第一章15 『始まりの音がする街 アルフベル』
《アルフベル》
おそらくこの街の名前。
「始まりの音がしそうな名前だね」
凪の言いたいイメージもわからなくない。
「アルヒがギリシャ語では始まりを意味しているし、ベルは鐘。始まりの音って、由来は凪くんの言う通りなのかもね」
と、物知りな逸美ちゃんが解説を交えて言った。
「そっか。始まりの音か」
俺は改めて街を見る。
この街は、外から見てもわかる通り、RPGらしい街だった。
つまりどういうことかというと、街という割にあまり大きくなく、家やお店などの建物の数も極めて少ないということだ。二十軒に満たないくらいだろうか。
「最初の街なんてこんなもんさ」
そう言って、凪は街を歩き始めた。
俺たちは適当なお店に入った。
看板には《武器屋》とあった。
店内に入って武器や防具を見てみる。剣や槍、盾など、簡素な造りの物しか売っていないようである。
俺は安っぽい銅製の剣を手に取り、まじまじと見てつぶやく。
「ここはプレイヤーにとって、世界観の紹介のためだけの街かもね」
「開は理解が早いね。ぼくもそう思うよ。武器や防具はたいして使えないモノしか置いてないだろうね。ここに来るまでにモンスターにはほとんど遭遇しなかったし、エンカウントしてもスルーもできる。ぼくらには大した武器は必要ないだろう」
「お金もないしね~」
と、逸美ちゃんが苦笑する。
だがそうなると、あとはこの店主から情報を聞くしかやることはなさそうだ。
「すみません」
呼びかけると、店主らしきおじさんがこちらを向いた。
「いらっしゃい」
凪が一歩進み出て、
「聞きたいことがあるんですが」
「なんだい?」
「メニューオン」
と、凪はメニューを開き、共有状態にしてから、アイテムボタンを押した。空の一覧が表示されるかと思ったが、なにやらアイテムがいくつかあった。
いつのまに!
「これはいくらで売れますか?」
「石、これは0ゴールドだ。モミの葉、これは1ゴールドだ。蛇イチゴの実、これは5ゴールドだ」
「じゃあ全部売ります」
「毎度あり」
凪の抜け目ない行動に内心では感心しながらも、俺はジト目を向ける。
「おい凪、いつのまにアイテムなんかゲットしてたんだ?」
「キミたちが周りをキョロキョロしてるときに、拾っておいたのさ」
なんでもないささやかなことのようにさらりと答える凪。
「アイテムって、どうやって保存するの?」
「ヘルプに書いてあるよ。メニューを開いて、アイテムに追加ってボタンを押すだけさ」
ホントにこいつ、いつのまにそこまで確認してたんだ。俺や逸美ちゃんや鈴ちゃんはただレジャー気分で歩いていただけだっていうのに。
「ヘルプの存在にも気づかなかったよ、俺は」
「メニューにヘルプがないゲームなんてないぜ?」
フン。俺はゲーマーでもなんでもないのだ。いっしょにするな。
思い出して俺は店主さんに向き直る。
「そうだ。あの、店主さん。このお店は、武器以外には売ってないんですか?」
「武器だけだ。他の物が欲しい場合、他のお店に行くといい」
「そうですか」
残念。
続けて、鈴ちゃんが質問する。
「ちなみに、この近くには街はあるんですか?」
「ん?」
「ええと、この街の近くにも、街や村はありますか?」
「ん?」
「なんであたしの言葉は通じないの……」
鈴ちゃんは困ったようにうなだれて、眉尻を下げた。
隣で、凪がくすっと笑う。
「なんですか先輩」
涙目の鈴ちゃんにジロリとにらまれても、凪はおかしそうな顔のままだ。
「鈴ちゃん、彼はNPC。つまり特定の質問にしか答えられないコンピュータさ。いくら頑張って質問しても無駄だよ」
「ちょっとっ、なんで早く教えてくれないんですか! もう」
鈴ちゃんは恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、凪の服の裾をぎゅっと掴む。
「照れなくてもいいよ。ぼくは笑わないさ」
「顔が笑ってるっ」
と、鈴ちゃんは悔しそうに凪を見上げてにらむ。
「こういう風に欲しい情報があるときは、街の人ひとりひとりに話しかけていかないといけないんだ」
「あらあら。ゲームは大変ね」
この逸美ちゃんの優しい眼差しと凪の楽しそうな顔を見て、俺は内心胸を撫で下ろした。ホント、おじさんに他の質問をしなくてよかった、と。
さて、俺はみんなに聞いた。
「じゃあ、武器屋で得られる情報もないことだし、次行く?」
「ぼくは構わないよ。鈴ちゃんもいいかい?」
「いいですよ」
「うむ。そうかい。いまみたいに知らないことがあったら、鈴ちゃんもいくらでもぼくを頼っておくれ」
「くぅ。普段はちゃらんぽらんなのに、ゲームの中ではちょっとばかり頼りになるところが腹立たしいです」
「ははっ。ぼくはキミたちといると退屈しないよ。おもしろい」
また悔しそうな顔で鈴ちゃんににらまれているにもかかわらず、凪はホントに愉快そうなものである。
それから、俺たちはこの街にある教会やよろず屋など何件かを回った。しかし、服屋はなく、衣装はまだ私服のままだ。この世界に馴染まないから早く着替えたいな。
よろず屋では。
「服はこの先に大きな街があるから、そこで買うといい」
と、おじさんが言っていた。
そして、他に。
この街を歩き回って得られた情報は――
ここから北に少し離れた場所に、大きな街があるということ。西にはアンデッドの住む洞窟があるということ。教会では蘇生――つまり死んでからのリプレイ以外にも、毒や麻痺などの健康状態を治せること、などだ。
また、さっき凪が作ったゴールドを使い、よろず屋で地図を入手した。
「地図があると安心感がありますね」
笑顔の鈴ちゃんに俺もうなずく。
「だね。特に全然知らない世界だから、これほど心強いものはないよ」
「でも、地図には大陸がひとつしか描かれてないわよ? これって、この世界はこの大陸ひとつってことかしら?」
悩み顔の逸美ちゃん。
この疑問には、思いついたことを言ってみる。
「おそらく、海の外は未開なんだよ。ほら、船の絵がある」
「ほんとだ。端っこにあるわね」
「しかも外に向かって進んでいる。すなわち、この地図からはみ出した部分の海には、別の大陸か島がある可能性が高いと言える」
「開さん、さすがですね」
と、鈴ちゃんが感心するが、俺の隣で凪が照れたように頭をかく。
「いや~。ぼくお手柄?」
「先輩じゃなくて開さんに言ったんです」
この地図、不親切にも街の名前は書いていないけど、この《アルフベル》という街の名前だけは記されていた。その点について逸美ちゃんも、
「他の街の名前も載っているとよかったのにねぇ」
「場所と方角はわかるんだし、自分たちで探索して埋めていこうよ」
俺がそう言うと、凪が言った。
「これは訪れた場所の名前が、自動的にマッピングされるシステムだと思うぜ。だから、この街だけ名前があるんだ」
「なるほどね。じゃあ、できるだけたくさんの街の名前を埋めたいね!」
「うん」
と、逸美ちゃんがうなずいた。