44 王国の人々
知らぬことを知るということは、とても有意義なことのはずだ。やるべきこともたんまりある。時間はみるみるうちに、飛ぶように過ぎ去っていく。
だというのに、どうしてだろう。エルナの胸の内には、いつも焦燥感が渦巻いていた。走れば走るほど終着点は近づくはずなのに、遠ざかっているような気がする。
「……そういうことって、ない?」
「ある!」
食い気味に答えたのは、エルナの友人、ノマである。緑がかった、くりんと肩口で跳ねた髪を何度も揺らす勢いで頷き、拳を握ってエルナに向かい合っていた。
現在、エルナとノマは街の復興作業の手伝いという名目で城の外を歩いている。以前ならばエルナもノマと同じメイド姿で出歩いていたが、今はクロスの婚約者という役目があるため、慣れないドレスで歩くしかない。
国王の婚約者として、街の人々を労うために慰問する。それも、エルナが果たすべき立派な責任の一つである。エルナは街を救った英雄として人々に親しまれている——らしい。正直とてもくすぐったい。
今も街が復興する作業を椅子に座って見つめて、手伝いたくて足がそわそわしている。
ノマはエルナの付き人の一人だ。
「ある、すーっごく、ある! 私も、目標というか、夢というか、絶対にしたいことがあるんだけど、できるかな……って不安になって、それこそ夜もどきどきしてちょっとだけ眠れなくて、どうしたらいいだろう!? ってそわそわして焦っちゃうというか!」
「ノマの夢……いや、目標……? 聞いたことなかったな」
問いかけたよりもたくさん来た返答にエルナがきょとんと瞬くと、ノマは即座に自分の口元を両手で叩いて閉じた。これ以上は話さない、という意味なのだろうが、随分特徴的な意思表示だ。
「…………」
「いや、無理に聞こうとは思ってないよ……?」
ぶんぶんぶん、とノマが首を横に振り続けているので伝えたところ、「えええええるうううう」何かが近づいてくる。「なああああ」多分エルナの名を読んでいる。「さまぁ!!!!!」
ずざざざざ、とエルナの前に、八重歯のバンダナ男が滑り込んだ。
「俺の夢はぁ! エルナ様の、専属の護衛になることっすぅ!」
「……どこから聞いてたの?」
「最初からです! 耳をすましてやしたぁ!」
こうして最悪な内容を楽しそうに笑ってごまかす茶髪の男は、元自警団のリーダーである。
街を守るという名目で不審がられ、お騒がせして、さらにエルナを誘拐したことがあるおっちょこちょいだが、現在は心根を入れ替えて街の復興に貢献している。
「聞かれて困る話じゃないからいいけど……正直驚くから普通に出てきてくれるかな。あと護衛と言われても、多分私の方が強いんだけど」
「わかってます! わかってますけど、夢を持つことは自由じゃないっすかぁ!」
えいえい、えいえい、とバンダナ男は拳を何度も上に振り上げている。そして唐突に飛び込んできた彼をノマはどんびきした目で見ていた。ノマはちょっと、そういう潔癖なところがある。
「お前ぇえええこらあああああ! カグラぁ! 勝手にどこ行ってるんだよ! 面倒見てるこっちの身にもなれやァ!」
「ぎゃあ! ジピー隊長! エルナ様を発見したので、力の限り突撃してやした!」
「うん……。お前は……その、そういう理由にならないことを堂々と理由にするところはすげぇと思うよ。休憩したいんなら一言、言ってくれればいいだろ。いきなりいなくなったらびっくりするだろ」
「次からそうしまーすッ!」
バンダナ男、もといカグラは元気に屹立しながら敬礼した。街のならず者であったカグラたちの監督役であるジピーは「はいはい。そうしてちょうだいね」とため息をついている。
「いくらエルナが……あっ」
ジピーはちらりとエルナに目を向けた後に、しまった、という表情をした。
「うほん。エルナ様がいたっていっても、もうちょっと落ち着いて行動しろよ」
