蒼槍城 その二
「ハハ、気にせずともお座り下さい。
どうしてもと思われるのでしたら、着替えられてはどうですか。
少しは気持ちが楽になると思いますよ。」
ノックに続いて名乗ったガスリーさんに入ってもらったら、困り顔で立ち尽くすアーネスを見て言った言葉だ。
クラウディアさん、イザイルさんが出て行った後、しばらく固まっていたが、結局俺達は腕を組んで唸りながら立っている事しか出来なかった。
寝室を覗くのも正直ちょっと怖かった。
好奇心より怖さが勝るのは初めてだったし、アーネスのそんなところを見たこともなかった。
アーネスは目で「どうするよ?」と言ってきたが、俺にもわからなかった。
アイツの知識にも、貴族の屋敷での振る舞い方なんて無いし。
二人してただ困惑していたところに、ノックが響いた。
入ってもらったガスリーさんの生暖かい表情に、顔が熱くなったけど、今は真面目に助けて欲しかった。
「伯爵様に報告に上がる前に気になって来てみましたが、どうやら感が正しかったようでなによりです。
日が射して少し暑いようですね。
窓開けますか。」
そう言って窓に寄ると、外開きの窓を開け放った。
深いワイン色のカーテンの両脇に下がった、先に赤い玉が付いた革紐がスッと上がる。
大きな窓を閉めるのに身を乗り出すのは、ちょっと怖かったけど、アレを引けば閉まるのね。
「寝室にはバルコニーがございます。
出てみて下さい。
当家自慢の庭が一望出来ます。
気持ちいいですよ。」
振り返ってそう言ったガスリーさんの顔は、相変わらず優しげだ。
「さて、この後の事ですが、お食事の後で伯爵様がお会いになられるでしょう。
その際に何か希望がないか聞かれますので、考えておいて下さい。
余程無茶な要求でも無い限り、聞き入れてくださいます。
入り用な物は何でもクラウディアにお申し付け下さい。
マローダ殿は明日、みえられます。
お二人について打ち合わせがあるので、日暮れ前までは残られます。
伝言があるなら、それもクラウディアにどうぞ。
それと一応食事は我々と同じ物を用意する事になっております。
私が言うのもなんですが、貴族の饗す料理はお二方には合わないでしょうしね。
ではこれで。」
そう言って立ち去ろうとしたガスリーさんをアーネスが呼び止める。
「あの。」
「何かございますか。」
「トイレって。」
「これは失礼。
私の実家も庶民なのですが、この暮らしに慣れすぎて失念しておりました。
途中一つだけ意匠が違うドアがあったでしょう。
あちらでございます。
クラウディアにはトイレの案内は必要無いと、申し渡しておきましょう。」
「あの、俺からもいいですか。」
ガスリーさんは眉だけ動かし促す。
その仕草、格好いいな。
「服を見てもらいたいんです。
持っている服で失礼が無いか聞きたくて。」
俺の言葉に微笑むように目を細めたガスリーさんは、ドアの脇の革と赤い布を編んだ少し太い紐を指すと、
「練習だと思って隣室に控えているクラウディアを呼んで、彼女に聞いて下さい。
彼女の方が相談にふさわしいでしょうから。
彼女は普段、オシャレでね。」
そう言って一礼すると出て行った。
「俺、トイレ。」
続くようにアーネスも出て行く。
本当にトイレに行きたかったのかい。
俺は一人になって小さく溜息を吐くと、とりあえずクローゼットを開けて衣類を詰めた鞄を取り出すと、まだ袖を通していない麻の生成りのシャツと、濃紺のズボンを出して着替えた。
ソファはまだ気が引けたので、椅子を引いて座る。
背もたれに背中を預けると、自然と溜息が出た。
あの日。
親のメスが狩られた日。
別動隊が全て戻ると、騒ぎは最高潮に達した。
その前から酒盛りが始まったが、俺達は指を咥えて見てるしかなかった。
戻った別動隊が混ざり正に最高潮って時に、頭の上に「ソワァ」を幾つも浮かべていたアーネスが動いたのに釣られて俺も混ざろうとしたら、いつの間にか背後に立っていたアイザックさんに、二人して首根を掴まれテントに引き摺り戻された。
テントの上に頭を擦り、突き破る勢いで仁王立ちするアイザックさんに無言で睨まれ、ちょっとだけ泣いた。
アーネスも。
何だあの迫力。
ちなみに姐さんは、引き摺られる俺達を見て、ミラさんの首を極めながら爆笑してました。
高速でタップするミラさん。
そっと離れるザラさん。
クソ、楽しそうだったな。
その後、三度目の麦粥を持って来たアイザックさんに、溜息を吐いたアーネスが額を擦り合わされながら睨まれて、半泣きで謝ったり、酔ったアイギスがけたたましく笑いながら入って来て、半裸になるまで脱いだ後、ワザとらしく、「間違えちゃった〜」とか言ってそのままの格好で、サイズがおかしい胸を揺らしながら出て行ったり、姐さんが何故か号泣しながら入って来て、俺達に首がもげるかと思う勢いのビンタして出て行ったりした。
思い返してつくづく思う。
何だあのカオスな時間。
