VSエルノール②
「私の言葉に偽りはないということを、教えて差し上げましょう」
エルノールがイッキの手にする長剣を指した。
「試しにその剣で、私を攻撃してみてはいかがですか? もちろん、反撃などしませんのでご安心ください」
「ああそう。じゃ、遠慮なく」
イッキが長剣を構えた。
エルノールは不敵にほほ笑む。
ズシィィ……ン!
「わわっ⁉」
逃げている最中、地面の揺れでリコはよろけてしまう。
体勢を整えたあと、リコは王宮を振り返った。
(じ、地震――じゃ、ない⁉)
王宮の屋根を突き破り、高く舞い上がり、エルノールは勢いよく地面に落下した。
斬撃だけで、地下の層からここまで、分厚い壁を破り吹き飛ばされたのだ。
ここは、庭園。
エルノールは大の字に倒れたまま、動かない。
そこへ、イッキが歩いて現れる。
「なるほど。さっきの言葉、ハッタリじゃなさそうだな」
「ふふふ――まったく、本当に人間ですか、あなたは」
エルノールは魔法の力で起き上がる。
その身体は、無傷のままだった。
「その青い障壁、魔法じゃないな」
エルノールを纏う青い障壁――度々、イッキの攻撃を阻害してきたものだ。
「ご明察。これは、神の寵愛によるものです」
「神……?」
「大サービスで教えて差し上げましょう。使徒は、それぞれが固有スキルを与えられるのです。私の場合――」
「いや、言わなくていい!」
イッキは慌てて両手を前に突き出し、制止のポーズを取る。
「そんなこと言われたら攻略のしがいがないだろ⁉」
「攻略……なんですかそれは」
「せっかくこの世界のボスクラスに出会えたんだ。楽しませてくれよ」
「やはり人間。理解に苦しみます」
エルノールは、密かに王宮の周辺に沈黙魔法を張り巡らせた。
これで、戦いの音が外部に漏れることない。
人間に苦戦する――そんな状況を知られるわけにはいかないのだ。
加えて、こんな人間の存在を認めるわけにはいかなかった。
下手をすれば、人間の『希望』になりかねない、危険な存在だ。
「人間相手に実に不本意ですが――本気でいきますよ」
エルノールが目を見開き、腕を交差させる。
すると、イッキの足元の地面が盛り上がり、イッキを取り囲んだ。
まるで砂の牢獄だ。
エルノールが両手をかざし、魔力を集中させる。
目標を中心に、円を形成するかのように魔力が圧縮されてゆき、空気が震えた。
「――爆発魔法‼」
一瞬、眩い光が辺り包み――巻き起こる大爆発。
爆風で王宮の一部が崩れ、木々も吹き飛んだ。
土煙がただよう中、エルノールは勝利を確信する。
「これでやっと、終わっ――」
ボフッ。
土煙の中から、イッキが飛び出した。
「ぐ……⁉ いい加減に、しなさい!」
最初はエルノールの頭上を長剣で狙うも、やはり障壁に阻まれる。
(やっぱりダメか。なら――)
角度を変え、上下左右、あらゆる方位からイッキはエルノールに斬撃を浴びせ続ける。
「衝撃魔法」
イッキの攻撃のカウンターを見計らい、エルノールは魔法を放った。
その狙いは――。
パキィ、ン……。
長剣を折られ、イッキは立ち止まった。
「だから言ったでしょう。無駄な努力はやめにしなさい」
「……くくく、道理で、手応えがないわけだ」
イッキは折られた長剣を投げ捨てる。
「そもそも、普通の攻撃が通じないってことか。それが神に与えられた力だろ?」
「その通り。私のスキルは――『絶対物理防御』。何人も、私に傷を付けることはできないのですよ」
エルノールは避ける必要がない。
イッキがどれだけ強くても、いずれ体力を消耗し、隙が生まれる。
ただ、その時を待てばいいのだ。
「おまえは、神に会ったことがあるのか?」
「いいえ。神に会えるのは王のみ。まあ、特に興味もありません。私は、世界の調和が保たれれば、平和であればそれで満足なのです」
エルノールは王の座には興味がなかった。
