【スピンオフ発売記念SS】他人の話、夫のこと
※時間軸は、本編から数年後。
ディルクメインのスピンオフ刊行のお礼と宣伝SSになります。
(ほんの僅かにスピンオフのネタバレがあります)
「姉上、お久しぶりです」
実家に顔を出したセレイアは、久々に会った弟の顔を見て目を丸くした。
「……クリス? ど、どうしたの?」
「どうしたのって……何がです?」
幼い頃は小柄だった弟だが、十二歳になった頃からぐんぐんと背が伸びはじめ、今では夫と同じくらいになっていた。
いずれは家を継ぐつもりでいるらしいが、『小さい頃からの夢だから』を理由に騎士学校に在籍している。
騎士学校の制服である深緑色の騎士服を着ていて、その姿は姉の欲目も多少はあるが惚れ惚れするぐらい、とてもよく似合っていた。
けれども――。
「あなた……それは……どうしたの」
セレイアはクリスの顔を指さした。
「それ……? ああ、これですか」
クリスがしたり顔で顎をさする。
弟は養母似で、綺麗な顔立ちをしているのだが……その顔には、今までなかったモノが存在していた。
通った鼻梁の下から口周りが焦げ茶色の髭で覆われているのだ。
「どうです? 似合うでしょう?」
――似合わない。すぐに剃りなさい。
そう言いたくなるが、クリスは誇らしげにしている。
「……騎士として……お髭はどうかと思うわ……。まだ若いのだし、今から伸ばさなくてもいいのではないかしら」
セレイアは遠回しに、剃るように言う。
クリスは肩を竦めて、噴き出す。
「姉上、知らないのですか? 髭は流行の最先端ですよ」
「最先端……流行っているの? 髭が?」
「ええ、髭を蓄えたほうが野性的だと……ああ、野性的な男性が流行なのです。筋肉と髭。それが男の美徳です」
「筋肉と……髭……」
女性――特に若い女性は、筋肉と髭にときめくのだと、クリスは力説した。
セレイアは弟の説明に耳を傾けながら、何というか切なさと寂しさと喜ばしさが入り交じった気持ちになった。
幼くて無邪気だった弟が、他人の、それも女性の目を意識している。
弟の成長は嬉しいものの、少し複雑だった。
野性的な男性にあまり興味は持てなかったが、他人の好みを否定するつもりはない。
髭姿が全く似合っていなくとも、クリスが好んで伸ばしているならば、文句を言うつもりもなかった。
「日々の鍛錬で筋肉も少しずつついてきました。先に髭だけ伸ばしてみたのですが、なかなか似合っているでしょう?」
「そうね、驚いたけれど……お髭もいいと思うわ」
自信満々に問われ、セレイアは棒読みで答えた。
クリスは屋敷まで送ると申し出てくれるが、馬車で来ていたので断る。
「ああ、そういえば姉上、知っておられますか」
また来ると言い残し立ち去ろうとすると、クリスが思い出したかのように、そう切り出した。
「おかえり」
屋敷に戻ると、夫がどこかぼんやりとした顔でセレイアを出迎えた。
「ただいま。子どもたちは?」
「今眠ったところだ」
夫――ハロルドと結婚し、セレイアは二人の子どもに恵まれていた。
「せっかくの休みなのに、子どもたちを任せてしまってごめんなさい」
ハロルドが国王直属の騎士団の団長に任命されて半年。夫はなかなか休日が取れず、忙しくしていた。
貴重な休みだというのに、子守を任せてしまい申し訳なく感じた。
「俺のほうが任せきりなのだから、謝るのは俺のほうだろう。なぜ君が謝る?」
ハロルドは眉を顰め、意味がわからないといった表情を浮かべていた。
どうやら、セレイアに気をつかい言っているのではなく、本心からの言葉のようだ。
セレイアはほっこりした気持ちになる。
「……あなたも一緒にお昼寝してよかったのよ」
夫の黒髪は先ほどまで子どもたちに添い寝をしていのか、僅かに乱れている。
セレイアは背伸びをし、夫の髪を手ぐしで梳く。
「……昼寝をしたら君との貴重な時間が潰れてしまう。眠かったが、待っていてよかった」
ハロルドは久しぶりの休みを、家族で過ごせると楽しみにしていたのだろう。
父と養母が子どもたちに贈り物があるというので、実家に取りに行ったのだが、またの機会にすればよかったとセレイアは後悔した。
「ごめんなさい。次の休みは出かけないから」
