黄昏時の鐘は二度鳴る
お越し頂いた皆様、ありがとうございます!
パレードの列は殿下の演説の後、もう一方の大通りを使って北へ向かった。
沿道の人は増える一方だ。
ずっと笑顔でいられるアーネス、スゲーな。
表情筋、死なないのか?
俺は最初から無表情を貫いている分、楽っちゃ楽だが。
舞い散る花びらを見て、掃除が大変そうとか思う俺は感動が足りてない。
現実を見過ぎなのかもしれないな。
人混みを縫うように走ってる小さい子は、見ていてホッコリするけど。
日が傾き赤みが広がり始める頃、王都北側の広場で再び殿下が演説を行った。
内容が一緒だったところを見ると、最初の演説からして元々用意していたのだろう。
既に口コミなりで広がっているのか、最初よりは騒ぎにならなかったけど、殿下の「土下座」には多くの市民が涙を流していた。
暗に陛下の死期が近い、そう感じた人も多いのかもしれない。
日没が迫り夕焼け空が美しい。
そんな中、パレードの列は大聖堂に到着した。
王城の北西に位置するここは、貴族街の一ブロックを占有する、アイツの知識で言えばコンサートホールや大型のイベント会場の様な場所だった。
勿論、漂う雰囲気はそれらとは明らかに違い厳かそのものだ。
黒い屋根と白い外壁。
芝生と黒い石畳のコントラストが美しい前庭の中央に、一際太く高々とそびえ立つオベリスク。
建物の周りには六本の少し小さなオベリスクが、大聖堂を囲むように立っていた。
その足元の部分にはそれぞれ、七神を象ったレリーフが彫られている。
中央の一番デカいやつには、主神のニギルの立ち姿が刻まれていた。
正面の外壁にある、七色の花弁模様のような丸い大きなステンドグラスが、落ち始めた陽の光を反射している。
周囲を隔てるような壁はなく、四方の通りから建物が見える造りになっていた。
何時から用意していたのかは知らないけど、中央のオベリスクの前には装飾華美で豪華な祭壇が設けられている。
それらの飾りは夕日を浴びて、金地がより色濃く見えていた。
敷地の外、通りに沿って祭壇が見える辺りには、王都の市民が詰め掛けている。
着いた時こそ歓声が上がった。
でも今は一様に静寂を保ち、口元で両手を組み合わせ、祈る様なポーズをしている。
これだけ人が集まっているのに、騎士団の規則正しい地面を踏む音と、蹄の音しか聞こえなかった。
中央に据えられた祭壇。
その一段高くなった舞台のようなところに、黒をメインに銀糸で細かな刺繍が施された、豪奢な神官服をまとった七人の神官が、俺達を待っていた。
無駄にと思ってしまうほど背の高い、白地に金糸で縁取りされた帽子を被り、全員同じように広がった両袖に手を入れ、胸の高さで体に添えていた。
アイツの知識なら銅鑼の音が響きそうなポーズだが、もちろんそんな事はない。
ちょっと意外だったのはその人数だ。
儀式というくらいだから、もっと大勢の神官達が待ち構えていると思っていた。
でも七人全員の神官服を見るに、神官長を含めた高位の神官が集まっているのだろう。
豪華なのに品があるというか、ギラギラした印象がないのはある意味凄い。
ジード爺様が見当たらないのは、未だに国王陛下の側に付いているんだろうな。
うん。
てか、待って。
俺達儀式の内容、これっぽっちも聞いてないんだけど?
