ハロウィン騒動 後編
後編ですm(_ _)m
主人公は相当抜けた顔をしているようです。
●10月31日 後半
「なんと面白い人間じゃ」
少女漫画などでヒロインが俺様系ヒーローに言われがちな一言を狐耳美女からもらってしまった私は、曖昧に笑って「どうも」とだけ口にする。
ハロウィンの醍醐味(?)を奪ってしまう形になったが怒っていないようで何よりだ。
「人間のはずじゃが、あやつの匂いがするのう? それに微かじゃが、あの者のような香も……?」
首を傾げた美女さんからやたらと匂いについて言及されるが、私と美女さんの距離は一メートル程離れている。
もしや、私そこまで臭うんだろうか。
確かに今日はまだお風呂入っていないが毎日欠かさず入浴はしているし、きちんと洗濯した服を着ているのに……。
不安になってコソッと服の匂いを嗅ぐと、酢と甘じょっぱいが混ざった匂いがした。
うん、いなり寿司の匂いだね。
「ふむ。なにやら美味そうな匂いも混ざっているのう。さて、わらわは腹が減っているのじゃが?」
くんかくんかしていたら、グッと顔を寄せてきた美女さんからそんなわかりやすいおねだりをされてしまった。
無邪気なカッパくんやてまりさんのおねだりも可愛くて良いものだが、こんな艶麗な美女さんからのおねだりも良いなぁと現実逃避した私に残された選択肢はこれしかなかった。
「……私の作ったいなり寿司でよければ召し上がられますか?」
「うむ、くるしゅうない」
畏まって告げた私にワクワクとした様子で悪戯っぽく答える美女さんは、無邪気で可愛らしかった。
ギャップ萌えも素晴らしいものだ。
そもそもハロウィン用だった訳だし、作り過ぎたからちょうど良いよね。
家の中へ戻っていなり寿司を使い捨てタッパーに詰めた私は、そう結論づけて一人大きく頷く。
いなり寿司が詰まったタッパーをレジ袋に入れて外へと向かおうとした私だったが、何かに引っかかったような抵抗を感じて振り返る。
そこには私の服を掴むてまりさんがいた。
眉をハの字にしてブンブンと首を横に振るてまりさんに、私は笑いながらキッチンのテーブルを指差す。
「大丈夫だよ、てまりさん。私とてまりさんの分はちゃんと取ってあるからね」
安心させるように笑いながら説明し、てまりさんは食いしん坊なところも可愛いなぁと思いながら再び外へと向かって歩き出す私。
自分の分があると知って安心したのか、てまりさんの手は服から外れたのでもう私を止める存在はない。
「お待たせしました。お持ちください」
「うむ」
鷹揚と頷く美女さんは、表情といいキャラ作り完璧だ。
どうなっているかわからないが尻尾がゆらゆらと振られているし、狐耳もぴこぴこと動いている。
相当に金がかかっていそうだけど気になる点が一つだけ。
狐の妖怪と言われて私が一番に思いつくのは、鬼が宿る手を持つ教師が主人公のアニメに出ていた彼なのだ。
なので、つい思ってしまった。
「……九尾じゃないんだ」
心の中で呟いたつもりだったのにぽろりと口から出てしまった心の声に、ハッとして口を塞いだが遅かった。
いなり寿司を受け取って上機嫌だった美女さんの眉間に微かな皺が寄る。
「わらわをあのような者と一緒にするでない」
「すみません! 深い意味はなくて……」
即座に潔く謝罪して勢い良く頭を下げる。
これは完全に私が悪い。こんな力の入ったコスプレにケチをつけるような事を言っちゃった訳だし。
「ふむ。悪気はないようじゃ、つい知己である者と比べた程度見逃してやろう」
頭を下げたままじっとしてると、美女さんから笑みを含んだ声音でのお許しをいただいた。
どうやら不機嫌っぽく振る舞ったのも白狐としてのロールプレイの一つだったらしい。
しかし、今の台詞回しから推測するに、九尾の妖狐は知人設定にしているんだな。
まぁ、九尾の妖狐は有名な存在だし、知らないというより納得がいくか。
コスプレの出来といい、細かい所までしっかりと作り込まれているなぁと感心していると、いなり寿司をお稚児さんの一人へ渡した美女さんがぐいっと顔を近づけてくる。
「へ? な、なんでしょう」
顔の毛穴すら見れそうな距離感に私がキョドってるのも気にせず、美女さんはくんくんと匂いを嗅ぐような動作を繰り返す。
ちなみに美女さんの肌は毛穴一つ見えないし、シミ一つない美しさでした。