「だって、夢の話をしていらっしゃったんすよ……そりゃ行くっしょ? こりゃ主張せねばと」
「はあ? エルナに……あっ。……うほん。エルナ様に、なんの主張をするって?」
「ジピー……無理して様付けなんてしなくていいよ……。人目があるわけじゃないし」
「へへへ……面目ねぇ」
照れたように笑って頭をかくジピーの横っ腹を、ノマがぴしっと手刀する。「なんだよ」「何よ」と二人は睨み合っているが、相変わらず仲がよろしい。
「それで、夢の話ってなんだよ」
「夢というか、目標というか……。たしかに進んでいるはずなのに、焦ってしまうのはどうしてだろうね、ってノマと話していたところ。ジピーも、そういうことってある?」
「うーん……どうかねえ。俺は……別に、目指してるものとか、そういうのはないからなあ。毎日堅実に生きていければそれで……」
「あはは! 目標のない男はモテねぇっすよ!」
「ぶ、ぶっとばすぞお前……」
八重歯を見せた悪意のないカグラの笑いに、ジピーは静かに拳を震わせている。
「……エルナの目標って、なんなの?」
「一応俺はお前の上官なんだが!?」と、ジピーはカグラの頭を鷲掴み、「ヒョエーンッ!」と縦に跳ねているカグラの存在を無視して、ノマはエルナに問いかけた。
「……私の、目標は……」
——着ていたドレスはいつの間にか町娘の服装に。座っていた椅子は、木でできた可愛らしい椅子に。丸テーブルの向こう側には、クロスとよく似た少年がじっとエルナを覗いている。
「……疲れているのか?」
ぱっ、とエルナは瞬いた。一瞬クロスに話しかけられたのだと錯覚して、反応が遅れてしまった。
クロスを小さくしたような、優しい金の瞳をした少年が労しげにエルナを見つめている。
「えっ、疲れて? どうして?」
「ぼうっとしているように見えたから。ブラウニー夫人の授業を受けて、復興の手伝いをして、慰問もしてと忙しくしているんだろう? 今日は付き合ってもらって、申し訳なかったな……」
「そんなことない! フェリオルが、そんなことを言う必要なんて全然ない!」
想像よりもエルナが大きな声を出したからか、フェリオルはびっくりして手元のカップを両手で抱えた。
「あ、ごめん……」
「いいや」
すぐににこっと少年は優しげに笑う。今日は、フェリオルのお出かけのお付き合いだ。
おでかけといっても、フェリオルはもちろん公務の一つとしてであり、こっそりと街を見回ることで人々に困りごとがないかを確認しているのだ。
以前に二人で街を歩いてから、フェリオルとはそういった機会を設けることにした。
なんせ、エルナは最強の護衛である。店の周囲には他にも護衛の騎士たちがいるのだが、そこは気にしないことにする。
「それならよかったが。ん、このコーヒーはうまいな」
街を見回り休憩のためにと甘味処に入ったフェリオルは、今日は大人ぶって通のようなことを言っている。カイルにコーヒーを出してからというものの、王都でも少しずつコーヒーが嗜まれるようになってきた。だからこそフェリオルも注文したのだろうが、たまに、「苦い……けど、匂いはいい……」と、呟いていることは見ぬふりをしている。
そしてエルナの前にはフルーツティーが入ったカップが置かれている。
オススメとして飲んでから、すっかりお気に入りになってしまった。
「しかし疲れていないというのなら、どうしてぼんやりしていたんだ? 僕には、何か考え込んでいるように見えたが……」
「うん。以前にノマ……ええっと、私の友人と、夢とか目標に対して焦っちゃう、という話をしたことを思い出したの。どうしても、時間を意識してしまうというか……」
知らぬうちに、飛ぶように時間が過ぎていく。
国の歴史、文化、マナーの勉強。貴族同士の関わりを把握しなければいけないし、あいた時間で精霊術や魔術の鍛錬。こうして街の人々の様子を見る時間だって必要だ。
あっという間に二ヶ月がたってしまった。
