死線
-注意-
今回は流血シーンがそれなりにあります
ご注意を
誰かが唾を飲んだ。
やけに耳障りだったが、自分の喉から響いた音だと直ぐに気付いた。
姿を見せたそれは、まるで悪夢のようだった。
這いずっているのに、体の厚みは俺達の膝を超えている。
先の鋭い槍のようにも映る触角は、極太の鞭のようにしなり風切り音を伴って蠢く。
毒を打つ為の鋭い顎は、まるで向かい合った鎌の様だった。
藪を薙ぎ倒しながら這い出して来てるのに、無数の足はカサカサという小さな足音しか立てずに、まるで滑る様に迫って来る。
黒光りする背板は大人の肩幅を優に超え、尾はまだ見えていないが、かなり離れた藪を激しく揺らしている。
「魔術師隊、放て!」
先の鋭い岩の槍が何本も真上に突き出すが、何処から飛び出すのかを理解しているかのように、蛇行させた胴体に当たらない。
辛うじて数本、脚を捉え千切り飛ばしたが、迫り来る勢いは衰えてくれない。
長い触角がその背に届きそうになった時、ザラさんは頭を下げて転がるように拒馬の間に滑り込んだ。
タイミングを計っていたのか。
その瞬間、魔力を溜めていたロマーノと呼ばれた魔術師の魔術が発動した。
同時に複数の岩の槍が地面から突き立つ。
頭部こそ外れたが、何本かが胴体を捉え、地面に縫い付けた。
小さく歓声が上がる。
流石に痛みを感じたのか、頭部を捩るように高く上げた。
「今だ、弩、放て!」
「今だ」の「い」とほぼ同時、巻上げ式の強力な弩から放たれた金属製の矢は、その半分が触角で叩き落とされた。
だが残りは全て、頭部に近い胴体に突き刺さった。
突進こそ止められたが、烈しく暴れる巨体が周りの拒馬を弾き飛ばした。
慌てた様に何人かが飛び避く。
尖った丸太の先端が硬い背板に突き刺さり、更に烈しく暴れ回る。
「頭部の側面から当たれ!
弩を受け取った者は二人一組で巻き上げと射撃、急げ!
間違っても味方に当てるなよ。
魔術師隊、二発目の準備だ。」
クソ。
まるっきり化け物じゃないか。
こんなのどうすりゃいいってんだ。
数人の騎士がウォーハンマーを手に鎧をガチャつかせて、頭部の側面に回り込もうとするが、その動きが速くて、更には不規則に暴れているので迂闊に近付く事ができない。
歴戦の騎士団員達が攻めあぐねていた。
他の冒険者達も続々と駆け付けて来たが、殆どは武器を手に構えている事しか出来ていなかった。
それでも槍を構えた何人かが雄叫びを上げ、加勢に入った。
間合いはウォーハンマーより長いが、やはり近付くの無理っぽい。
間合いギリギリで突くのが限度のようだ。
「一旦、離れて!雷撃の魔術を使います!」
女性の冒険者が大声で叫んだ。
すぐさま間合いを取る騎士達と、加勢に入っていた冒険者達。
直後。
上空から紫電が落ちた。
肉が焦げる匂いが辺りに立ち込め、流石のムカデも嫌になる程太く長い躰を激しく震わせた。
だが、突き出した岩の槍が避雷針代わりになったのか、震えがおさまると直ぐにまた暴れ出した。
空気を裂いて、弩の二射目が飛ぶ。
暴れている為か殆どが当たらず、かろうじて数本が顎肢の下に突き立った。
直後、別の冒険者の魔術師が火炎系の魔術を連続で放った。
「馬鹿野郎!
こんな村の直ぐ側で火の魔術は使うな!
村ごと焼き尽くす気か!」
指揮を取る騎士の怒鳴り声が響くが、恐慌を来しているのか盲撃ちのように放ち続け、止める様子が無い。
周りの数人掛かりで取り押さえたが、藪に飛火して激しく燃え上り始めていた。
「誰か、魔術で消火しろ。魔物以上の災害になるぞ!」
「待って下さい!」
咄嗟に叫んでいた。
「村への延焼だけ、何としても阻止して下さい。でも草原はこのまま、このままで!」
「何だと!?いやそういう事か、よし。
魔術師隊、村に防護結界を張れ、急げ!
他の魔術師も結界魔術が使える者は協力してくれ!」
俺の言葉の意味を理解したのか、指揮を取っていた騎士が指示を飛ばした。
「ジェスター、アンタ何を。」
姐さんが困惑した表情を浮かべ、そう言った。
だが半拍遅れで理解したのか、なんとも言えない凄まじい笑顔を浮かべた。
「えげつない事を考えるね、アンタも。」
姐さんがそう言った時、炎で体を焼かれ、激しさを増して暴れる化け物ムカデが弾き飛ばした拒馬に、何人かが巻き込まれて吹っ飛んだ。
「巻き上げ止め!
手分けして負傷者の回収!
