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喰わざるもの、生きるべからず - 24.よく食べる再会
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喰わざるもの、生きるべからず  作者: あさぎり椋
戦わずとも、考えることを
24/27

24.よく食べる再会

 特に新たな事件の発生も無いまま、さらに二日が過ぎた。どうやらミケは完全に回復したらしく、隼斗はようやく面通しが叶うこととなった。

 放課後、待ち合わせ場所に指定されたのはファミレスだった。24時間営業とはいえ、昼食と夕食のちょうど間くらいの時間帯とあって、人の入りはまばらだ。

「……すぐ見つかるんだよなぁ、これが」

 隼斗は一人で入店し、すぐにため息混じりに独りごちた。

 店内の一角で、ミディアム加減に焼き上げられた分厚いステーキの芳醇な香りが香ばしく漂っている。網目状の焼き目の上からナイフの刃が入れられ、溢れる肉汁がプレートにしたたり、一層じゅわっと音を立てる。そこにフォークを突き立て、切り分けた肉身をテンポ良く口へと運んでいく一人の客。軽く塩味を振られているであろう付け合せのにんじんやポテト、アスパラといった野菜類も、偏ることなく順番に万遍なく食していく。

 もう、やたらと漂う野性味あふるる肉の香りだけでも分かる。いくらこのファミレス自慢の肉厚なステーキとはいえ、これは明らかに肉一枚の香りではない。もう同じ席で何枚も焼き立てを食べたからこその充満具合だ。

 ファミレスの一席で、たった一人で、ステーキを何枚も何枚も注文して、それを全て料理人が泣き出しそうなほど美味しそうに食べる女を、隼斗は一人しか知らない。

 ――瀬乃原ミケ、完全復活の様相であった。

「お? おーっす、隼斗! こっちこっち!」

「お前めっちゃ元気だよな!? どんだけ食ってんだよ」

「お、あんまりミケさんなめんなよ。まだ六皿目だぞー。病み上がりだからあんま食うなってレキちんに言われちったんだよねー」

「化生の『あんま』の基準がわかんねーわ……」

 出会い頭に頭を抱えたくなりつつ、隼斗はひとまず店員からお冷を受け取った。いかに食欲をそそる香りが刺激してこようと、どうしたって腹は空いていないので、ついでにドリンクバーだけを注文しておく。

「問題無さそうだな、毒気? ってやつ」

「うん。ただ、ちょっとかすっただけにしては結構しんどかったかな」

「そんなもんか。……ヘタしたら死んでた?」

「そんなヤワじゃないってば。あたしもダテに二百年生きてないからね。弱い奴と良い奴は、真っ先に死んじまうのが昔の相場だったんだよ」

 そう言って、ステーキをもう一欠片ほど口に運ぶ。大仰そうなことでも軽口混じりに言ってのけてしまえるのが、彼女が見てきた二百年の強さというものなのだろうか。十七年の時間軸しか持たない隼斗には、及びもつかない世界だった。

 そんなことを考えていると脱線しそうだ、と彼は話を本線へ引き戻した。

「ミケがいない間に、俺なりに色々と調べ物したりしてみたよ。俺、自分で思っている以上に化生について知らなかったみたいでさ」

「ごめんねぇ。あたしが不甲斐ないばっかりに……で、収穫はあったのかい?」

 謎のおばあちゃんキャラで問うてくるミケに対し、先日気付いたこと幾つかの発見や疑問を投げかける。積もりに積もったものを洗いざらい言い放つだけでも、やっと沈殿した澱から解放されたようで、スッキリとした気分になのだった。

 特に気になっていたのは、植物の生態と人喰いの生態を重ね合わせて考えたくだりだ。

「……植物!? 食べる? 暴食!?」

「え?」

 ――だったのだが、予想していた以上に、ミケの食い付きは凄まじかった。

 目を丸くして、ナイフとフォークをガチャンと行儀悪い音と共に置く。そして隼斗をビッと指差して、まるで悟りの境地に如来を垣間見た僧侶のごとき晴れやかな表情をする。

「そ! れ! だぁ!」

「な、なんだよ急に」

「いやね、ずーっとなんか引っかかってたんだけどやっと思い出したよ! そーだそーだ、真っ当な探し方じゃ見つかんないわけだ! うんうん!」

 すると、ウェイターの一人が近づいてきて、引きつった笑顔で大声をやんわりと注意されてしまう。ただでさえ大食らいで目立っていただけに、この席はすでにかなり目をつけられていたらしい。

 スイマセン、と二人してしょんぼりと謝り、声のトーンを落とす。

「……オホン。隼斗君、いいことに気が付きました。人喰いの正体は、あたしの推測が正しければ多分――『暴食の大欲鬼』だ」

「大欲鬼……?」

「オニだよ、オニ。大きい欲の鬼と書いて、ダイヨクキ」

 隼斗が調べたネットや本の中には、そんな名前の鬼は全く見当たらなかった。一体、何者だというのか。

「鬼って生き物はさ、ただの怪力で金棒振り回すだけの怪物じゃないんだ。海千山千の悪行の象徴。人に対する戒めの具現。行き過ぎた欲望の形象――それらを、古方位になぞらえ牛の角を生やした赤肌のおぞましい姿に託し、総称して昔人は『鬼』と呼んだ」