斜め上に思考を飛ばして考える事を放棄して謎の時間を耐えていると、しばらくしてやっと美女さんが離れてくれる。
なんとなく呼吸を止めてしまっていたため、私が深呼吸をしてるのを他所に、美女さんはまた不思議そうに首を傾げている。
よく見ると背後に控えている狐面のお稚児さん達も一緒に首を傾げていて可愛らしい。
「あやつの匂いがするのじゃが…………あぁ、印をつけられておるのか。難儀じゃのう」
私がお稚児さん達にほっこりしている間に美女さんは何か納得したらしい。
疑問が解けたなら何よりだ。
「あまりここにいて睨まれるのも面倒じゃ、わらわはそろそろ行くとしよう」
「あ、はい、あまりお構いも出来ず……」
疑問だった事が解決したらしい美女さんは、艶やかに微笑んで去って行こうとして……何かを思い出したようでまた振り返った。
「しかし、おぬしはそんなほわほわして抜けた顔で、よくわらわの正体がわかったのう?」
「……え?」
発言の意味がわからなかった私は、間の抜けた声を洩らして数秒固まってから、やっと意味を理解しておずおずと口を開く。
「……あの、ですね。その素晴らしくふわふわの白い耳と太い尻尾で判断させていただいたのですが、まずかったでしょうか……?」
正体を隠している設定のロールプレイだったとしたなら申し訳ない事をしたのではと思い至り、おずおずと答えた私に、美女さんは目を見張って緩慢な動作で自らの頭にある耳に触れる。
その直後。バッと勢い良く自らの背後に控えているお稚児さん達を振り返って、
「何故言わぬのじゃ!」
と声を張り上げる。
美女さんの大声に、お稚児さん達が揃ってあわあわしている。被っている狐面のせいでわかりにくいが。
可愛いとまたほっこりしてしまったのは内緒だ。
「あの! 私は何も見てなかったので! ただの美しい女性にお会いしただけですよね!」
なんてほっこり出来たのは数秒で、お稚児さん達のあまりの慌てぶりに、気付いたらそんな言い訳を口にしていた。
この怒り方からすると、コスプレしていた事を忘れて外出しちゃったんだろう。
ここは私が大人になって、何も見てないフリをするのが正解だ……たぶん。
「う、うむ、そうじゃな!」
私の勢いに飲まれた感じだが、同意をしてくれた美女さんは、ぶつぶつと「見られてはおらぬ」と呟いてから息を整えて、最後にふぅと大きく息を吐く。
するとあれだけ目立っていた白い狐耳と同色の尻尾は幻だったかのようになくなってしまい、白狐美女さんはただの美女さんへと姿を変える。
「おぬしが会ったのはただの美しい女じゃな?」
「はい! その通りです!」
ニヤリと悪戯っぽく笑った美女さんに念押しとばかりに問いかけられ、私は居酒屋店員のようにビシッと勢い良く返事をする。
美女さんの笑顔には、そう答えなければいけないという迫力があった。
完璧な返事だったなと内心で自画自賛していると、立ち去ろうとしていた美女さんが呆れたような眼差しを私へ向けて。
「……遭遇したのがわらわで良かったのう、おぬし。おぬしのようなほわほわした人間なぞ、他の者なら何かを言う間もなく一口でペロリじゃぞ?」
そうなったら争いが起こるかもしれぬのう。
そんな不穏な忠告を残して去っていった。
とは言っても最後の一言は独り言だったのか、私の耳にはほとんど聞こえなかったけれど。
「……へ?」
聞き取れた内容だけで、私の口から間の抜けた声を出させるには十分だったりする。
他の者というからには他にもコスプレしていてロールプレイをしている人がいるのか、ずいぶんと力の入ったハロウィンだなと感心出来たのは数秒だけで、私はすぐおそろしい事実に気付いてしまった。
「というか、美女さんの耳と尻尾、本物だった……?」
今さら過ぎる突っ込みを時間差で自分へ入れた私は、鈴の音をさせながら去っていった美女さん御一行の背中を探すが、その姿はもう何処にも見えない。
真っ直ぐ道路が続いているこの通りで、ほんの数分しか経っていないというのに、だ。
脇道に入った、車に乗った。
浮かんだ考えは、その度に否定され消えていく。
最終的に思い出したのは、毎日のように会っている隣人の存在だ。
「……そりゃそうだよね。カッパとか座敷童とかいるんだから、お狐様だってその辺にいますよねぇ」
自分の馬鹿さ加減に脱力しつつ、先ほどてまりさんに引き止められた理由にやっと気付く。
