船上の風
朝食後、一時間も経たずに出発の準備が整ったと、モレッド侯の使用人の女性が部屋まで伝えに来た。
どうも俺とアーネスのお世話をしてくれた人は固定ではなく、何人かで回していたようだ。
実際、名乗られなかったし、何か理由があるのだろうか?
それはともかく、一夜明けて思ったのは、ディディの事だった。
アイツの知識にある「吊り橋効果」じゃないよな、とか考えて不安になってしまった。
冷静になって、やっぱ無しとかじゃないとイイけど。
俺も単純なもので、敬語を外して呼び捨てにされて、かなりグッと来ていた。
これで無しになったら、ちょっと泣くかもしれない。
「おはよう、ジェス。」
準備が出来ているか、見に来てくれたディディの第一声がソレだった。
良かった。
取り敢えず今日は杞憂で済んだ。
照れくさそうにそう言ってくれたディディの耳には、夕べ渡したピアスが下がっている。
自然と笑顔になれて、ディディも笑顔を返してくれた。
「今日は生憎の小雨模様だけど、これ位なら馬車以外の人も大丈夫。」
ディディがそう言った様に、窓から見える空は雲間に所々青空が覗いているものの、小雨がパラついている。
用意自体は特になかったので、直ぐに荷物を背負い部屋を出た。
両隣のバルとアーネスも、ほぼ同時に部屋から出て来た。
バルを呼びに来た使用人さんの案内で、俺達は外に向かった。
後の二人はその場でお辞儀をしてくれたけど、そこでお別れだった。
馬車寄せに出ると、カレンさんとトゥーレの二人と腕を組んで笑っているジード爺さんがいて、ドン引きだった。
てかアレか?
ひょっとして姉妹丼ってヤツなのか?
イヤイヤ、その前にトゥーレは未成年じゃん!
「何じゃお主、その顔は。
安心せい、流石の儂もトゥーレに混ざって貰う程、鬼畜じゃないわい。
ちょっと部屋で親睦を深めただけじゃよ、なあ二人とも。」
うっとりしながら姉妹が頷く。
ほんとマジで何があったんだよ、夕べは。
うわっ、ディディの目が氷の目になってる。
まるでゴミでも見るかのような目つきだ。
怖っ。
「やはり同行はお断りした方がよろしいのでは?」
「昨日の話を聞いてなかったとは言わさんぞ、クラウディア。
イイじゃねえか、別に。
ヤツらの事はヤツらに任せようぜ。
お前の心配はジェスに悪影響が出ないかってとこだろ?
出ねえよ。
あんなの見習うのは無理も無理、どうやっても、ああはならねえよ。」
「確かに、アレは見習ってどうこうなるもんじゃないだろうな。
ところでバルガス殿よ、なんで今の話の流れでジェスターの名前が出たんだ?」
ドルドーニュさんの言葉を聞いて、アーネスはケラケラ笑っている。
コイツ。
ディディは顔を赤らめて俯いた。
バルとジード爺さんはニヤついている。
マローダさんはやつれた顔をして、無反応。
ターナーさんは我関せずとばかりに、積荷のカバーの点検や馬の状態を確かめている。
カレンさんとトゥーレは何かホッとしている。
二人のソレ、どういう気持ちよ。
ん?
ああ、なるほど。
敵が一人減って安心してんのか。
やっぱり女の人は怖いね、色々と。
シビアって言うか、なんて言うか。
最後までわかってなかったドルドーニュさんに、
「結婚してんだよな、ドルドーニュ。
そんなんでどうやって相手を見つけたんだよ。」
と言ったバルに、
「ん?見合いだが、なんでだ?」
と返していたドルドーニュさんは、何故か曇天の下で輝いて見えた。
「目指すべきはアレですよ、ジェス様。」
と疲れたような顔で言った後、直ぐに真っ赤になったディディに和ませてもらった。
出発した後、街を出て直ぐに雨自体は止んだ。
先頭はジード爺さん。
馬車の左右にカレンさんとターナーさん。
殿にドルドーニュさん。
バルとトゥーレがそれぞれ馬車を御している。
何事もなく西へと進み、領都から見ての最初の村を昼には通過していた。
夜にはモレッド侯領では最後となる村で、宿を取る予定だった。
事前に守護騎士を通して手配されていると聞いている。
実際、日が落ちて暗くなり始めた頃に村に入り、宿に入った。
特別な事は何も起こらず翌日を迎えた。
ディディが宿の前でまた腕を組んでた三人を見て舌打ちをしたのは、別にしておく。
俺達はまた同じ隊列で先を急いだ。
急ぐと言っても馬は常歩だったけど、それでも大きな問題なく進めた事で予定よりは幾分早く、オーソン男爵領に入れた。