前庭に入った騎士団の方々は、中央のオベリスクの前に作られた祭壇の前に、真ん中を道のように開けて整列し、揃った動きで一斉に片膝を付いた。
一糸乱れずとはこういう事、という見本のようだ。
「付いて参れ。」
そう言うと殿下は俺の前を横切り、エリックさんが開けたドアからタラップへと踏み出した。
直ぐに頷き合ってから、俺達も後に続く。
俺達が通り過ぎると両脇の騎士達がシャラリと剣を抜き、眼前に立ててしばらく静止すると、クルリと回して地面に突き立てた。
そのまま柄尻を両手で掴み、祈るかの様に頭を垂れる。
その動きもまた見事に揃っていて、内心で「おー」とか思っていた。
アーネスも開きこそしなかったけど口元がピクピクしてるし、目はキラキラしている。
まあ、お前はそうだよね。
祭壇の袖に近付くとそれは意外と高い。
喉元近くまで高さがあり、祭壇というよりはその装飾も相まって演劇などの舞台のようだった。
立ち止まった殿下がこちらに振り返ると、目線で合図を送って来た。
おとなしく従って横を通り過ぎようとすると、ほとんど口を動かさず、まるで腹話術かのように小声で話し掛けられた。
「祭壇の床に目印が打ってある。
そこに二人並んで立ってから、謁見の時の要領で片膝を付いて待つのだ。
後はジャスミン殿に任せておけばよい。」
礼を欠くかとも思ったが、こっそりにはこっそりがいいのかと思い、目線だけで頷き返してゆったりとした歩調で祭壇に上がった。
祭壇中央に向かって歩くと、確かに床に小さくバツが二つ打ってある。
アイツの知識で言えば、ステージの「バミリ」ってヤツだ。
緊張はあったけど俺達二人、揃った動きでスッと片膝を付いた。
俺が奥、アーネスが観衆側。
自然とこの並び。
いつものようにアーネスは俺の右側だ。
流石は勇者様、自然と目立つ位置にいる。
俺にとってはいい事だ。
しかし、俺はどうしてこうも人目に晒されるのが嫌なのか。
注目されることに慣れてないってのはあるけど、忌避感に近い感覚がある。
人見知りとか、内気とかではないんだけどな。
逆にアーネスがこうも堂々としているのも謎だ。
元々、リーダー気質というか、事の矢面に立つヤツではあるけども。
シャイなところもあるのにな。
事、女の子が絡むとヘタレに近いし。
なんてどうでもイイ様な事を思い浮かべていたら、装飾を背にしていた神官さん達が一斉に動き出した。
俺達の前にゆっくりと移動して向き合う形になった。
七人の神官の中央に立ち、最も豪華な神官服で唯一の女性が、腹にズシリと響くほどの声量で口上を述べる。
だけどうるさいとは思わなかった。
むしろ圧倒されるような迫力を感じる。
そしてそれほどの大音声でも美しさを感じる声色だった。
「神々に祝福されし者、ジェスター・トルレイシア。
神々に御力を与えられし者、アーネストリー・トルレイシア。
敬愛する神々の子らを代表し、アゼストリア王国中央大聖堂神官長ジャスミン・メイヤーの名に置いて、教会並びに全ての神官の認を受けた事をここに宣する。
各国の教会にも勇者、並びに七大神の祝福を受けし二人の通達を既に行い、七神の御心に照らされた遍く地で、その存在は知れ渡る事になろう。」
驚くほどの大声で口にしながら裏返る事もなく、朗々と周囲に響き渡る。
内容的にはちょっと嫌だ。
まあ、顔まで知られるって訳じゃないだろうから、一先ず気にしない事にしよう。
「二人には聖護符を授与しその証とすると共に、人の生という旅路に数多の光と幸福があらんと祈念する。
導き手として、またこの世を守護する者として、困難多き現し世の旅に無用の諍い、不和が訪れん事を祈らん。」
やめて。
もう遅いけど、お願いだから最後に不安になる様な事を加えないで。
「顔を。」
その声に応じ、俺達二人はスッと顔を上げる。
口上を述べていた女性神官が一歩前に出た。
残りの六人は、俺達の前に移動しても崩していなかったポーズを解き、右手は胸に、左手は背中に回して片膝を付いた。
