39 新人研修会、その後
「皆さんおかえりなさい」
寮の玄関には何故か人だかりが出来ていて、その中から私たちを見つけたフランさんが飛び出してきました。
「ただいま。フランさん」
「お出迎えありがとう、フラン」
「ただいま。それにしてもすごい騒ぎだね。これはいったい何?」
不思議がって、ムームが訊ねました。
「私と同じですよ。新人研修会の馬車が到着したって聞いて、皆それぞれ知り合いの方を待っているんです」
「それだけ?」
「それだけです」
「そうなんだ」
なるほど。
そんな話をしている間に、かなりの人数が移動を始めました。私たちは先頭の馬車で到着したので、誰よりも早く寮へ戻ってきたのですが、それより後の馬車で到着した人たちの姿が見えた途端、皆小走りで行ってしまいました。
特にジルさんやメルンローゼ様のところには人がたくさん集まって囲まれています。
あの二人は人気があるんですね。
「メルンは派閥の子たちが多いね。ジルは慕っている男子たちも多いし、あと、ゴマすり連中も混ざっているからすごいよね」
「女の子たちにも人気があるもの」
サメア様が言うように、ジルさんを出迎えている人の中には女子も大勢います。伯爵家の子息で、面倒見がよくて、特権を振りかざしたりもしない。もてる要素満載ですね。
見た目に関してはそっくりだと言われているのでノーコメントです。
「ブネーゼ魔山はどうでしたか?」
「大変でしたけど、皆、怪我もしていないし大丈夫ですよ」
「一番つらかったのは移動中かしら」
あの馬車での長距離移動は最悪ですもんね。揺れがひどいし、座席は固くておしりが痛くなっちゃうし、あの乗り心地は改善してほしいです。
「ブネーゼ魔山って言っても、今回は麓のごくごく浅いところに入っただけだからね。魔獣なんてほとんどいなかったから楽勝だったよ」
「ムームはそうかもしれないけれど、わたくしは一日中気を張り詰めていたから、毎日とても疲れていたわ」
「私は……チームメイトに恵まれたおかげで、なんとかやってました」
「三人とも今日は疲れているでしょうから、ゆっくり休んでくださいね」
つもる話は夕食の時に、ということで私たちはさっそく自分たちの部屋に戻ってくつろぐことにしました。
その前に、髪や身体が埃っぽかったので、サメア様を誘ってシャワー室に向かいました。洗い流してさっぱりした、そのついでに給湯室でお茶を入れて自室にもどりました。
本当は食堂でもらってくれば手間がかからないんですけど、濡れ髪のまま、男子と共同の場所へ行ってはダメだと、寮に来た直後にフランさんから忠告されていたので、疲れていましたが仕方がありません。
魔法を使って、侍女に髪を乾かしてもらう貴族と、自然乾燥が当たり前の平民は、そんなところも考え方の違いがあるんですね。私が気にならないことでも誰かを不快にさせている場合もあるので、フランさんにいろいろ教えてもらえて助かっています。
夕食までの時間を部屋でまったりと過ごした後、食堂にみんなで集まった時には、珍しく近くの席に女の子たちが座りました。
それは、新人研修会で知り合った人と、そのお友達です。今日はお疲れ様でしたと軽く挨拶だけ交わしただけですけど、前みたいに空気が重くなるような雰囲気はなくなっているので、これからは、他の方とも気兼ねなくお話しできそうですね。
私とも仲良くしてくださる方が増えました。
いろいろとありましたが、本当にこの研修会はためになったと思います。早速課題だった魔法陣の改良の話をフランさんしたら、彼女は快く相談に乗ってくれました。
サメア様もガドリー室長に話を聞いてみるそうです。ネクロマンサー魔法を編み出したガドリー室長なら、いろいろ知ってそうですもんね。
そんな感じでブネーゼ魔山での新人研修も概ね問題もなく幕を閉じました。
翌日からは、それまで通りどこかの部署のお手伝いをしながら、日常を過ごしています。私が魔防部でブネーゼ魔山に派遣されるのはもう少し先になるみたいです。
なんでも班分けでもめているらしいです。
四班あるのに今年は新人が三人ですからね。
そんなある日。
「久しぶり、イリー」
お手伝い要員で出掛けた廃墟の解体現場で、私に声を掛けてきたのはダニエルさんでした。
「こんにちは、お久しぶりですね。お元気そうで何よりです」
「イリーもね。君が来てくれたから、作業がはかどって助かったよ」
密集している建物の中である特定の場所のみを壊すため、私の結界魔法が役立つからとここに呼ばれたようです。
その任務が終わった頃に彼が挨拶に来ました。
言葉を交わした後は、鼻と口を布で押さえながら粉々になった建物の残骸を見ていたので、二人とも黙ったままでした。ここは砂埃が酷いので。
「これからイリーが壊してくれた残骸を運び出すまで、撤去作業で結構時間が掛かりそうだし、ここでは空気が悪すぎてゆっくり話すこともできそうにないんだよな。イリーたちは先に帰っちゃうよね?」
解体現場を眺めながらダニエルさんが聞いてきました。
私がここに残っていても、もうやることもないので、マグニーズ副部長が打ち合わせから戻ってきたら皆さんより先に帰る予定です。
「もう少ししたら、上司と一緒にお暇します」
「そっか。残念だな。久しぶりに会えたのに」
「そうですね……」
ぽつりとつぶやいた私の返事を聞いた、ダニエルさんが苦笑いしています。
「やっぱり僕はイリーに嫌われちゃったみたいだね。見に覚えがありすぎるけどさ」
「え? どうしてですか?」
ダニエルさんに感謝することはあっても、嫌う要素は全くないと思うんですけど。
「違うの? 今日は全然しゃべってくれないから、てっきりブネーゼ魔山でのことを怒っているんだと思たんだけど」
「怒ってませんよ。それに私は、しゃべれないから、しゃべらないんです」
「意味わかんないんだけど……布で口を押えているからってこと?」
「違います。ブネーゼ魔山でのことは、聞きたいことが山ほどあるんです。でも、私は迂闊すぎて黙っていなきゃいけないことも口に出しちゃうから、ダニエルさんとは会話できません」
「ああ、カンナさんが言ってたやつか。イリーの指導を僕の代わりに頼んだから、あとで嫌味を言われたんだよね彼女に。しかも自分も言わなくてもいいことを言っちゃったって反省してたよ」
「カンナさんがですか?」
「自分のこと明かしちゃったし。イリーといるとペース崩されるっていうか、こっちも緩くなっちゃうんだよね」
「そんなこと言われても困りますよ」
「まあ、口に出さないってことは正解かもね。それってブネーゼ魔山だけの話じゃないし」
魔法師団の仕事の中には国がらみの重要案件もあって、守秘義務が課せられることは多いそうです。
ポロっとおしゃべりしたことが、あとで大問題に発展することもあるそうなので、謎に思ったことをついつい聞いてしまいがちな私は、今から訓練が必要です。
「それで、山ほどある聞きたいことって何? 今なら誰もいないし教えてあげるよ。たぶんもう、イリーに隠してることもないと思うし」
それは、試されたこととか、監視官とか、お祖父様のこととかですよね。
謎が解けていないのはダニエルさん個人のことが含まれているので聞きずらいんですが……。