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気弱令嬢に成り代わった元悪女 - 蒔いた種から芽が出始めました
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蒔いた種から芽が出始めました

 エリックが後任の人を置いて屋敷から去って数日後。

 喉が渇いた私は部屋から出て、通りがかった使用人を呼び止めた。


「水を持って来てちょうだい」

「水くらいご自分で取りに来てくれます?」


 使用人の言葉に私の額に青筋が浮かぶ。

 エリックが屋敷からいなくなった途端に使用人達の態度は以前と全く同じに戻っていた。

 後任の人は屋敷を見て回るだけで、私に付きっきりというわけではないので使用人達も気が緩んでいるようである。

 監視の目が軽くなれば元通りか、と呆れたように笑うと背後から「ちょっと!」という声が聞こえてきた。


「お姉様に何て口の利き方をしているの? 立場をわきまえなさい!」

「セ、セレネ様!? なぜ、この方を庇われるのですか?」

「私のお姉様だからよ! 今後このようなふざけた態度を取ったら許さないからね! 早く水を持ってきなさい……!」

「はっはい!」


 セレネの剣幕に慌てて立ち去る使用人の女性。

 完全に私が出るタイミングがなく、拳を振り上げることすらできなかった。

 というか、いつから見ていたのだろうか。

 今のような態度を取るのはマズいのではないかと思い、私はセレネに声をかける。


「気持ちは嬉しいけれど、私達の仲が良いことが知れたら」

「お父様達はもうそんなことに構っていられないでしょう? それよりも頭を悩ますことが起きたのだから」

「まあ、それはそうだけれどね……」

「ぜひともエリックお兄様には頑張っていただきたいわね」


 腰に手を当てたセレネは鼻息を荒くしている。

 そう……エリックは屋敷から出て行った後、彼の母の実家であるクライン伯爵家に戻ったのだ。

 すぐにクライン伯爵家から皇帝にエリックの体調が日常生活に支障がないくらいに回復したことが知らされた。

 エリックが回復したことは瞬く間に貴族に広がったことでフィルベルン公爵の耳にも入り、現在彼は妻とのケンカも忘れて焦って影で色々と画策している。

 自分の地位が脅かされるかもしれないと思っているのだろう。

 実際その通りではあるが。


「それに、もしも仮に私がお姉様と同じ待遇になっても構わないと思っているの。大人としてどうかと思う人達に酷い態度を取られたところで相手を可哀想に思うだけで傷つきもしないわ」


 迷いのない声と真っ直ぐにこちらを見つめる力強い眼差しに、セレネが親に対して何の期待も持っていないことが窺い知れる。

 セレネは以前、私のためにもエリックがフィルベルン公爵になった方が良いと言っていたが、それは彼女にも言える。

 今のフィルベルン公爵夫妻は優秀な娘を求めていない。

 周囲をよく見て間違いを理解したセレネは夫妻にとって目の上のたんこぶとなり、ある意味押さえつけられる窮屈な生活を強いられるだろう。

 アリアドネのためにと考えたことではあるが、今はセレネのためにも計画が上手く行って欲しいと思っている。

 一応、情報ギルドのエドガーにはエリックがいなくなってすぐに動くように頼んであるし、フィルベルン公爵とも接触できていると聞いていた。

 向こうがこちらの罠に引っかかるのは時間の問題だとも思っている。

 なんせ、あそこまで焦っているのだ。藁にもすがる思いでエドガーの手を取るはずだ。

 ただ、別のところにまで依頼を出す可能性もあるから、それが心配と言えば心配でもあるが。


「本当に……どうしてお父様もお母様もなんでも自分の思い通りになると思っているのかしら? 皇位継承権を持っているから? 四大名家だから?」

「セレネ……」

「それでも自分の実力を過信しすぎなのよ。大きな力を与えられても上手く扱えないのならそれなりに生きなければいけないのに」

「屋敷内なのだから声を抑えて……お父様達に知られたら大変なことになるわ」

「私に知られたらなんだというのかしら?」


 コツコツという足音と共にフィルベルン公爵夫人が侍女を従えて歩いてくる。

 不機嫌さを隠そうともせずにいる辺り、ある程度は聞かれたかもしれない。


「最近、セレネが泣くことも何かをねだることもなくなったと思ったら、貴女のせいだったのね」

「何のことでしょうか?」

「しらばっくれて……! セレネを脅して大人しくさせていたのでしょう! なんて卑劣なことをするのかしら」

「私はお姉様から脅されてなんかいないわ。一部だけを見て判断するのは止めて」


 セレネから反論されるとは思っていなかったのか、フィルベルン公爵夫人は目を瞠った。


「貴女を庇うなんて、一体セレネに何を言ったの? 悪魔の子」

「その言葉通りなら、お母様が悪魔になりますね」

「グフッ」


 私の返しに油断していたセレネは下を向いて肩を震わせている。

 おおよそ貴族令嬢とは思えぬ声を上げさせてしまったことが申し訳ない。


「な、なな……私を悪魔だなんて!」


 一気に顔を真っ赤にさせたフィルベルン公爵夫人は物凄い剣幕で私に食ってかかる。

 エリックのこともあって余計に気持ちに余裕がないのだろう。


「お母様、落ち着いて。私はお姉様に虐められてなんていないし、脅されてもいないわ。とても良くしてもらっているのよ」

「貴女は優しい子だから姉を守りたい気持ちも分かるけれど、そんな子を庇わなくてもいいの。それに最近勉強を頑張っているみたいだけれど、女に学は必要ないのだからやらなくてもいいのよ。いつも笑って殿方の言葉に適当に相づちを打っていればいいだけなのだから」

