SS.2 恋とも言えない、小さな恋の唄
本編50話記念として更新しました
現在は前半部分の統合を行ったので、中途半端な話数になってますが(汗)
明るく快活な笑い声が響いていた。
近所の子供達のガキ大将。
端から見れば、そう見えただろう。
間違ってはいない。
事実、その子はこの辺りの子供達のガキ大将だった。
だが一際目立つ、同年代の子から頭一つは大きなその少年はそこ、王都の下町には住んではいなかった。
見る目がある者なら、その少年が身に着けているものが、土にまみれて汚れたそれが、仕立てのいい物だとわかったかもしれない。
夕暮れ時。
取り巻きの子供達に別れを告げ、家路に向かうその足取りは軽やかだ。
そして誰もが振り返る程、その年頃としては足が速かった。
まるで回転でもしてるかのように。
「坊主、旦那によろしくな。」
そう声を掛ける者もいたが、その少年の返事は、
「おう、おっちゃん。覚えてたらな~。」
と、いい加減なものだった。
帰宅した彼の家はいつも賑やかだ。
住んでいる者も来客も、どちらも多い。
国内外の商人、貴族の使い、使用人、下働きの奴隷、少年の兄、姉、弟、母。
そしてどうにも馬の合わない父。
雑多な人に囲まれても、彼の顔が曇るコトは滅多になく、その笑顔は周りの者の心を少しだけ明るくした。
「母さん、腹減った。何かある〜。」
「こんなに汚して、それから今日はお父さんが帰る日よ、忘れてたでしょ。
もうすぐ夕食だから、勝手に摘んだりしちゃダメよ。」
優しげな笑顔を浮かべ窘める母親は、彼にとっては自慢の美しい人だった。
白く輝く歯を見せて、彼はイタズラっぽく笑みを返す。
「帰ったぞ~。イヤァ、今回も酷い目にあったわ。」
玄関から響くその声に、まだ幼い弟が駆け出した。
彼も声がした方に目をやった。
兄弟達の中では彼が一番似た顔立ちのこの家の主、ヤンガス・バルドール、やがて勇者と共に魔王を討つ事となるバルガス・バルドールの父が、荷物を運び込む従者を引き連れて帰宅した。
よくある光景。
各地で買い付けに、契約にと飛び回るバルガスの父は、この家には年の半分もいない。
そのくせ、帰る度に大きな顔をして我が物顔の父が、彼は何となく苦手だった。
「おお、ちゃんと良い子にしてたか、コルトー。」
そう言って弟を抱き上げたヤンガスの顔は、バルガスとそっくりの笑顔をしていた。
「おっ、バルガス。
お前はどうやら、相も変わらず元気過ぎるようだな。」
そう言って頭をワシワシと撫でる。
「父さん、痛いって。」
こんなところも苦手だったが、周りの視線は何時もの光景に温かい物になっていた。
階上から降りて来た姉のシーラ、既に成人して商会を手伝っている兄のユグノーも帰宅した父に、にこやかに挨拶をしている。
「お帰りなさい、あなた。ほらちゃんと挨拶して、バル。」
渋々といった表情を隠さず、彼もまた挨拶をした。
「お帰り、父さん。」
その時、従者に伴われ一人の少女が入って来た。
周りのざわめきが、スッと遠くなる。
黒髪。
紅い瞳。
痩せぎすと言ってもおかしくない程、ほっそりとした体。
透けて消えてしまうのではないか、そう思う程の白い肌。
小さな唇は、紅を差したかのように赤い。
多分、弟と同じか少し下。
戸惑うように辺りに視線を這わせる、その顔から目が離せなくなっていた。
だが、首に付けられた金属の首輪に気付いて、そっと目を背けた。
「あなた。」
「ああ、奴隷商から引き取った。アナスタシア、頼めるか。」
「はい、あなた。
さあ、いらっしゃい。今日からここがあなたのお家よ。
あなた、お名前は?」
声を掛けられビクリと身を震わせた彼女は、戸惑った様子でバルガスの母を見上げた。
少し怯えているのか両手を揉むように合わせ、一歩後退りする。
「大丈夫よ。
責めてる訳じゃないわ。
お風呂に入ってご飯を食べましょう。
その前に、お名前、お名前をおばちゃんに教えてくれないかしら。」
目線を合わせてしゃがみ込んだ母に、おずおずといった様子で彼女が答える。
「ソ、ソリア。」
「そう、ソリアちゃんね。
おばちゃん、ちゃんと覚えたわよ。
シーラ、あなたもいらっしゃい。
食事の前にお風呂にしましょう。」
「はーい。」
パタパタと足音を立て、母に付いて行く姉と、母に手を引かれ歩くソリアに目線を送っていたバルは、兄の言葉に父の顔へと目線を上げた。
「父さんまたですか。これで何人目です?」
「いちいち覚えてないよ、ユグノー。留守中、変わった事は。」
「特には。
しかしあの娘。
珍しい目の色ですね、ひょっとして。」
「ああ、魔族だ。
少し訳ありでな。
お前も気に掛けてやってくれ。
バルガス、コルトー、お前達もな。」
