36 任務完了?
「それは構いませんが……ムームじゃなくていいんですか?」
立ち会い人は、二人の幼馴染でもあるムームの方が適任だと思うんですが……。
「メルンとは親友なのに、わたくしのせいでムームまで距離を置かれてしまっているのだもの。わたくしとは昔と変わらない態度で接してくれているだけなのに。話し合いについてきてもらったら、また変な誤解をされてしまうでしょ?」
ムームが避けられている理由は、サメア様のせいだけではないと思うんですけど……。
メルンローゼ様はサメア様とは関係ないことで愚痴ってましたよ?
「イリーにも迷惑をかけたくはないのだけれど、邪魔が入らないところで、メルンと話がしたいの。だから、呼び出してもらいたくて。わたくしから近づいたら、どこかへ行ってしまうと思うのよ」
メルンローゼ様とは同じチームでしたから、最後にご挨拶はしようと思っていたんです。
でも今は、貴族のご令嬢っぽい方たちに囲まれているので、足が向かなかったんですよね。
尻込みするのはやめて、ここはサメア様のためにひと肌脱ぐことにします。
「私に任せてください。何か理由をつけて連れていきますね。場所は――あの大きな木のあたりでどうですか? サメア様はメルンローゼ様からは見えない位置で待っていてください」
「ごめんなさい」
「全然大丈夫です。気にしないでください」
サメア様だって、彼女のことを今までずっと避けていたはず。それなのに、話をしたいと言い出したのには、何か気持ちの変化があったからだと思います。
それに、ここへ来るまではメルンローゼってよそよそしく呼んでいたのに、今は愛称で呼んでいますから、研修中に前に踏み出せる切欠があったんでしょう。
「それでは、行ってきますね」
サメア様をその場に残して、私はメルンローゼ様を探すことにしました。
ちょっと前に研修施設のロビーにいたのを見たので、先にそちらに行ってみたんですが、姿は見つかりません。どこに行ってしまったんでしょう……。
「何をうろうろしているんだ。誰か探しているのか?」
「え? あ、お疲れさまでした。研修中にはいろいろとお世話になりました」
後ろから声を掛けてきたのはジルさんでした。ついでだから挨拶もしておきました。
「いや、こちらも迷惑をかけたな」
「迷惑? ジルさんのおかげで助かったことしかありませんけど?」
お祖父様のこととか。
「イリーたちを置き去りにしたことだ。結果が良かっただけで、もしかしたら、大怪我をする可能性もなかったとは言えない。事実ダニエルはあんなことになってしまったしな。本当ならあの場を飛び出すべきではなかったのだ」
「あの時はそうするしかホウホウがなかったのではないですか」
「それは言い訳にしかならない。すべてが終わったあと、私は初めて周りが見えたんだ。本当に反省することばかりだった」
ジルさんのような方でも落ち込むことがあるんですね。
あんなにすごい魔法が使えるのに。
「イリーは私が考えていたよりもずっと優秀だった――お祖父様が構うわけだな」
「あ、ありがとうございます」
まさかジルさんに褒められるとは。こんなことがあるなんて思いもしませんでした。
嬉しい……すごく嬉しいんです。でも、今はそれどころではないんですよ……。
「おまえ――さっきから、人の話を聞く気があるのか? それに、何をそんなにそわそわしているのだ」
私があまりにも落ち着きがないからか、ジル様が呆れたようにため息をつきました。
「え!? あ、すみません。私、とっても急いでいるんです」
「は? ――すまん、呼び止めて。早く行け!」
「ジルさん? 何か勘違いしてませんか。私はメルンローゼ様を探しているだけですからね。そうだ、どこかで見かけませんでしたか?」
「あ、なんだ、そうなのか……メルンローゼならさっき仲間と一緒に外に出て行ったぞ」
「そうですか。では行ってみます。ありがとうございました」
メルンローゼ様とは行き違いになってしまったようです。
私はジルさんにお礼を言ってから、ドアの方へ向かいました。
でもその途中で一度足を止めて、ジルさんの方に振り返り、そして頭を下げました。
「さっきは、褒めてくださってありがとうございます。すごく嬉しかったです」
ジルさんの反応は見ずに、私はメルンローゼ様の姿を求めてその場を立ち去りました。
サメア様を待たしているんです。のんびりしている時間はありません。
「メルンローゼ様……メルンローゼ様……あ、いた!」