治療に当たれ、直ぐ!」
弩を放り出し、見習い達が駆け出す。
クソ。
まだ死なないのか。
衰える気配すらない。
痛みなのか、怒りなのか。
暴れ方は、激しさを増すばかりだ。
次の瞬間。
体縫い付けていた岩の槍が、暴れ狂うその勢いに負けたのか、バキバキと折れ始めた。
マズい。
自由に動かれたら、完全に対処しきれなくなってしまう。
一瞬で状況を理解した騎士達が決死の覚悟で突撃する。
ようやく藪から出てきた長い尾で、二人が弾き飛ばされ、宙を舞って燃え盛る藪の中に落ちて火達磨になった。
それを見て、仲間の名を呼び足が止まった騎士が喰い付かれ、鋭い顎が鎧の腹部と背中、両側から貫通した。
取り落としたハンマーが鈍い音を立てて、ムカデの頭部に当たり跳ね返った。
大きく伸び上がり、顎に捕らえられたまま振り回され、放り投げられるようにして飛んで行き、防壁にグシャッとビチャッが混ざった様な、耳を覆いたくなる音をたてて激突した。
幾つもの鋭い悲鳴が同時に上がる。
またも吹っ飛んで来た拒馬に何人か巻き込まれた。
頑丈に組まれたそれが災いして、倒れた後はピクリとも動かない。
胴の薙ぎ払いを避けた直後、突進に掬い上げられる様に弾き飛ばされ、拒馬の上に仰向けで落ちた冒険者の体を尖った丸太の先端が突き抜け、辺りに血飛沫をぶち撒けた。
槍を手放し必死で抜こうともがく冒険者の右足が、ブチブチと音を立てて噛み千切られる。
吹き出した血が、体の下の拒馬を伝い地面に広がっていく。
うねる胴体に足を取られて転倒した騎士が、顎で獲えられ、現実味が無い程長い体に抱え込まれると、兜ごと頭を噛み千切られた。
噴水の様な勢いで吹き出す血液が、ムカデの頭部と地面を真っ赤に染め上げた。
マズい。
ヤバい。
このままでは、どうしようもない程ヤバい。
どうする。何が出来る。
クソっ。
その時。
視界の端で誰かが、落ちていたウォーハンマーを拾い上げ走り出した。
その瞬間。
見えているモノ全てが、酷くゆっくりになった。
拒馬に飛び乗り、勢いそのまま高く宙に舞う。
見ただけで震えが来るような、そんな不思議な、恐ろしい、食いしばった歯をむき出しにした、でも笑顔にも見える形相を浮かべたアーネスだった。
辺りの炎に照らされて妖しく黒光する、暴れ狂うムカデのその眼が新たな獲物を捉えた。
勢いを付ける様にして長大な体を宙に伸ばす。
毒を持つ下手な刃物より鋭い顎を一杯に開き、噛み付かんとアーネスに迫る。
アーネスは飛び上がりながら振り上げていた、ウォーハンマーを雄叫びを上げながら振り下ろす。
届かない。
そう思った戦鎚は頭部より前に突き出た、顎の尖端に当たり片方を根本からへし折った。
一瞬、歓声が上がりかけたが、直ぐに掻き消えた。
空中で酷く激しく振られた頭部を叩きつけられ、アーネスが錐揉みのように吹き飛ばされて行く。
指揮を取っていた騎士の真横、一際大きなテントに落ちると、支柱がバキバキと音を立てて折れ、完全に押し潰した。
フッと周りの音が消えた。
自分の鼓動だけが、やけに耳を打つ。
視界が真っ赤に染まったように感じ、同時に思考が無になった。
相変わらず、周囲の動きは酷くゆっくりだ。
その中で俺は走り出していた。
アーネスの手から溢れたウォーハンマーが、地面で跳ね鈍い音を立てた。
それを跳ね上がり際で受け止め、両手で一回しする。走りながら。
残った顎の側から、拒馬に飛び乗る。
勢いは殺さない。
振り上げる勢いも使って高く飛んだ。
間合いに、入る。
落下の力も上乗せして、渾身の力で振り下ろす。
インパクトの瞬間に全ての力が、そこに集中するように。
根拠はない。
でも外れる気がしなかった。
事実、命中した。
側頭部、目玉の少し上辺り。
硬質な音を立て、何かの汁を飛び散らしながら、めり込んで行く。
手に伝わる衝撃で、両方の手首の骨が折れた。
それでも。
振り切る。
頭部と顎が生えた節が、一緒にグリンと半回転した。
ヤケにスローな視界一杯に、上下逆さまになった頭部が迫って来る。
最初に、それは振り下ろしていた両腕に当たった。
手首の折れた腕が、曲がっちゃいけない方向に曲がる。
手からウォーハンマーが溢れ落ちた。
そのまま体にも当たる。
肺から全ての空気が押し出されていく。
パキッ、ポキッと肋が折れる音が耳に響く。
今後はもう、一生聞かなくてイイ音だ。
弧を描くようにふっ飛ばされて、アーネスが落ちたのとは道を挟んで反対のテントを、まとめて薙ぎ倒しながら落ちた。
どうやら、意識が飛んでくれそうだ。
痛みを感じる前に。
途切れる前の最後に浮かんだ思考は、
「こりゃあ、やっちまったな。」
だった。
やっと、戦闘のちょっとアレなシーンが書けました。
最後に感謝を。
お読みくださって頂いている方、ありがとうございます。
ダメな作者のモチベにつながるので、ブックマークを是非お願いします。
「こりゃ、駄目だ、ダメ親父だけに」とか思ったら、切ってくださって結構ですので………。
次回 二日目は………