、二十名あまりのアイヌの民を宿舎として大江戸未来館へと招いた。
バスは重量制限で橋を通れず、馬車も不便とあって、七台の自動車を手配し、それぞれに分乗させた。
翔馬は、どうしても気になる通訳の少女を、自らの車に乗せた。
彼女が怯えるのを考慮して、アイヌ女性二人にも同乗を頼む。
車は静かに橋を渡り、江戸の町並みを抜けていく。
エンジンの音が、初めて乗る者たちの胸を震わせる。
翔馬は前を向いたまま、柔らかく尋ねた。
「君は、どうやって日本語を覚えたんだ?」
少女は一瞬、目を伏せ、アイヌ語でゆっくりと答えた。
「シラウオイ…白老で生まれました。和人は、もっとたくさんのものを奪うために、村から女や子供を人質に取りました。六つの時、私も函館へ連れて行かれ、奉公先の家で掃除などをしているうちに、日本語を覚えました」
そこまで話すと、彼女の声はかすかに震えた。
「けれど……」
翔馬は、手を静かに上げて彼女の言葉を止めた。
「……もういい。辛いことを思い出させたな」
少女は小さく首を振る。
「もう吹っ切れました。けれど、あの家を逃げ出すまでに数年かかりました。他の男にも、代わる代わる……我慢できなくなって、函館からシラウオイまで、三月かけて歩いて逃げました。でも、村は……和人の復讐を恐れて、私を受け入れてくれなかった。事情を話したら尚更、不浄の女は村には入れないと。隣の登別まで歩いたところで、ちょうど長老に今回のことで声をかけられたんです。」
「……君には、帰る場所があるのか?」
「……いいえ」
しばし沈黙が流れた。
翔馬はしっかりとハンドルを握り、前を見たまま言った。
「もしよければ、俺の屋敷に来ないか。ほかにも女中や子供がいる。皆いい人たちだ。しばらく休んで、心が落ち着いたら、未来館で何かを学んでみるといい。あそこは、学びと希望の場所だ」
少女は膝の上で指を組み、長く考えた。
(未来館、未来?希望?…今を生きる以外に考えたこともなかった。)
隣の女性が、そっと彼女の背を押す。「この方は信じていい。あなたのためになる方だ」
少女は小さくうなずいた。
「……お願いします。私の名はピリカレラです。掃除でも洗濯でもこなします。」
「ピリカレラ。……美しい風、か。いい名前だな」
車の外では、秋の風が穏やかに流れていた。
その名のとおり、少女の頬にも、少しだけ柔らかな風が吹いたようだった。
未来館に着くと、珍しい光景を見ようと群がる職員たちを翔馬が叱り飛ばし、静かな空間を作った。
温かい食事が用意され、アイヌの人々はようやく緊張を解いたように笑顔を見せた。
ピリカレラも、焚き火の明かりに照らされながら、初めて少しだけ笑った。