てまりさんは外にいるのが本物のお狐様だとわかっていて私を止めてくれていたんだと。
「まさかハロウィンの仮装の中に本物混じるとは思わないし」
だいぶ『こちら』に慣れたつもりだったが、まだまだ甘かったようだ。
てまりさんに合わせる顔がなくて玄関前でしゃがみ込んで一人反省会をしていると、遠くの方から何やら騒がしい気配と生臭い風が吹いてきて、私はしゃがみ込んだままそちらへ顔を向ける。
するとダダダッと音が聞こえそうな勢いで駆け寄って来る見覚えのある人影が一つ。
「なんで外にいる!? 一体何を考えてる!」
かなりの距離全力疾走したと思うのだが、息も切らさず私の前で止まった人影は、私の肩を掴んでゆさゆさと揺さぶりながら怒鳴ってくる。
全くゆるくないゆるいお兄さんは、ゆるくないゆるいお兄さんに驚いてほわぁとなっている私に焦れたようで、両脇に手を突っ込まれる。
そのまま持ち上げるようにして立ち上がらせられたかと思うと、リアクションする間もなく玄関の中へと押し込まれる。
「え?」
目の前でピシャリと閉められた引き戸に間の抜けた声を洩らして立ち尽くしていると、引き戸越しに声をかけられる。
「黙れ。いいと言うまで一言も喋らずじっとしていろ」
相変わらずゆるくないゆるいお兄さんにこちらも相変わらずほわぁとなりながら、黙ってじっとしていろと言われてしまったのでおとなしく玄関の上がり框に腰かけてゆるくないゆるいお兄さんの声を待つ。
しばらくするとガシャリガシャリと妙な音が近づいてきて、生臭さが一層強まった気がする。
ゆるくないゆるいお兄さんが誰かと話す声も聞こえるが、相手の声はよく聞こえない。
ただ、何故か怖気立つような感覚が全身を襲い、体感温度が下がった気すらしてくる。
上着を取りに行こうかと思ったが、ゆるくないゆるいお兄さんに『じっとしていろ』と言われた事を思い出して静かにゆるいお兄さんの声を待つ。
そのままじっとしていると体の片側に温もりを感じて目だけで横を向くと、いつの間にかてまりさんが隣に座っていた。
ピタリと寄せられた小さな体から伝わってくる温もりに、怖気が溶けるように消えていく。
「もういいよ〜……この状況でも気の抜ける顔してるねぇ」
やっと動けると思ったら、引き戸を開けて顔を覗かせたゆるさの戻ったゆるいお兄さんにいきなりディスられた。
「えぇと……生まれつきこの顔なんで、なんかすみません」
さっきの美女さんにも『ほわほわした顔』とか言われたし、私の顔はどれだけ気が抜けた顔をしているんだろうか。
謝りながら自らの顔に触れていたら、視界の端でてまりさんがぶんぶんと首を横に振っている事に気付いて自然と頬が緩む。
「慰めてくれてありがとう、てまりさん」
お礼を伝えるとてまりさんはにっこりと可愛らしく微笑んでくれた。
うちの子可愛いなぁとほけほけしていたら、ゆるいお兄さんがまだいた事を忘れそうになってしまい、ゴホンと咳払いされてやっとその存在を思い出す。
「あ、えぇと、たぶん助けてくれて、ありがとうです?」
「本当にねぇ、まさかこの辺で今日外に出る馬鹿なんかいないと思ってたのにね〜。念の為、見に来て良かった〜。わかってる〜? あなたが害されたりしたら……」
「害されたりしたら……?」
脅すような言葉を口にしたゆるいお兄さんだったが、その先は口にしなかった。
「……今日はもう絶対こちら側から外には出ないようにねぇ」
最後にそれだけを口にして去ろうとしたゆるいお兄さんに何とかいなり寿司の包みを押し付けて、私の異世界初ハロウィンは終わりを告げた。
──後日。
お隣のご夫婦から、ハロウィンとは『化け物などが大移動する日なので出歩いてはいけない日。昔は化け物の格好をしてバレないようにして紛れ込む度胸試しが流行っていたが、今は迷惑系動画配信者ぐらいしかやっていない』みたいな行事だと説明を受けた。
これは幼稚園児でも知っている話だそうで、私が知らないというか……私の知っているハロウィンの話をしたところ、ご夫婦を仲良くハニワ顔で固まらせてしまう事になった。
本日の教訓。
異世界のハロウィンは、仮装するなら命がけだったようです。
いつもありがとうございますm(_ _)m
なんだか不穏の残る最後となりましたが、主人公は喉元過ぎればなんとやらな性格なので寝て起きたら忘れて「カッパくん可愛いー、てまりさん可愛いー、うちの子可愛いやろー」となってると思います。