その後は、警備隊の人達やバロウズさん、グレンさんが入れ替わりやって来て、お礼やねぎらいの言葉を掛けてくれたり、会った事がなかった騎士隊長のボルドーさんが来て、やっぱりお礼とねぎらいの言葉をもらった。
その時にボルドーさんが、
「我々は明日の早朝帰還する。
この村には二班が残りおよそ一月程度、交代で探索と警戒を続けるので安心してくれ。」
と言ってから出て行った。
確かに安心だ。
俺達はシーツを被って横になったが、騒ぎが割と遅くまで聞こえて来てたり、大きな勝鬨が聞こえた後、お開きになったかと思ったら、それぞれのテントに歌いながら戻る冒険者達の声が聞こえたり、高笑いする姐さんと、それをなだめるミラさんの声が聞こえたり、高笑いするアイギスの声が聞こえたりで、なかなか寝付けなかった。
クソが。
翌朝、ほぼ同時に目覚めた俺達は外に出て深呼吸すると、軽く屈伸をしたりして体を伸ばした。
やっぱりちょっと牛糞臭かったり、それに焦げた匂いが仄かに混ざってたりしたけど、気持ちのいい朝だった。
丸八年。
同じ生活ペースで暮らした俺達は、眠気が来るのも、起きるのも殆ど一緒だ。
「勇者を打倒出来る者」
コレが無ければ、もう少し晴れやかな気分になれてたのかもしれない。
無二と言える親友の隣で。
「出来る」ってだけならいい。
そうならないように立ち回る事も出来るし、アイツの話の自称神々が介入して来なければ、どうとでもなる。
だけど。
「早いね。お前達。
おはよう。」
テントから出てきた姐さんに挨拶され、俺達も頭を下げる。
酒が残ってる雰囲気はない。
「イヤァ、昨日はしこたま飲んだね。
あんまり覚えて無いよ。」
そうですか、幸せそうで何よりです。
器を取りに来たアイザックさんにスルーされて、夕べあなたに殴られたところがまだ痛いんですよ。
アーネスが頭を上げて駆け寄る。
理不尽ビンタの後でもまだそれか。
忘れられない俺と違って、根に持たないお前が羨ましいよ。
「いい天気じゃないか。
お前達も、心置きなく帰れるね。
本当にいい日だ。」
姐さんはそう言って、ニカっと笑いながらアーネスの頭をくしゃくしゃにした。
全く。
この人には勝てそうに無い。
その後、俺達は顔を洗って身支度を整えた。
壊れた革鎧をどうしたものかと思っていた所に、姐さんが呼びに来た。
「あ〜、鎧は駄目だね。
特にアーネスのは。
古布として売っちまいな。
タダ同然だろうけど、石鹸位なら買えるだろうさ。
手甲と脛当ては伸びちまってる所から切って、分割にして貰えばいいんじゃないかい。
買い替えより、加工賃の方が安く済むし、物は悪くないからね。」
そうアドバイスをくれた姐さんに感謝だ。
そんな手があったのか。
「ありがとうございます。全部買い替えかと思ってました。」
「まあそれも領都に戻ってからさ。
それに王都に行くならそっちで買ってもいいじゃないか?
物は質も量も王都の方が豊富だって言うからね。」
確かに。
朝はアイザックさんの許可が出たので、姐さん達と取った。
ザラさんが作ってくれた、刻んだ干し肉と野菜のスープ。
美味かった。
特に大きく切って入っていた、芋がホクホクしてて美味かったな。
「報酬は、金貨三十八枚と大銀貨十五枚、小銀貨三枚です。」
「は?」
「一人金貨七枚、大銀貨十五枚、銅貨六枚ですね。」
「マ、マイラさん?」
「それと、まだ受け取られてないと警備隊から預かっている報酬が、お二人には大銀貨三枚づつあります。
またミラさん、ザラさんには二日目以降の参加報酬と、発見した死骸の魔石分は後日、別途支払われます。」
「いや、あの。」
報酬の確認に来て、告げられた金額に戸惑う。
混乱する俺の肩に姐さんが手を置く。
「何も間違っちゃいない。」
イヤ、おかしくくない。
金貨一枚かそこらだと。
「昨日のお前達の様子から、親の魔石や討伐報酬の一人占めは嫌がると思って、あらかじめ話を付けてある。」
なら、なおさらおかしいでしょ。
混乱し続ける俺にマイラさんが、スッと書類を差し出した。
報酬の内訳だった。
「ムカデ四体討伐、大銀貨三十二枚
魔石四個、金貨五枚
頭部買取(通常買取)、大銀貨三十二枚
親ムカデ(オス)討伐、金貨二十枚中八枚(騎士団:他のパーティ:俺達 ニ:四:四)
魔石、金貨二十五枚中十枚(上記同様)
頭部買取、金貨三枚(騎士団、他のパーティは辞退)
探索で発見された焼死したムカデ五十二体討伐、大銀貨四枚小銀貨三枚(全体の一割、死骸で発見された物のみ)
探索で発見された焼死したムカデの魔石五十二個、金貨六枚大銀貨十枚(上記同様)
参加報酬一日、大銀貨四枚
以上。」
あれ、意外と妥当だ。
「銅貨になってる分はお前達にやるよ。いいよなミネア。」
「ああ、それくらいならいいさ。」
「お前等の三日分の食費は返すぜ。ミネアは食ったから返さん。」
あれ、小金持ちになった?
俺達。
計算あってるかなぁ
検算したけど自信なし
次回 蒼槍城 その三