「なぜ謝る? 忙しくしている俺が悪い」
ハロルドは気が利かないというか、女心に疎いところがあるものの、妻思いで優しい。
セレイアの自慢の夫だ。
「そういえば、ディルク様が婚儀を挙げられたそうだけれど……あなた、知っていたの?」
別れ際、クリスからディルクの話を聞いていたのを思い出し、セレイアはハロルドに訊ねる。
「…………ああ」
ハロルドは無表情で頷く。
ディルクは自身の治める領地ではなく、王都で婚儀を挙げたらしい。
国王も参列していたらしいので、ハロルドも知っていて当然だった。
「どうして教えてくれなかったの?」
「……なぜ教えなければならない」
「なぜって……元婚約者だもの……」
「今は全くの他人だ」
確かに、婚約を解消したので、全くの他人である。
けれど婚約を結んだのも、解消したのも、込み入った事情があったからだ。
それにディルクには他人には理解しがたい『変態的な趣味』もある。
身分からして、結婚していて当然なのに、長く独身なのもその趣味のせいだった。
秘密を知っているからだろうか。
他人ではあるが、彼にも幸せになって欲しいと、セレイアはずっと気にかかっていた。
「いろいろ迷惑もおかけしたもの。お幸せなのか……気になっていたの。お相手の方とは会ったの? どのような方だった?」
「君は……彼とよりを戻したいと考えているのか。残念ながら、彼にはその気はない。諦めたほうがいい」
低い声で言われ、セレイアは呆れた。
「……もしかして妬いているの?」
セレイアが問うと、図星だったのかハロルドは居心地悪そうに目を逸らした。
「あなたね、あれから何年経っていると思うの? その間、一度もお会いしていないし。たんに昔の知人だから、気になっているだけよ」
「何年経とうと……君の初めてを奪った相手なのは、永遠に変わらない」
深刻な口調でハロルドが言う。
「……口づけされただけなのに、変な言い方しないで」
結婚するまで知らなかったのだが、セレイアの夫はずいぶんと嫉妬深い。
「あなたと結婚してこんなに幸せなのに、ディルク様とよりを戻したいと思うわけないじゃない。ディルク様だって、私のことなんて忘れているわよ」
――もともと彼には恋愛感情はなかったのだから。
セレイアは機嫌を損ね黙り込んでいるハロルドの首に手を回した。
そうして、背伸びをして彼の唇に自身の唇を軽く押し当てた。
すぐにハロルドの逞しい腕がセレイアを抱き込んでくる。
「そういえば……クリスが髭をはやしていたの」
近くにあるハロルドの顎を見たセレイアは、弟の髭姿を思い出す。
「……はやしていたな」
「知っていたの?」
「……ああ」
「どうして教えてくれないの?」
「……クリスの髭が……君にとってそれほど重要だと思わなかったからだ」
「別に重要ってわけじゃないけれど……髭を生やすのが流行っているって言ってたわ。野性味のある男性がモテるんですって」
「……そうなのか……。セレイア、少し黙ってくれ」
「どうして」
「口づけできない」
真面目な顔で言われ、セレイアは頬を赤らめ、口を閉じて夫の唇を待った。
数日後――。
他人の好みを否定するつもりはない。
似合っていなくとも、本人がしたいならば、丸刈りにしようと髭もじゃにしようと、したいようにするのが一番だと思う。
けれども夫の場合は別である。
ハロルドが髭を蓄えはじめたのに気づいたセレイアは、似合っていないのですぐに剃るよう言った。
2021年9月28日にフェアリーキスピュア様より、スピンオフにあたるお話を刊行していただけることになりました。
タイトルは『王女様に婚約を破棄されましたが、おかげさまで幸せです。2 ある辺境伯の恋』です!
イラストは1に引き続き、北沢きょう先生になります。
2となっていますが、こちらディルクとディルクを好きになる女性のお話です。
(ハロルドとセレイアは出てきませんが、ディルクの領地にいる人たちは出てきます)
スピンオフのお話を書かせて頂けたのも、連載時の応援があったからです。
改めましてありがとうございました。
ディルクの幸せの行方が気になる方は、詳しくは活動報告に書いてありますので、ぜひ読んでみてください(カバーイラストだけでも見ていってくださいませ!!)