途中倒木が街道を塞いでいたりしたけど、ディディがほぼ一瞬で燃やし尽くした。
というか爆散させたと言う方が正しいけど。
むしろ飛び散った火種が残ってないか確認する方が大変だった。
それも痺れを切らした感じで、ディディが辺りを水浸しにして終わらせた。
うん、わかってはいたけど、絶対に怒らせたら駄目なお人だ。
領境を越した辺りで、丁度お昼時だった。
俺に真っ先にお茶を淹れてくれるディディに、何かこうたまらないモノを感じる。
つい何日か前まで鬼とか思ってたのは、墓まで持って行こう。
イヤ、さっきも朝もチラッと思ったな、俺。
ごめんなさい。
「このオーソン男爵領はちょっと特殊でな。
男爵家は断絶してるんだ。」
「どういう事さ?」
話し始めたバルに聞けば、世継ぎが産まれなくて養子を取ろうとしている最中に、魔物との戦いで当主のオーソン男爵が武運拙く戦死してしまったそうだ。
先代もその家族も既に亡くなっていて、男爵の奥方は実家に戻り、家の名だけ王家が預りに。
今は王家直轄として領内の運営がなされている、そうバルが教えてくれた。
「河川を行き来する船の船着場に掛かる税金だけで、かなりの金額だって話だ。
この辺りは、バルクーア伯の所以上の穀倉地帯だからな。
デカい川の両側はこの先、北部の海までほぼ平地だから。」
なるほどね。
河川水運が盛んな訳か。
アイツの世界の大きな文明では、当たり前のように行われていたらしい。
それこそ数千年前から。
欧州の方では普通に川や運河を使った物流が盛んだというし、俺達の世界でもあって当然か。
陸路の整備がそれほど進んでないんだから。
「バーゼル伯の所はまだ川幅も狭いし、輸送する程の産物もそれほど無いからあれだけど、インゼル伯の辺りからは、他国に向かっての船も出てるぜ。」
そうなんだ。
そっちもいつかは乗ってみたい気がする。
食後、俺たちは船着場に向かった。
城下町もあるにはあったけど、閉まっている店も多く、とても寂れた雰囲気だった。
買い出し等の用事も無かったので、そのまま通過して俺達は更に西に向かう。
緩い登り坂の頂上で街道が大きく右に曲がり、その曲がり角はそれなりの高さの崖になっていた。
「左だけ開けて見てみろよ。」
車速を停まりそうな程抑えた御者台のバルに声を掛けられ、少しだけ開けていた窓を全開にした。
そこで見たもの。
それはすぐ横に迫った崖と、その下は辛うじて対岸が見えるかどうかというほど、途轍も無く広い川だった。
どちらに流れが向いているのか、ぱっと見ではわからない位だけど、帆を上げた船が向かう方向が一緒なので知る事が出来た。
大小の船が何艘も流れの上をゆったりと行き交っている。
「うわぁ。」
アーネスの感嘆もわかる。
見たことがない、見下ろす先の広大な風景。
アイツの知識の絵画のようだ。
曇天なのが残念ではあるけど、所々雲間から射す陽光が不思議な雰囲気を作っていた。
こういうのを幻想的って言うんだろうか。
少なくとも俺は、この風景以上に幻想的って言葉が似合いそうなものを知らない。
今俺がこの光景に、感動してるのは間違いない。
これ、晴れていたらどれだけ綺麗なんだろう。
「月並みですが素敵ですね。
人の営みがちっぽけなものに感じてしまいます。」
「そうだね。
船の大きさと人の大きさ、それと川の対比が尚更そう感じさせるね。」
船上に見える人の大きさは、アイツの言葉を借りれば米粒のよう。
確かに俺達はその光景の前に、只々ちっぽけな存在だった。
落とした速度を戻した馬車は崖に沿い、今度は下って行く。
途中一度、川から離れるような向きに進んだ。
やがて大きく弧を描くように左に曲がり、その先は真っ直ぐに伸びた緩やかな下り坂。
その突き当たりに、川を背にしたような街が見えた。
さっき通った城下街より遥かに大きな街のようだ。
城壁が視界の端まで広がり、緩やかなカーブを描いて川に向かっていた。
川に向かって何本も伸びているのは船着場らしく、その両側に何艘もの、大小様々な船が付けられていた。
街に入り、街道から見えた船着場を目指す。
行き交う人が多く、商人の呼び込むこえがあちこちから聞こえた。
人の多さから降りて歩いた方が速そうな位だったけど、速度を落としたまま街中を進んで行った。
街は全体に川に向かって下って行く様な造りになっている。
門から真っ直ぐに下る坂道の先に、人混みの隙間から船着場が直接見えていた。
「見えるか?