「それはお母様の価値観でしょう? 私は違うわ。私は知らないことを知りたいの。世界がどんどん広がっていくのが楽しいの。だから、勉強するのは私の意思。それを尊重してはくれないの?」


 え? と言ってフィルベルン公爵夫人は固まった。

 これまでのセレネからは想像もできない発言。

 隠していたから公爵夫人が知るのはこれが初めてであろうが、それでも娘をよく見ていれば気付く変化だ。

 本当にこの人達は子供を道具か何かだとしか思っていないのだろう。


「それと私はお姉様のことが好き。尊敬しているし、お姉様のようになりたいとも思っているわ。仲良くなりたいの」

「貴女が虐められるだけよ。目を覚ましなさい! そんな子と仲良くしてもセレネのためにはならないわ」


 公爵夫人が必死に説得する姿を見て、セレネの目が軽蔑するものに変わるのを私は見逃さなかった。


「……お母様はお姉様が私を虐めるから罰を与えているのだと言っていたわよね?」

「ええ。そうよ。実際にセレネは泣いていたし虐められたと言っていたじゃないの」

「どうして妹を可愛がれないのかとも言っていたわよね?」

「その通りよ。だから罰を与えて」

「だったら、私とお姉様が仲良くなるのは私にとって良いことなのに、どうして文句を言うの? 姉妹が仲良くなれて嬉しいとどうして思ってくれないの? 問題が解決したことをどうして喜んでくれないの?」


 ド正論すぎて公爵夫人はぐうの音も出ない様子だ。

 セレネも本気で疑問に思っている訳ではない。なぜ私が差別されているのか本当の理由を知っているし、それに自分が利用されただけというのも分かっている。

 これは単純に私を攻撃する公爵夫人に腹を立てて、言ってることが違うじゃないかと言い返してくれたのだ。

 私が言っても効果がないからセレネが代わりに言ってくれたのだろう。本当に聡い子だ。


「…………そ、それは……。その子が……セレネを言いくるめているだけだからよ」

「お姉様のお蔭で私は無闇に泣くことも、我が儘を言うことも、癇癪を起こすこともなくなったのに? お母様は私の成長を喜んではくれないのね」

「貴女が変わったのは自分の力よ。そんな子のお蔭ではないわ。だって私の子なのだから自ら気付いたのでしょう? さすがだわ」

「どうあってもお姉様の力だと認めたくないのね」


 呆れた様子のセレネはため息を吐きながら首を振った。

 完全に公爵夫人に対する期待がなくなったと分かる。


「お母様がなんと言おうと私はお姉様と一緒にいるし、仲良くするわ。だって私がそうしたいから。お姉様と一緒にいた方が自分のためになるもの」

「私に……逆らうつもりなの?」


 公爵夫人の目が据わっている。

 彼女の中でセレネは敵だと判断されたのかもしれない。

 こうなっては彼女に相手はキツかろうと私が一歩前に出た。


「逆らうという発想がもう無理でしょう。お母様もお父様も結局、自分の過去を見たくないから私を差別していたのでしょう? セレネはそれに巻き込まれただけの被害者よ。貴方方の事情に子供を巻き込まないでいただきたいわ」

「親の庇護がなければ生きていけない子供が生意気なことを言わないでちょうだい! 私に逆らうなんて何を考えているの!? ニコラスだって貴女達を許さないわ!」

「頼みのお父様は別件で今忙しいでしょうに、こちらにかまけている時間があるのかしら?」


 嫌みったらしく笑ってみせると、フィルベルン公爵夫人はエリックのことを思い出したようで悔しそうに唇を噛んだ。


「その件はきっとすぐに片付くわ……! 今の当主はニコラスなのだから、それが揺らぐことなど絶対にありえないもの」

「そうだとよろしいですね」

「今に見てなさい!」


 捨て台詞を吐くとフィルベルン公爵夫人はきびすを返して立ち去っていった。

 残された私とセレネは互いに顔を見合わせて苦笑する。


「話す度に尊敬やら親愛やらが減っていくのを感じるわ。これって私がおかしいの?」

「至って正常だと思うわ」

「良かった………………あっ! 思い出した!」

「何を?」

「お姉様を探していたのよ! 失礼な使用人に頭に血が上って忘れていたわ。……あのね、リーンフェルト侯爵から、というよりテオドール様から招待状が届いたの。お話がしたいから来ませんか? って」


 エリックがいなくなったから気を使って招待してくれたのだろうか。

 お土産が手に入ればそのまま渡せるし、ついでに私がアリアドネ・ベルネットだとそろそろ話してもいいかなと思っていたからちょうど良い。


「それで私を誘って行こうと思って探していたわけね」

「そうなの! 行くでしょう? テオドール様ともっと距離を縮めて欲しいもの」

「本音を全部言ってしまっては意味がないでしょうに……。でも、そうね。行くわ」

「本当に? 約束だからね」


 嬉しさのあまり腕にしがみついて満面の笑みを浮かべるセレネ。

 先ほどのフィルベルン公爵夫人との会話はもう気にしていないようで安心した。

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