99:タルウィスコド-2
「ふんふふーん」
『チューチュー、たるうぃッチュー』
作業内容としては割と単純だ。
燻ぶる藁人形の核に細工道具で穴を開けて、中を空洞にする。
そこへ燻ぶる藁人形のネバネバと言う名のサラサラの液体、燻ぶるネバネバの体液、それから折角『ダマーヴァンド』に居るので、私との繋がり強化も含めて毒鼠の杯から湧き出ている毒液も少量だが加える。
うん、それまでは普通に食べられそうだったのに、一気に臭いが食べ物じゃなくなった。
ま、重要なのは味ではなく未知なので、何の問題もない。
『樽一杯のワインにー、一匙の汚水でー、樽一杯の汚水でチュー』
「肉藁にー、刻んだ核にー、締め藁で締め上げてー」
私は燻ぶる藁人形の肉藁と核を刻むと、藁は内部の液体に投入し、核はネバネバをよく絡ませてから穴を埋めるように詰めていく。
で、燻ぶる藁人形の締め藁で、穴を仮に封じてから、細工道具のバーナーで加熱。
ネバネバの粘性が増して、穴は完全に塞がる。
『樽一杯の汚水にー、一匙のワインはー、当然汚水でチュー』
「えーと、撮影は……大丈夫そうね」
なお、今回の作成風景は最初から撮影している。
これはザリアから、呪術についての未知を求めるなら、私から多少の情報提供を行う事で促せるかもしれないという話があったからだ。
私としても、正規ルートには程遠いやり方であると言う自覚はあれど、私の行動を切っ掛けに呪術が広まるのは色んな意味で美味しいと思っての事だ。
「じゃあ、呪怨台行きましょうか」
『チュ』
私は呪怨台に加工を施した核を乗せる。
するといつも通りに、呪怨台へと呪詛の霧が集まっていく。
「私は虹色の眼に新たなる邪な光を与える事を求めている」
私の13の目が呪詛の霧の球体へと向けられる。
「睨み付けた敵に熱を与え、焼き焦がすような力を求めている」
霧が『毒の邪眼・1』の時とは異なる幾何学模様を描き始める。
「望む力を得るために私は炎を食らう。我が身を以って与える炎を知り、飲み干し、己が力とする」
深緑ではなく、紅い光が霧に色濃く混じり始める。
同時に部屋の気温が上昇し始める。
「どうか私に機会を。覚悟を示し、灼熱の邪眼を手にする機会を。我が身に新たなる光を宿す炎の呪いを!」
霧が核へと飲み込まれていく。
周囲に膨大な熱量が放たれて、私のHPが削られていく。
そうして暫く経つと霧は消え失せ、幾何学模様も無くなり、後にはサイズが随分と縮んで、大きめの飴玉のようになった核が残っていた。
ただし、色は大きく変わっていて、下地こそ大豆のような色だが、赤と黒の斑と言う警戒色丸出しの色になっているが。
「鑑定っと」
なんにせよ、まずは鑑定である。
△△△△△
呪術『灼熱の邪眼・1』の斑豆
レベル:10
耐久度:100/100
干渉力:100
浸食率:100/100
異形度:10
変質した毒の液体が染み込んだ豆。
覚悟が出来たならばよく噛んで味わい、胃に収めるといい。
そうすれば、君が望む呪いが身に付く事だろう。
▽▽▽▽▽
「もちろん、喜んで噛み砕かせていただくわ」
私は笑みを浮かべつつ、斑色の豆を口の中に放り込み、犬歯を突き立てる。
「っつ!?」
最初に感じたのは辛味……否、歯から脳天へと突き抜けるような激痛だった。
「ーーーーーーー!?」
全身の目が大きく開かれる。
全ての汗腺から汗が勢いよく溢れ出る。
反射的に吐き出してしまいそうになる。
そして、それ以上に……熱い!
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
全身が燃えるように熱い!
髪が燃える! 肌が燃える! 肉が、骨が、目が、爪が、粘膜の一欠片に至るまで激しく燃え上がるような感覚に襲われる!
周囲の大気が粘性を帯びたように揺らぎ、視界には直線のものは何一つなく、全てが紅く、赤く、朱く、あかく、燃え上がる火のように染め上がる!