 鬼と一口に言ってもその種類は様々だ。節分に追いやられる鬼など、まさしく『不幸』のシンボル。日本で最も有名な鬼かもしれない、かの酒呑童子も、その成り立ちにおいて当時の流行病との関連性を論じられるほどだ。

「大欲鬼ってのがまさに、人間の醜い欲望が鬼となって受肉した存在なのよ。西洋ではいわゆる『七つの大罪』にも対応してるって言われてる。実際は、もっと数えきれない種類がいるんだけどね」

「それで、人喰いは暴食……?」

「そゆこと。んで、隼斗は植物の呼吸がなんちゃらってさっき言ったけど、それ、まさにビンゴ。奴は植物に近いスタイルを持ってるんだよね」

 皿の上をカラにし、追加注文をするでもなく、少しばかり真剣な目つきになるミケ。いつぞやの路地裏で垣間見た戦慄が、また背筋にひやりとしたものを走らせる。

 そしてなにより彼女の口ぶりは、まるで何年来の知り合いを語るような声色だった。

「会ったことがあるのか?」

「もう何十年も前の話だけどね。奴らは化生としても特異中の特異、自分の欲望を満たすためだけに暴れ回る迷惑な連中なんだ。しかも他人に自分の種子を寄生させ、内から乗っ取ることで姿形を自在に変える。あたしと何人かの仲間で協力して退治したはずなんだよ。そこそこ大仕事だったなぁ」

 もうとっくに終わった仕事だからすっかり忘れてたんだけどねー、と舌を出して茶目っ気混じりに彼女は笑った。たかだか出会って数日の付き合いとはいえ、過去にこだわらないタチであることは隼斗にも大体分かっている。

「同じ化生の別の個体なんじゃないか?」

「どうだろうねぇ。あん時は確か力だけ奪って、トドメ刺さずに街の外に放り出してやったからさ。あ、知ってる? この街は化生互助会が張った結界で守られててね。レキちんが承認しない化生は入ってくることさえ出来ないんだよ」

「そうなのか。どうりでこの街は平和なわけだ」

「そーそー。大欲鬼は弱らせば勝手に消滅するし、この世に人間の営み――つまり欲望ってものがある限りは、いくらでも生まれる存在でね。ぶっちゃけ、完全に倒す意味はあんまり無いんだ」

 そう言い、彼女はどこか腑に落ちないといった様子で腕組みをする。そのもやもや加減は隼斗にしても同じことで、どうにもスッキリ解せない。

 ミケはつぶやくように続ける。

「あの時のヤツが生きてて、今回の人喰いと同じヤツなんだとしたら。目的は――」

 そんなこと有り得るのか、といった渋い顔になりつつ、

「――復讐、なのかねぇ」

 おぞましい言葉だった。人間の世界にも普遍的に存在する概念だが、相手は化生だ。己の存在意義も目的も果たせず襤褸と化した人外の怨讐とは、果たして如何ほどの脅威をもたらすものだろうか。ファミレスの大窓から見える外の明るさとは対照的に、隼斗の心にドス黒い空想が芽生える。

 身を以てその恐ろしさの片鱗を知っているであろうミケの言葉は、生々しい現実感を伴っていた。

「それに同一個体ならヤツは結界を破って入って来られない道理だよ。結界を強引に破られたってんならレキちんが気付かないわけないし。可能性があるとすれば、内部の誰かが何らかの方法で引き込んだとしか考えられないね」

「レキの承認ってのがいるんじゃ?」

「ま、そうなんだけどー。人間の法律に穴があるようにね、なんにでも抜け穴ってのはあるもんなのさ。狡賢いヤツってのも、どこにでもいるし」

 内部に手引き。内側に敵がいる、しかも共犯者がいるとなれば、非常に厄介なことだ。

 分かるはずもないのに、「一体誰が」と考えた時、ちらついた一人の影に隼斗は自分でも驚いてしまった。しかし一度現れた影は、なかなか消そうと思っても消えてはくれない。余計にこびりついてしまうものだ。

 ――アガナイ。浮世離れした雰囲気に、レキの動向を特によく知る一人。キャラ作りなのか素なのか、大げさなパフォーマンスと突飛な言動の中、あの『御前』への心酔ぶりだけは本物だと考えていた。しかし、改めて自問すると別に根拠があるでもなし。

(……まさか、ね)

 自分に助言をくれた存在に疑いの目を向けた自分を強く恥じ、隼斗は一つ頭を振った。


 内装を縁取る大窓の外――外の通りから、こちらを覗き込んでいる人影に彼が気付いたのは、その直後だった。

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