第二章6 『導きの塔の鐘の音』
モンスターを倒しつつ歩くこと十五分。
俺は足を止めた。
「開くん、どうしたの? そんなに一生懸命に周りを見ちゃって、なにか気になることでもあった? またモンスター?」
俺は、不思議そうな顔をする逸美ちゃんに、周りを観察しながら答えた。
「いや。ここ、さっきも通った場所だと思うんだ」
凪はちょっと嬉しそうに言った。
「絶対そうなると思った。《迷いの森》とかいう名前な時点で、正攻法は使えないだろうってね」
「だったら早く言えよ! しかもなんで嬉しそうなんだ」
「まずは試しってやつさ。開、いまオカリナを吹けるかい?」
「え? いま? 吹けるけど」
アイテムから《謎のオカリナ》を取り出し、口に当てた。
「ぼくの予想では――」
オカリナを奏でると――
森が動き出した。
どういうことだろう。
よーく見ると、何本かの木が歩いている。根っこが足になって動物や昆虫みたいに動いているのだ。こうやって、わずかに動きながら勝手に道を変えていたのか。
「オカリナを吹くことでこの木が動いて、正しい道を作るんだ。オカリナの音色に反応する木だったわけだね」
「なるほど! よく見れば、この木は他と種類が違うかも」
「やったね、開くん」
俺たちは、新たに作られた道を進む。
うねりながらもずっと一本道で、分かれ道は見当たらなかった。
五分も歩いたら、出口が見えてきた。
森を抜ける一歩手前。
カーン、カーン
遠くで、高らかに鳴り響く鐘の音が聞こえる。《グリーントーレ》の《導きの塔》でおじいさんが鳴らす鐘の音だ。
逸美ちゃんがメニューを開く仕草をしたのでその様子を見てると、俺の視線に気づいた逸美ちゃんが「気になるの?」と言いたげに微笑んで共有状態にしてくれた。確認すると、左下にある時計はちょうどお昼の十二時を示していた。
「ちょうどいい時間だね」
俺はそう言ってから、すぐに逸美ちゃんの画面を見直す。思いっ切り二度見してしまった。
「て、なに見てたの!」
「うふふ。開くんの写真っ。どれも可愛く映ってるでしょ? これなんて昨日凪くんに送ってもらったの」
それは昨日の水浴びをしたときのときの写真だ。川に飛び込む瞬間の俺だった。
「そうだよ、開。キミの腹チラ。カメラに収めるのに集中したもんさ」
「なに撮ってんだよ! ていうか、このゲーム、写真なんて撮れたの?」
「当たり前だろ。現に、ゲーム内でぼくはキャメラマンの職についてる」
「このゲームに職業制度なんてねーよ。普通にカメラマンって言え、カメラマンって」
呆れる俺に、凪はなおも写真を指差してしゃべり続ける。
「ほら。開の王子様姿もそこにあるだろう? 首元にひらひらが付いてるやつ。あの恰好も逃さず撮れてよかったよ。ついでに鈴ちゃんの写真をいくら撮ったところで容量の圧迫がないのがいいね」
また、ピッと空に窓が現れる。リアル世界の鈴ちゃんが顔を赤らめて、
「先輩! あ、あたしの水着写真なんて撮って、どうするつもりですかっ」
「どうもしないよ。写真は思い出じゃないか」
「あとで確認させてもらいますからね。変な写真は消しますからねっ」
それだけ言い切って、窓がひゅんと消える。
「やれやれ。あんなに騒がれちゃ、せっかく遠くで響き渡る鐘の音も風情がないよ」
風情がないのはおまえと逸美ちゃんが余計なことしてるからだろ。
俺たちが森を抜けると、同時に鐘の音も消えた。
草原に出る。
「やったー。抜けられた」
「それにしても開くんのオカリナ、ずっと聞いていたかったなあ」
「あれは俺が演奏したんじゃなくてコンピュータの音だよ」
「ふふっ。それでもいいの」
逸美ちゃんがにこっと微笑んだ。
凪はうなずく。
「うん。キミの演奏はよかったよ。あのオカリナ、ぼくに貸してくれるかい?」
「別にいいけど」
俺は凪にオカリナを手渡した。凪は音楽が好きだし、あとでまた、オカリナの調べを聴きたいのだろうか。
「サンキュー」
それから、凪が振り返って、
「見てごらんよ」
言われて俺も振り返ると、森はまた動き出して道を閉ざした。こうやって常に小さく動いてたんだ。
「さて。キリもいいし、俺たちもいったんログアウトする?」
「そうね。お昼にしよ」
と、逸美ちゃん。
凪は自分のお腹をさすって、
「ぼくもうお腹ぺらぺら。背中とくっつきそうだよ」
「それ言うならぺこぺこだろ? 確かに背中とくっつく想像はしやすい擬音だけど」
俺はくすっと笑い、凪は「確かに」と相槌を打つ。
「おまえがそう言ってどうするんだよ。ははっ。相槌がおかしいぞ」
「二人共、いつまでも遊んでないで戻るわよ」
逸美ちゃんに呼ばれて、俺と凪は顔を見合わせる。
こうして、三人全員メニューを開いて、ログアウトボタンを押した。
そして、ゲーム世界から現実世界に戻ってきた。