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
だがそれでも……それでも顎は動かし、咀嚼は止めない。
飲み干す事も、吐き出す事も拒絶して、斑豆を口の中で粉々に噛み砕いていく。
一口噛むごとに全身が激しく燃え上がるような感覚に襲われようとも、私のHPバーと満腹度バーが乱高下しようとも、灼熱なる状態異常が500を超える様なスタック値で表示されようとも関係はない。
「タルウィ……ああ、正に熱……湧き上がる、沸き上がる、わきあがる! 熱が! 炎が! 胃の腑から! 私の全身へと! 沸き上がっていく!! 焼き尽くしていく!! 私を薪にして! 世界を燃え上がらせていく! 暗闇を照らし出す事で、更なる闇を浮き彫りにしていく!! すばtsdp;qlfdtfたdぷp!!」
何故ならば、未知があるからだ。
こんな噛む度に地獄のような苦しみを味わえる豆を心行くまで堪能できる機会を逃せるはずが無い。
此処がどんな地獄なのかを私はよく見て、聞いて、嗅いで、触れて、感じて……味わなければいけない。
それが覚悟であり、未知を楽しむ事に繋がるからだ。
「ああ……冷めていく……覚めていく……炎が静まっていく……」
気が付けば口の中の豆は全て胃の中に納まっていた。
それに伴って、全身を襲っていた高揚感も灼熱も薄れていく。
毎度のことながら、この虚無感は悲しい物であると同時に、味わい深い物だ。
もう二度となんて思いつつも。また味わいたくなってしまう……。
≪呪術『灼熱の邪眼・1』を習得しました≫
≪タルのレベルが11に上がった≫
「撮影終了。詠唱キーセット、『灼熱の邪眼・1』。動作キーセット。よし。では、改めて鑑定」
私は撮影を終了すると、得たものを確認するために『鑑定のルーペ』を向ける。
△△△△△
『蛮勇の呪い人』・タル レベル11
HP:342/1,100
満腹度:27/100
干渉力:110
異形度:19
不老不死、虫の翅×6、増えた目×11、空中浮遊
称号:『呪限無の落とし子』、『生食初心者』、『ゲテモノ食い・1』、『毒を食らわば皿まで・2』、『鉄の胃袋・2』、『呪物初生産』、『毒使い』、『呪いが足りない』、『暴飲暴食・2』、『呪術初習得』、『かくれんぼ・1』、『ダンジョンの支配者』、『意志ある道具』、『称号を持つ道具』、『蛮勇の呪い人』、『1stナイトメアメダル-3位』、『七つの大呪を知る者』
呪術・邪眼術:
『毒の邪眼・1』、『灼熱の邪眼・1』
所持アイテム:
毒鼠のフレイル、呪詛纏いの包帯服、『鼠の奇帽』ザリチュ、緑透輝石の足環、真鍮の輪×3、鑑定のルーペ、毒噛みネズミのトゥースナイフ、毒噛みネズミの毛皮袋、ポーションケトルetc.
所有ダンジョン
『ダマーヴァンド』:呪詛管理ツール設置
▽▽▽▽▽
△△△△△
『灼熱の邪眼・1』
レベル:10
干渉力:100
CT:20s-10s
トリガー:[詠唱キー][動作キー]
効果:対象に火炎属性ダメージ(小)+周囲の呪詛濃度×10の灼熱を与える
貴方の目から放たれる呪いは、敵がどれほど堅い守りに身を包んでいても関係ない。
全ての守りは破れずとも、相手の守りの内に直接熱を生じさせるのだから。
注意:使用する度にHPと満腹度が1減少し、周囲の呪詛濃度×1の灼熱を受ける。
▽▽▽▽▽
「うん、いい感じね」
『終わったようでチュね……』
灼熱の状態異常の効果はHP回復の阻害だったはずで、自然回復なら回復量1につきスタック値1で、外部からの回復手段なら回復量1につき幾つかのスタック値で回復を阻害したはず。
『CNP』は精神状態によっては戦闘中でも平然とHPが自然回復するし、回復持ちも少なくはないので、それなりに有効。
削りがより効率的になる事だけは確かだろう。
「ふふ、念願の純粋な遠距離攻撃手段ね」
だが、最も嬉しいのは、火炎属性のダメージが伴う事だろうか。
チャージタイムとクールタイムは『毒の邪眼・1』の倍だが、直接的なダメージも与えられるのは嬉しい事である。
「さて、後は適当にレンズ磨きでもして、今日は終わりましょうか」
『ああ、阿鼻叫喚になるのが今からでも分かるでチュ』
私は掲示板に先程撮影した映像を上げると、余った燻ぶる藁人形の核を食べて満腹度を回復させつつ、『ダマーヴァンド』の窓ガラスを回収して、少しだけ削り、磨いた。
05/10 誤字訂正