持論として、世界を動かすのに都合がいいのは王ではなく、直属の配下だとエルノールは考えていたのだ。
以前の世界の過ちを、繰り返させない――そのためには、手段を選ばない。
それがエルノールの選択だった。
(この世界は、私が守る)
「そうか。攻撃が通じないんじゃ、仕方ない」
「そうです。人間は、諦めが肝心――」
「あの空間に、物理が効かないモンスターがいなかったと思うか?」
イッキの発言は、突拍子のないものだった。
「突然、なにをわからないことを――」
エルノールは、そこで固まる。
イッキの髪が、服が、風もないのに揺れている。
この現象には既視感があった。
自身も、何度も体験しているのだ。
これは――。
(ありえない……ありえない……この世界の人間が、扱えるわけが――)
「やたら面倒だから、使いたくないんだよなあ。その点、連発するおまえは尊敬するよ」
イッキが手の甲をエルノールに向けた。
そこに光を帯びて浮かび上がる、小型の魔法陣。
雷光をその手にまとい、イッキは笑う。
「まさか……人間が……魔法を⁉」
「死ぬ気になりゃなんだってできるってことさ。まあ、実際死にまくったんだけどな」
(ダメだ、この人間は必ず――世界を壊す……!)
「私の世界を――二度も破滅に導くつもりですか……! 脆弱な人間があああああッ!」
バチィッ!
雷光が頬をかすめ、エルノールは血を流した。
それは『鉄壁』の二つ名が、初めて崩れた瞬間だった。
「――私の、世界だと? 調子に乗るなよ、クソエルフ」
「あなたはここで、私が消し去る……ッ!」
そこからのエルノールの猛攻は、魔力に任せた破壊のみだった。
イッキが避ける度、王宮が、美しい庭園が崩れてゆく。
魔力の消耗を続けながら、エルノールは悟っていた。
このままでは勝てない、と。
だが、『攻略法』を見つけていながら、イッキはエルノールを仕留めようとしない。
魔力も底を付きかけた頃、疲れて膝を付くエルノールを、イッキが見下ろしていた。
その瞳に、エルノールは『迷い』を感じ取る。
「――わかりました。降参、です」
「…………」
「人間にも、あなたのようなものがいるなんて。考えを、改めなければなりませんね。王の願い……奴隷解放の実現を、私も、他の使徒にかけあってみましょう」
(まずは、油断させる――)
「あなただって、本当は『殺し』は嫌なんでしょう? その目を見れば、わかります」
そろりと後ろに手を伸ばし、潜ませた短剣を握りしめる。
「あそこにいる――あなたの主人の、リコさんも悲しみますよ?」
イッキが振り返る動作を取った瞬間、最後の魔力で自身に強化魔法をかけ、短剣をイッキの首めがけ突き刺す――ことは、叶わなかった。
がっしりと手首をつかまれ、もう片方の手で口を封じられる。
「――むぐッ⁉」
「力ですべて押さえ込み、自由を与えない。これが、おまえたちが人間にしてきたことだろ?」
口を封じた手に、徐々に魔力が込められてゆく。
エルノールは顔を動かすことさえ許されない。
(これが……王の言っていた、人間の可能性……⁉ 嘘だ、私は、信じない……!)
「おまえは明確な『敵』だ。それと、二つ理由がある。一つ、今後の計画におまえは邪魔なんだ。二つ――」
イッキの脳裏に、焼き付いて離れない光景が浮かぶ。
魔力がさらに膨張し、エルノールの身体から湯気を上げさせた。
(私が人間に――嘘だ、嘘だァァァァッ!)
「おまえはリコを、泣かせた」
――カラン。
短剣が地面に落ちる。
エルノールの存在は、もうどこにもない。
「……お礼を言っとくよ」
イッキは自分の手のひらを眺めてから、まぶたを閉じる。
「――ずっと、俺を人間って呼んでくれて、ありがとう」
それが、手向けの言葉だった。
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