貴族騎士の戦果
今回で文字数一〇万字超えますかね。
文庫一冊分。我ながらよく途中で飽きずに書いたものです。
人間は魔物とは違う。と言うより魔物が人間のみならず他のどの生物とも違うと言うべきだろう。死ぬと黒い塵になって散ってしまう生物など魔物の他には確認されていない。むしろ学者が何を根拠に生物に分類したのかさえ一般人には分からない。
そしてある意味人でなしではある屑ニートも魔物ではない。だから生命力が尽きて命を失ったところで死体ごと消えてなくなるわけではない。
天賦の才を持つが故に強い魔物が現れないこの地では敵なしの少年は、まだ未成年ということもあって戦いで死んだ者を見るのは初めてである。初めて見る戦死者を前に、そしてそれを成した一羽のウサギを前に、今さらながら湧いてきた恐怖により無意識に距離を取ろうとした。
一方ピーターとベンジャミンは最後の最後だからこそ油断せずに、倒れ込んでくる屑ニートの死体に触れないよう冷静に後ろに跳ぶことに意識を割きすぎていた。
だからどちらも反応が遅れたし対処もできなかった。この場にもう一人いることが意識から薄れてしまっていたから。
「最後は貴族であり騎士である私の一撃で飾らせてもらおうか!」
誇りも何もない良いとこ取り、どころか実際は死体蹴りという高貴さの欠片もない行為を高らかに宣言しながら駆け出す無能。駆けると言うには遅いが無能の主観では最高速で駆けているつもりらしい。
剣は破砕されたので無能は仕方なさげに拳を握り、倒れた屑ニートの死体の頭部に向けて雑で無駄だらけな動きで拳を振るう。
少年は恐怖により身体がこわばりまともに動けなかったし、それ以前に止めなければならないことを知らなかった。
ピーターとベンジャミンは切り札である一つで一羽の状態では、この突発的な状況で無能を殺さずに止めるような繊細な手加減など訓練していないからできなかった。
だから気付いた時にはもう手遅れだった。
そもそもどうしてピーターとベンジャミンは最後に後ろに跳んだのか。最後の最後まで油断しないのは当然のことだが、屑ニートは既に死んでいるのだから戦いはもう終わった後のはずなのに。
その答えは例えるなら体温のように、固有能力の効果も死ねばすぐに消えてなくなるものではないから。
ベンジャミンのような神眼、あるいは魔眼に属する固有能力の持ち主でもない限りはまず知る機会さえない情報であるし、その神眼や魔眼を始めとして多くの固有能力は残滓が効果を発揮したところで大した意味はない。意思なき死体が何を看破しようが意味はないし、動かぬ死体に加速能力があろうと意味はない。
だが触れるものを破砕する屑ニートの【破砕皮装甲】は違う。その残滓が効果を発揮している限り、屑ニートには死後でさえ誰も許可なく直に触れることは叶わない。
それを知らない無能の拳は、手首まで剣と同じように骨も肉も皮も例外なく粉々に砕かれた。
あくまで攻撃ではなく固有能力の効果だからか、右手が丸ごと粉々になった割には無能が痛みを感じている様子はない。だからこそ気付くのが遅れてしまったのだろう。血の臭いと右手の違和感でようやく自分の現状を把握した無能が言語にならない叫び声を上げる。
その叫び声を聞いて恐怖から解き放たれた少年が応急処置を始める中、とにかく治癒術師が必要だろうと判断したベンジャミンは意識を自分の身体へと戻していった。
「……ベブゥ……」
手持ち無沙汰で合流を待つことになったピーターの鳴き声は、叫び声に掻き消されて誰の耳に届くこともなかった。
一行が無能の下に辿り着いた頃には少年の厚意により止血だけは済まされていたが、鎧の疲労軽減、体力回復効果があっても叫び声を上げ続ける気力も体力も尽きていた無能は、出血と疲労により実に情けなくも面白い顔で気絶していた。
常日頃から周囲にかけている迷惑を思えばその無様な姿を腹を抱えて笑われても文句は言えないくらいだが、とは言え今の無能は一応は右手首が形容しがたいグロテスクな状態になっている重傷者である。
消えゆく固有能力の効果の残滓によるものだからか、中途半端に破砕された部分が却って傷を凶悪にしている。刀などの綺麗な切断面よりチェーンソーなどの荒々しく削り抉る切断面に近いだろうか。治癒術師であるフロウも思わず顔をしかめる有様である。
治癒術師として怪我人を放置するつもりはないが、冒険者として馬鹿馬鹿しい理由で負傷した無能の治癒に気が乗らない。そんな術者の心境が影響したのか、治癒自体は問題なく完了したものの、切断面だった部分はあまり綺麗とは言えない塞がり方をしていた。
それを見た無能がケチをつけてくるのはまた別の話である。
勝ってはいる。なのに勝てはしない。
それがベンジャミンを初めて見た時に少年が感じた戦力分析だった。その分析に誤りはない。確かに単純な戦闘能力を比較すれば、単身のベンジャミンでは少年に勝てるとは思えないだけの差がある。それは術師と戦士という程度の低い話ではなく、双方が天才でありながらその才能に圧倒的な差が存在しているのである。
少年が天賦の才にかまけて努力を怠るような人物なら別だが、実際は向上心も高く村を守る立場への責任感も強いため、どこかの無能とは違い努力を怠るようなことはない。武神が作り上げた器を相手に戦えるだけのことはあり、未成年にしては完成度の高い実力者である。
それでも実際に戦えば勝てない。理由は先ほど殺された屑ニートと同じ、圧倒的な戦闘経験の差である。それもただの戦闘ではなく、術師でありながらベンジャミンが幼少期にほぼ単身で切り抜け続けてきた、圧倒的に格上な存在との殺し合いの経験。
己の全てを賭してもなお勝てない相手を、周囲の全てを駆使してでも殺して生き延びるための力。その強さ故に今まで少年が必要としてこなかったもの。しかし今回の件ではそれがなかったからこそ、屑ニートに村を滅ぼされていた危険性があった。
そうしたことを天賦の才で感じながら、気付けば少年は無意識に突拍子もない行動に出ていた。
「俺はユーシャ・ブレイバーって言います! 俺を弟子にして下さい!」
支援魔導師への前衛戦士職としての弟子入り志願である。
「……はぁ?」
いくら【看破】の神眼を持つベンジャミンと言えども見通せるわけのない、本当に突拍子もない話である。
仲間が増えるかどうかは次回のお楽しみです。
が、もし仮に増えたとしても野郎です。ヒロイン追加とかではないです。