この瞬間、バルガスの中で、恐ろしい種族という魔族への思いが消え失せた。
「なぁんだ、普通じゃんか。」
内心そんな風に思ったが、同時に魔族への、というかソリアへの興味が強く湧いた。
その日からソリアはバルドール家の一員として迎え入れられた。
下働きをさせるにもまだ幼い彼女は、まるで養子かのように扱われた。
慣れたもので家族を含め、家の者は誰も異を唱えるどころか、疑問にさえ思わず受け入れていた。
最初こそ戸惑うように、オドオドとした様子を見せていたソリアだったが、何日かして首輪を外されてからは落ち着いた雰囲気になっていった。
流石に寝室は他の奴隷達と一緒だったが、躾の行き届いた彼らに無碍にされるような事は無く、あれこれ世話を焼かれていた。
強い興味はあったものの、行動から入るバルガスにしては珍しく、声を掛ける取っ掛かりが掴めずにそんな様子を遠巻きに眺めていた。
少しづつではあるが、笑顔も見せるようになったソリアから、バルガスは目が離せなくなっていった。
そんなこんなで毎日、元気に遊び回っていたのが、ソリアが来てからというもの、下町に行く事も少なくなり、取り巻きの子達を心配させていたりしたのだが、当の本人は気にもしていなかった。
と言うか、そんな風に思われているなど頭に無かった。
当然、周りはバルガスのそんな様子に、誰もが気付いている。
だが誰一人、それには触れない。
ただ微笑ましく見ているだけだった。
ソリアがバルドール家にやって来て、一月程が過ぎた頃。
まだバルガスは上手く接する事が出来ずにいた。
そんなある日の昼下がり。
ソリアの方はこの生活にもすっかり慣れた様子で、笑いながら姉のシーラと庭の木陰で花冠を作って遊んでいる。
それを自室の窓から眺めていたバルガスは、ふと不思議な気分になった。
悲しくないのに何故か泣きたくなる。
笑顔のソリアを見ていると、鼻の奥が少しツンとする。
それがどういう感情か全くわからなかった。
負けたケンカでも泣いた事が無いのに、泣きそうになるのが嫌じゃないのも、バルガスには謎だった。
元来、快活なバルガスには無縁で、しかも初めてなった気持ちだったので全く理解が付かなかった。
声を聞くのも、顔を見るのも。
嫌ではないのに、嫌だった。
彼女が視界に居ないと不安なのに、見るのが怖くなった。
声が聞こえると安心するのに、心がざわついてそれを不快だと思った。
刃物を振り回すチンピラは怖くない。
年上の悪ガキに囲まれても怯まない。
なのに、正反対の事を同時に感じる今の自分が怖かった。
そんな事を思わせるソリアが怖かった。
ソリアの綺麗な赤い瞳に見られると身が竦んだ。
そんな自分にどんどん混乱して、結果ソリアを避けるようになっていった。
そんなバルガスの様子に最初に気が付いたのは、他でもないソリアだ。
この家に来た日。
食事の時に挨拶して以来、何か言いたげな雰囲気でこちらを見ているその視線に、当然ながら気付いていた。
元気過ぎるくらい元気で、優しく明るい子。
周りの人達にそう聞いていたのに、話し掛けてももらえないのは何故だろうと思っていた。
ある時から、返事くらいはしてくれていたバルガスが、ソリアが声を掛けようとすると、フイっと視線を外して何処かへ行ってしまうようになった。
近付くとスッと身を躱される。
嫌われているのかと思って少し悲しかった。
彼女は嫌われる事には慣れてしまっている。
魔族というだけで散々避けられて来たからだ。
それでも、慣れてはいても、嫌われるのはやっぱり少しは悲しい気持ちになる。
そんな気持ちに蓋をして、ソリアはバルガスには必要以上に関わらないように決めた。
これ以上、嫌われないように。
バルガスに不快な思いをさせないように。
二人が微妙な距離のまま、半年程過ぎた頃。
バルガスの十二歳の誕生日当日に、家の者全員でお祝いの準備をしていた。
バルガスは浮かない顔をしている事が増えていたが、この日は朝から何故か機嫌が良さそうだった。
時折、調子外れの鼻歌を歌ったりしている。
ソリアを含め皆が密かに心配していたが、この日の様子に誰もが目を細めていた。
台所でお菓子作りの手伝いをしていたソリアのところに、フラリとバルガスがやって来た。
「ソリア、いる?」
さっきまでご機嫌で鼻歌を歌っていたバルガスが、緊張した顔でそう言って来て、ソリアは身を強張らせた。
「ちょっとこっち来て。」
関わらないように気を付けていたソリアは、どうしていいのかわからなくて周りを見渡したが、皆にこやかに頷いたので仕方なく付いて行く事にした。
廊下の隅に連れて行かれ、少し怖くなっていたソリアに、バルガスは振り向くなり深く頭を下げた。
「ソリア、ゴメン。」
何が?