その動きもまた一様に揃い、何より優雅に見えた。
目の前のその人もポーズを解き、スッと両手を俺達に向けて出した。
その手には壁のステンドグラスを手のひらサイズに小さくしたような、革紐が付いたペンダントを持っていた。
よく見るとガラスじゃなくて、金属にきれいな細工をした七宝みたいな物だった。
そっと屈み込むと、アーネス、俺の順でそれを俺達の首に掛けた。
てかこの人、女性にしてはかなりデカいな。
立ったとしても俺達より、頭一つは背が高い。
優しさと鋭さを合わせた様なその顔立ちや、袖口から覗く腕を見る限り細身だし、年齢的には中年以上だろうけど、間違いなく美人さんだ。
アイツの言葉を借りるなら、「美魔女」ってヤツだ。
少なくともこんなにも「品」を感じる女性に会った事はない。
強いて言うなら、ディディが年を取ったらこうなるかもって感じだ。
しかし爺様、本当に全方位にモテるのな。
何故か羨ましくないが。
スッと俺達の耳元に顔を寄せ、さっきまでの威厳漂うって言うか、溢れかえっていた声色とは違う、優しげな声で囁いた。
「さあ、立って。
立ったら段下を見る様に、並んでちょうだい。」
余りにも自然な動きで、端から見ても俺達に声を掛けたようには見えなかっただろう。
てか、バルが言っていた「おっかない」っていうのもわかる気がする。
なんかこう、逆らえない雰囲気がある。
言われるままに立ち上がり、アーネスと並んで神殿前の、前庭に向いて見渡した。
その瞬間、たじろぎそうになる。
驚くほどの人が敷地の外に集まり、こちらを見ていた。
着いた時よりもずっと人が増えてる。
なんなら、殿下の演説の時より多いんじゃないかと思える程だ。
そしてほぼ全ての人が息を詰めて、ここに着いた時に見た、祈るような格好をしていた。
その光景に、人の波に不釣り合いな程の静寂。
その静寂を破ったのは、背後の神官長さまだった。
「集いし等しき神々の子らよ!
今こそ祝福と歓喜の声を!
隣に御座す神々に、祈りと感謝を!
万物に宿りし神々に畏敬と親愛を!」
この世の全ては神々の箱庭であり、あらゆる場所が神域にして居所。
その教えから来るのだろう神官長の呼び掛けに、集まった人々が歓喜の声を爆発させた。
俺は只々、圧倒された。
この日、もう何度目かの「声」による圧倒。
そして気付いた。
気付いてしまった。
俺の信仰心は、けして高くない事に。
神々の祝福を加護として受けながら、神の存在をこれ程身近に感じながら、たとえ眼前の観衆の一人だったとしても、ここまで感情を昂らせる事はおそらくない。
単純に神の存在を信じているという事が信仰心だと言うのであれば、信心深いと言えるだろう。
いる事を「知って」いるのだから。
だからといって、ここまでの熱を持ってはいない。
この世界、俺達の世界で俺は「異質」なのだろう。
歓声に応えるかの様に拳を突き上げたアーネスを、俺は隣にいながら、何処か遠くから見ている様な気分で眺めていた。
左手斜め前方。
そびえ立つ白亜の王城が、夕日に照らされオレンジに染っていた。
それに気付いた時、日没を告げる鐘の音が王都に響き渡った。
感慨よりも戸惑いが勝り、思考が乱れて視線が泳いでいた。
その視界の端で祭壇下の殿下に駆け寄る騎士の姿に気付いた。
何事かを短く伝えた騎士は素早く神殿内へと駆け去った。
それに殿下も続くように歩み去る。
ふと視線を向ければ、バーゼル伯も神殿内へと向かっていた。
なんだ?
疑問を感じていたら、眼下の騎士達が一斉に立ち上がり地面に突き立てていた剣をクルリと回して眼前に掲げ、一瞬静止すると再度クルリと回して納剣する。
どうやらこの儀式も終わりの様だ。
それを示す様に俺達が壇上に上がった袖に、エリックさんが歩み寄り、スッと騎士の礼を執った。
背後の神官長さんも、俺達の背を軽くポンと叩く。
目線を交わして、二人で祭壇から降りた。
エリックさんに促され、俺達は大神殿の中へと向かう。
しかし殿下といい、バーゼル伯といい、何かあったのか?