広場を端から探して、やっとのことでメルンローゼ様を見つけ出すことができました。
やはりお友達と一緒にいます。
今日はコテージから持ち出した丸椅子に座って、話に花を咲かせているようですね。
ちょっと前なら、怖気づいてしまったと思いますが、メルンローゼ様の人となりを知ったので、躊躇することはありません。
他のご令嬢のことは気にせず、私は彼女に声をかけることにしました。
「メルンローゼ様。ご歓談中のところ申し訳ありせん」
私が話しかけると、周りにいた人たちが一斉に振り返りました。私たちが同じチームだったことを知っていたのか、有り難いことに冷たい視線を向けている人はそれほどいません。
「何かご用?」
「研修中はありがとうございました。あの、折り入ってお願いしたいことがあるんですが」
「お願いって何かしら?」
「ここではちょっと……お時間は取らせませんから、できれば向こうでお話してもらえると有り難いんですけど」
「人に聞かれたら困るようなことなの?」
「はい。個人的なことなので」
「私、あなたに興味がないのだけれど」
「それはわかっています。ですがどうかお願いします」
私が懇願してもメルンローゼ様はそこからまったく動く気配がありません。
誘い出すにはどうしたらいいのでしょうか。
メルンローゼ様の気を引くには……。
「あの、メルンローゼ様の魔道具の色を教えてほしいんです――ダニエルさんと同じですよね。それでわかりませんか?」
「…………」
メルンローゼ様が監視官であれば、この話に食いつくと思ったんですが、不審そうな表情を浮かべたまま口を閉ざしてしてしまいました。
周りの人たちも様子を窺いならこちらに注目しています。
「何のことかしら。あなたの言っていることがわからないのだけど」
もしかして勘違いだった?
これでだめなら、もう、どうしたらいいのかわかりません。サメア様が待っているのにー。
「皆さんあちらに参りましょう」
困り果てながらもそこで立ち尽くしていると、私の存在が鬱陶しかったのか、メルンローゼ様が立ち上がりその場から移動を始めてしまいました。
どうすることもできずに、思わずメルンローゼ様の腕に手を伸ばしかけたその瞬間。
「えっ?」
いきなり目の前に人影が飛び込んできて、私より早くメルンローゼ様の腕を掴みました。
視界に写るのは桃色の髪。
何故ムームが?
「メルン、あたしと一緒に来て」
「ムリュムリーヌ? いきなり何なのよ。ちょっと腕を引っ張らないで」
「メルン様に何をなさるの!」
「嫌がっていらっしゃるのに!」
ムームの行動を咎める声が上がって、その場が騒然となりました。
「あんたたちは黙ってて。メルンは借りていくけど、ついてこないでよね。あたしの言葉を無視したらどうなるか、もちろんわかっているわよね」
脅されたメルンローゼ様のお友達たち。
ムームが相手では何もできないみたいで、さっきまでの勢いがなくなってオロオロとするばかり。
それは私も同じなんですが。
呆気に取られながら、皆さんと一緒に、無理やり連行されていくメルンローゼ様の姿を見つめていました。
「ほら、イリーも行くよ」
「あ、はい」
ムームから呼ばれたので、急いで後を追いかけます。
「イリーは押しが弱いから無理だと思ったんだよね。サメアも、始めからあたしに言えばよかったのに……」
これはたぶん、私の代わりにムームがメルンローゼ様を連れ出してくれたってことですよね。
おっしゃる通り、任務は失敗していましたから……。
「なんなのよいったい。いい加減、その手を放しなさいよ。昔からそういう強引なところが嫌なのよ」
「悪い悪い。手を放したらメルンは姿をくらましちゃうからさ」
「だからって、皆が見ている前で何てことをするのよ!」
「あたしが強引な性格だって知れてるんだし、きっと大丈夫だよ。そんなことより、サメアがメルンに話があるんだって。こうでもしなきゃ聞いてくれないよね」
「サメア? 私にそんな気はないわ。顔も見たくないもの」
「まあまあ。そう言わずに。聞くだけならただなんだから。ねっ」
「ねっ、じゃないわよ。まったく」
言い合いながらも、ムームがサメア様の元にメルンローゼ様を連れて……引きずって行きました。
良かったのか、悪かったのか。
それでもムームでなければ、二人を会わせることはできなかったのかもしれません。
だから、何もできなかった役立たずの私は、素直に感謝しておくことにします。