「夢……目標……。婚約の発表まで残りひと月と聞いているぞ。随分急だが、今の王都には明るいニュースも必要だろうからな……そのことでか?」
「それも、あるんだけど。うん」
どうにも鈍い返答をして誤魔化してしまう。
すぐにフェエリオルは空気を読んだのだろう。「僕の場合は」と、話題を少しだけ変えた。
「僕の夢は、やっぱり……兄上の助けとなることだ。人生をかけて、兄上をお助けしたいと思う……」
自分で話しているうちに嬉しくなってきたのか、フェリオルにしっぽが生えて、わふわふと犬のように振っているような幻覚が見えてくるような気がした。
「うん。フェリオルは、ずっとまっすぐだね。とてもいいことだと思う」
「だろうっ?」
わふっ、と小型の犬が返事をしたように見えて、微笑ましくて口元が綻んでしまう。
「……ところで、忙しくしているということは……やっぱり兄上には会っていない、のか?」
「……やっぱりって?」
「なんというか……気の所為、かもしれないのだが、兄上がいつもと雰囲気が違うような……具体的にどことは言えないのだが、今日はエルナに会うことを伝えたとき、何か、妙に……いや、僕ごときが兄上の気持ちを慮るなど、何を言っているんだという話なのだが……!」
「フェリオルは本当に、クロスのことが好きなんだね……」
しみじみと呟くと、「な、何を」と、むっとフェリオルは眉をひそめる。
「ふん。まったく! 当たり前のことを言わないでくれ」
ぷいっとテーブル越しにそっぽを向かれた。なんという素直さだろうか。
「僕のことはいいんだ! ごまかすということは、やはり兄上に会っていないのか? 忙しくしているとはいえ、婚約者だろう? そんな……今日のこの時間が、申し訳ないじゃないか……」
「待った、違うのよ、違うんだってば!」
しょぼしょぼと小さくなるフェリオルを前にして、焦るなという方が難しい。エルナはわたわたと両手を動かし、「違う違う」と何度も否定する。
「忙しいことに違いはないけど、それで会っていないわけではなくて……なんというか、自分のために時間を使うことが心苦しいというか、申し訳ないような、そんな状態というか」
口に出して、初めて自分の気持ちに気がついた。
はた、と動きを止めて驚いたまま自然と自身の口元に指を置く。
「自分のために? 兄上と会うことは、自分のための時間ということか?」
「……え」
同時に、きょとんとした表情でただなんともなしに尋ねたようなフェリオルの言葉に、目を丸くした。時間差で意味を理解して、ばふっと顔が真っ赤に染まる。
「いや、え? うん、え?」
「ん? 僕は何かおかしなことを言ったか?」
「お、かしくはないけど、待って、ちょっと待って」
自分で何を待ってほしいのかもわからず真っ赤な顔を片手で押さえて視線を狼狽えさせる。
そのときだ。エルナのポケットの中にいるハムスター精霊が、小さくエルナのポケットを叩いた。
『ごんすごんす』
「え、どうかした……?」
「あーっ! エルナさんだ!」
明るい声色とともに駆け寄ってきたのは、店員用の可愛らしいエプロンを着たカカミだ。
エルナは慌てて先程までの動揺を抑え込んでにっこり笑う。
「カカミ。今日はお店に出る日だったんだね」
「そう! さっき入ったところ。も~。来るっていうんなら、事前に教えてくれたらいいのに」
「ははは……」
一応、王弟殿下であるフェリオルを連れてのお忍びであるため、予告をするというのは難しい。笑ってごまかすしかない。
「あ、ごめんなさい、エルナさんはお客さんとして来てるのに」
「もう注文はすんでいるから、カカミさえよければ大丈夫だよ」
「私もぜーんぜん。今日はお客さんが少ないのよね……なんでだろ?」
エルナとフェリオルはそっと視線を交わした。
前回店に来たとき、護衛の騎士で店内を混雑させてしまったという経験から今回は外にいてもらうようにしたのだが、それはそれで分厚い筋肉を持つ騎士たちで、店に入る者を威圧させてしまったのかもしれない……。