隣を歩くアーネスの表情からも、笑顔が消えている。
背後で神官長さんが美しくも威厳ある、さっきの口上の時の様な大音声で儀式の終わりを告げていた。
神殿内に入ると、普通に見掛ける神官服を着た年嵩の男性神官が、落ち着いた雰囲気の一室に通してくれた。
特に言葉を交わすこともなく、そのまま下って行く。
エリックさんも特に見送る事もなくこちらを見ていた。
ドアが閉まるとおもむろにエリックさんが口を開いた。
「君達、お疲れ様。
集まった人達が帰るまでここで待機していて欲しい。
今すぐに何処かに移動しようとしても無理だしね。」
エリックさんに表情がない。
本当にただ伝えるべきを伝えているだけの様だ。
「何か、問題でも起きたのですか?」
アーネスの問い掛けに、エリックさんは目線を外し俯くことで答えた。
「エリックさん?」
アーネスが少し戸惑った様な声を出す。
そして俺は察してしまった。
「陛下が目醒めたよ、ジード老の手でね。」
嬉しそうな表情を浮かべたが、俯いたままのエリックさんを見て、アーネスもどうやら察した様だ。
「御家族と最後の会話になると思う。
殿下以外のお子は女性で、他家に嫁がれているから間に合わないだろう。
グレゴリオ殿下、カーソン殿下、ランツ殿下、それと長く友誼を交わしておられたバーゼル伯が呼ばれたんだ。
バーゼル伯はたまたま王都にいたからだけどね。」
なんて返していいかわからない。
アーネスの視線も床を向いた。
顔を上げたエリックさんが苦笑いと言うか、泣き笑いに近い顔を俺達に向けてきた。
「とりあえず、二人とも座って。
食事の用意も進めてるから、食べながら待ってて。
今日は昼が取れてないだろう?
動揺しちゃったかもしれないけど、とにかく休んで。
さあ。」
促されるままに、柔らかなソファに向かい合って座る。
それを見たエリックさんは、騎士団をまとめて王城に戻ると告げ、退室して行った。
「安心して。
ここは神官兵も多く詰めてるし、誰であろうとおいそれとは手出し出来ないから。」
エリックさんは最後にそう言ってくれはしたけど、落ち着くのは無理だ。
アーネスは。
俺はショックではあったけど、殿下に話している時に感じた悔しさが消えた訳ではないけど、何故かもう受け入れている。
目の前のアーネスは膝に肘を付き、体の前で手を組んで俯いていた。
感情型なやつとはいえ、アーネスがそこまでショックを受けるのは少し意外だけど。
「ジェス、俺なんか変かも。」
暗い声色で話したその言葉に首をかしげてしまった。
「何がさ。」
「俺さ、ちょっと驚いたけど、誰かがもうすぐ死ぬって聞いてるのにショックじゃなかった。」
「えっ、なんだよ。
ならなんでそんな表情が暗いんだよ。」
「ショックじゃなかったことが、なんかこうさ。」
ああ、確かにコイツならもっとショックを受けててもおかしくない。
それがそれほどでもないことで、逆に落ち込んでるって訳か。
とはいえ、言い切ってしまえば一度会っただけの他人だからな。
別におかしくないと思うけど。
「なあ。
王様って言ったって、一回会っただけだろ?
それに元々高齢だって旅の間も聞かされてたし、そんなに変じゃないって。
俺もそんなにショックじゃないしさ。」
「そう、かな。」
「そうだよ。」
とりあえず、目の前のテーブルにあった水差しからコップに注いで差し出す。
受け取ったのを見て、自分の分も水を注いで一息に飲み干した。
水を飲み干しただけが理由じゃない溜息が、深く深く漏れた。
しばらくして運ばれた食事を黙々と、ただ機械的に取っている時に、不意に鐘の音が鳴り響いた。
窓がない部屋だったから正確にはわからない。
日没の鐘の音を聞いてから随分経っている。
空には星が瞬いているだろう。
定時ではないその鐘の音は長く続いた。
それはおそらく、国王崩御を告げるもの。
鐘の音そのものは変わらない筈なのに、悲しげに聞こえて王都全体に染み込んで行く様だった。
さて、今回はいかがでしたか?
寂しい感じで終わりましたが、結構気に入ったピソードになりました
さて、長く続いた第一章も次回が最終回です(予定は未定)
いや、一話追加するかも……
いやいや、エピローグを入れるかも………
入れないかも………
何れにしても、一章終幕間際です(汗)
お楽しみに!
ダメ親父でした
m(_ _)m
最後に、お読みくださった方々、ありがとうございます
モチベにつながるので、ブックマークを是非お願いします
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「こりゃ、駄目だ、ダメ親父だけに」とか思ったら、切ってくださって結構ですので………
次回 日常への復帰