あの一番デカい船。
あれに乗るんだ。」
御者台の後ろの小窓から腰を浮かせて覗くと、ずんぐりとした印象の船が見えた。
二艘の船の上に箱型の家を載せ、その上に大きな帆柱を三本立てた様な姿の船だった。
ただその大きさは街並みのどの建物よりも大きく見えた。
「何だあれ、スッゲェ!」
キラキラ顔のアーネスは興奮を抑えられないのか、握った両拳をブンブン振っている。
やつれた顔をしていたマローダさんもその様子を見て、ディディと一緒に笑顔になった。
到着して改めて見ると、その船は驚くほどデカい。
建物の部分には、外に二つ折りで両開きのドアが大小、前後二箇所開き、大きなドア中には何台かの馬が外された馬車が見えた。
ドアとドアの間と上部には窓が幾つも付いている。
カーテンが見えるから、多分船室だろう。
建物部分の下、船の部分には何本もの櫂が突き出し、川面に浸かっている。
何枚もの板を並べ、鉄の四角い輪で繋がれた渡し板の上を、俺達が下りた後でバルとトゥーレが馬車で渡って行った。
渡し板のこちら側両端と、ドアの上部の穴を結ぶ様に鎖で繋がれているから、中から引き上げてドアを閉じた後で跳ね上げて、外から覆うのだろう。
俺達も馬車と同じ所から乗り込むと、ドルドーニュさん達は手分けして、案内をする係に従い、それぞれが乗っていた馬や、馬車から馬を外して、後方の厩の様になっている所に引いて行って繋いで行く。
俺達は邪魔にならない様に壁際に寄って終わるのを待っていた。
ドルドーニュさんは戻って来るなり、近くの係の人に声を掛け、蝋で封じられた筒状の書状のような物を渡した。
封じられた蝋の部分を見て、中を確かめずに返したその人は、
「伺っております、こちらへ。」
と、船の前側のドアを開け、俺達を通してくれた。
そこは天井は高くないし、幾つかのドアは見えるけど、飾り気も無い通路になっていた。
ただ直ぐ横の螺旋階段を登ると雰囲気がガラリと変わった。
通路は下のと同じ、二人がすれ違えるかどうかと言った広さだったけど、床には深い赤が基調の複雑な模様が入った絨毯が敷かれ、魔道具らしい火を使っていないランプが壁に幾つも並んでいた。
その間のドアはシンプルだけど重厚な造りで、その一室に俺とアーネス、バル、ジード爺さんの四人が通された。
室内もなかなか豪華だった。
流石に寝室が別では無かったが、バルが楽に二人は寝られそうなベッドが両脇に二つづつ置かれ、中央のテーブルには陶器の水差しが置かれていた。
窓際には何だか高級そうなソファも向かい合わせである。
「上部の甲板に出る事も出来ますので、船旅をお楽しみ下さい。」
そう言って、案内をしてくれた人は下がって行った。
廊下から少し間を置いて、階段を下りて行く足音が聞こえた。
ひょっとしたら、一つ下の階にはお安い部屋もあるんだろうか。
ドルドーニュさん達やディディ達はそちらと言う事かもしれない。
一息吐く間も無く、アーネスが甲板に出たがったので付いて行く事にした。
さっきの螺旋階段をもう一階上がると、小部屋になっていて、目の前にドアがあった。
開けるとそこが、船の屋上の様になっていた。
手摺りがあったのでそこまで近寄ると、陸から川を渡る様に、爽やかな風が吹いた。
陸側はともかく、川を望む景色は圧巻だった。
向こう岸の奥には薄ぼんやりと山並みが霞んで見える。
時折、川面から魚が跳ねた。
俺達が口を閉じるのも忘れて、その景色を眺めていると、帆柱の上から鐘の音が聞こえて来た。
ガラガラと何本も鎖を引く音が響き、それが収まると少しづつ、少しづつ船体が岸から離れ始めた。
出船の刻だった。
俺達は笑顔を向け合い、それほど広くは無い甲板の上を、船首の方へと駆け出した。
また頬を撫でる様に、柔らかな風が吹いた。
やっと、やっと船に乗ってくれました(泣)
今回も乗らない気満々の面々でしたが、会話を幾つか後ろに回して、無理矢理に乗り込ませました
本編では最長の長さになりましたが、今回はちょっと頑張った(^_^;)
え、何時も頑張れ?
えっと、はい、頑張ります………
最後に、お読みくださった方々、ありがとうございます
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「こりゃ、駄目だ、ダメ親父だけに」とか思ったら、切ってくださって結構ですので………
次回 優雅な?船旅