「み、土産をたくさん買って帰ろう」
「そ、そうしようか……」
小さな声でフェリオルとエルナはぽそぽそと話し合う。エルナのポケットの中からこっそり顔を出したハムスター精霊が、ぷひいと呆れたように鼻でため息をついている。
「ま、こんなときもあるか。エルナさんたち、さっきから盛り上がってたみたいだけど、何を話していたの?」
「ンッ……」
「夢の話だ。自分の夢や、目標について語っていた」
「ほえー。いいね、明るい話だねぇ。私、そういうの大好き!」
即座に素知らぬふりをしたフェリオルが、一つ前の話題を振ってくれた。
将来の片鱗を見たような気がして、エルナは呆然と少年の横顔を見つめてしまう。フェリオルは涼しい顔をしている。
「私の夢はねぇ……あ、語っていい? いいよね? 私の夢は! 『え? そんなのいらないでしょ?』って他の人が思うものをたーっくさん、作ること!」
「いらないって思うものを、作りたい……?」
「そう! だって、どこに『いる』が潜んでるかわかんないでしょ? 『いらない』が『いる』に変わる瞬間が、最高に好きなんだよ!」
オーダー用のペンとメモでポーズをつけて、カカミは軽快に笑った。
いろんな目標がある。たくさんの好きもある。
「そっか……うん。いいね。すごくいい」
「でっしょー! 最近はね、どこに行っても何があっても大丈夫なように、すごく頑丈な水筒とか紐とか、とっても薄くて小さく畳めるのにあったかいひざ掛けとか、まあいろいろ発明に余念がないよっ! こうしていつかは大成功の発明品を作って大儲けして、司祭様を楽させてあげたいんだ。あっ、よかったらあとでエルナさんにも私の発明品をあげるから、使い勝手を確認してみて!」
「ん、うん……使うとき、あるからな……」
「いつ何時、何があるかわからないからね。……この間の王都のこともそうだし」
一瞬だけ、最後に小さく呟いたのは、きっと気の所為ではないだろう。フェリオルも眉間に皺を寄せて、テーブルの上にのせていた小さな拳を、ぎゅっと握りしめる。
「……お店。再開できて、本当によかったよ」
「うん! ここは、被害が大きかった場所ではないんだけどね……甘いものって、絶対に必要なわけじゃないから、どうしても復旧からは後回しになっちゃった。しょうがないよ。……でも、疲れたときこそ、甘いもの! エルナさんと一緒に作ったカカオのケーキ、すっごく好評なんだよ!」
これぞ、『いらない』が『いる』に変わった瞬間だね! と重たい空気は一瞬にして吹き飛ばし、カカミは元気に胸を張って笑った。
カカミを見ると、自然と優しい気持ちになる。「よかった。嬉しい」ところんと幸せな言葉がこぼれ落ちる。するとさらにカカミも破顔して、胸の内がほんわりと温かくなる。
「国王様の婚約式ももうちょっとだよねぇ! 明るい知らせは国民にとっての幸せ! となれば財布も緩むというものだからね。国王様、さまさまだよ!」
からりと明るく話すカカミと相反して、フェリオルは沈んだ表情をしている。
「……この付近の復興が遅れたことは、申し訳なく思う。優先順位をつけるべきではないと、わかっているのだが、どうしても……。何か困っていることはないか? よければ多くの者の言葉を聞きたいと願っている」
「え、はい? 困ってること? まあ、お砂糖が前より入りづらくなったとか、そういうのはあるかな?」
「そうか、砂糖か。よし、必ずという約束はできないが、覚えておこう。この胸に刻んでおく」
「…………何この子?」
王弟殿下です、という言葉はエルナは口を噤んだ。
大人ばかりに囲まれて育ったフェリオルは、自身が不審に思われているとは露ほども思ってはいないようだ。やはりまだまだ青いらしい。
「うーん、エルナさんの弟、生意気だなあって前も思ってたけど……。私、兄弟はいないんだけど、姉と弟の上下関係って重要じゃない? エルナさん、ちょっとしめといた方がいいと思うよ」