何を謝っているのかわからず、当たり前だがそう思ったソリアにバルガスは頭を下げ続けた。
「何か、ゴメン。
ずっと避けてて。
こんなの好きじゃないし、俺、こんな自分が嫌で。
だからゴメン。」
面食らい、キョトンとしていたソリアは不意に可笑しくなって、小さく笑った。
顔を上げ、どこか照れ臭そうに頭をワシワシと掻くバルガスを見て、小さいままだが笑う事が止められなくなったソリアは思った事を聞いてみた。
「バルガス様は私がお嫌いだったのでは?」
キョトンとした表情を浮かべた後で、急にワタワタと手を動かし、
「違うよ、嫌ってなんかないよ、むしろ、イヤその。
てかバルガス様はやめろよ、なんかムズムズする。
姉ちゃんの事をシーラちゃんて呼んでるだろ。
あんなんで良いよ、あんなんで。」
そう言ったバルガスのその仕草や、表情がコロコロ変わるのが可笑しくて、ソリアはまた笑った。
「バルガスちゃん?」
「それ、なんか変だよ。
てかちゃんはヤダ。
あ〜もう、バル、バルって呼べよ。」
「じゃあ、バルくん?」
笑顔を浮かべ、小首を傾げたソリアにそう呼ばれ、顔どころか胸元まで真っ赤になったバルガスは小さく、
「おう。」
と返した。
そんな様子も可笑しくて、今度は声を上げてソリアは笑った。
その顔を見てバルも、照れながら笑った。
そんな場面に行き合った父ヤンガスは、少し呆れたような顔をして通り過ぎた。
「まだ十二とはいえ、こんなんで将来、嫁が出来るんか。」
とか、内心思っていたが、その不安がどうなるかは、この時はまだ誰にも答えられない。
その夜、祝いの席でソリアはバルの為に唄を歌ってみせた。
初めて耳にする異国の唄と、その場にいた誰もが驚いたソリアの、話す声とはまた違った美しい声は、バルの脳に焼き付いた。
その日から、バルの鼻歌はソリアの歌った唄になる。
それは時が経った今でも変わらずに。
祝祭を経て、冒険者になり各地を飛び回るようになったバルが、数年振りに帰宅すると兄とソリアが結婚する報告に家の中が湧いていた。
普段あまり飲まないバルが深酒し、翌朝に何故か下着一枚で川に浮かんでいたのはまた別のお話。
いかがでしたか?
幼バルの淡い初恋
好みが固定されちゃたバル、ブクク
書いてて、
「お前、こんな純情だったんか」
とか、思ったり思わなかったり
本編も方もとうとう50話
レビューを2度も頂いたり、家族と友人の温かさでランキング入りしたり、すでに良い思い出を幾つも頂きました
とは言えこの作品も序盤も序盤
今後も頑張らずに、楽しんで書いて行きますので、よろしければ生暖かい感じでお付き合い下されば幸いです
そして話が中々進まないこの作品ですが、少しでも面白いと思って下さったなら、こうポチッとブックマークを押して頂いたり、ポチッと評価を押して頂いたり、ポチッとイイネして頂いたりしてもらっちゃったりなんかしたりしても、いいんだからね?
とか言ってみたりなんかして
以上、ダメ親父でした
次回 修行開始