「し、しめッ……!?」
フェリオルが混乱して目を白黒させているのを、エルナは生ぬるい笑みで見守るしかない。カカミには、以前にフェリオルのことをエルナの弟だと説明しているので、いまだに勘違いしたままだし訂正できない。さて私は紅茶の続きを飲もう……とカップを傾けた瞬間。
「そういえばエルナさんって……国王様の婚約者様と、同じお名前よね」
「んげっほ!」
危うく噴き出しそうになった紅茶を勢いよく飲み込んだので、喉の奥に引っかかった。
「げほ……げほっ、げほ……! な、なんでいきなり……?」
「いきなりというか、前から思ってたけど……。今日見て、弟くんが金髪で、国王様の色とおんなじだなぁって……。まあ、遠いところからしか見たことないから、国王様の髪の色なんてぼんやりとしか存じ上げないんだけど」
「き、金髪!」
今度はフェリオルに飛び火している。ささっとフェリオルは自身の頭を両手で隠した。
「それは、その……」
カカミはエルナが竜の生まれ変わりであることを知らない。言うべきか、いやそもそも伏せるべきことなのか、今この場では判断がつかない。が、エルナのことを伝えると、芋づる式にフェリオルが王弟殿下であることがわかってしまう。
なるべく気安い関係で、民からの言葉を聞きたいという少年の思いを踏み握りたくはないと考え、さあ、ごまかすぞと口を開こうとしたときだ。
「あの」
「エルナは!」
口火を切ったのはフェリオルだった。
「……エルナは、よくある名だ!」
たしかにその通りではあるが。
エルナの名の由来は、もちろんエルナルフィアからである。この国の守護竜であったエルナルフィアから名をもらうというのは、よくあることといえばよくあることである。
ちょっと微妙な気分になることに違いはないが。
「たしかに……まあ、そうかも?」
「だろう! だからエルナが、エルナであることになんの問題もないぞ!」
「いやそれ」
「え」
「エルナって、自分のお姉さんでしょ? さっきの話に戻るけど、上下関係はびしっとつけなよ、エルナさん。弟に呼び捨てにされるなんてさ」
「あー……」
本物の弟ではないし、びしっとつけすぎてしまうと、『エルナルフィア様』になってしまうので、それはちょっとどうだろうか。でもカカミは弟と思っているわけだし……と、エルナは曖昧な声を出しつつフェリオルを見ると、そこには想定外にも、ちょっとだけ頬を赤くした少年が自分の手元に目線を落として、両手をもじもじといじくっている姿があった。どうして。
「た、たしかにエルナは、僕の義姉に……なる、わけだし。その、その」
「姉になるって、何言ってるの? もともとお姉さんでしょ?」とカカミが突っ込んでいるが、おそらくフェリオルの耳には入っていない。
「う、う、あ、うう、え、エルナ!」
「はい?」
「その……エルナ、義姉さん」
「……うん」
先程までのエルナの赤面よりも、さらに真っ赤な顔をしてフェリオルはぎゅっと目を瞑り、顔を伏せた。可愛らしいことに、髪から覗く耳まで真っ赤になっている。
「一体何があったの?」と、ちんぷんかんぷんな顔をしているカカミへと、フェリオルは今度は勢いよく顔を上げる。
「……礼を言う。ずっと、そう言いたかったんだ。きっかけをくれて、感謝する」
「……なんで? 自分のお姉さんなのに?」
っていうかこの空気、一体何? とカカミは困惑の渦に陥っている。
「色々ね、あるんだよ」
そう言ってエルナは目を細めて、優しい気持ちをゆっくりと味わった。
——義姉上と呼ぶ日を楽しみにしていますから。
そう、少年が話してくれたときから、どれくらいの時間がたったのだろう。
まだ、一年はたっていない。けれど長い時間だったように思う。そしてまた、あっという間に、空を駆ける竜のように、日々が過ぎ去っていくのだろう。
後戻りも、できないくらいに。