逃避行
新世界暦1年2月7日 ベリーズ メキシコ国境地帯
熱帯雨林特有の気温と湿度が、シャツとズボンを汗で肌に貼りつかせる。
不愉快極まりないが、道なき道を進まなければならない以上、長そでを脱ぐ訳にもいかない。
後ろを見れば3人の子供も付いてきていた。
日が昇って動き出ししばらくして、乗っていた車はパンクしてスタック。にっちもさっちもいかなくなり、最低限の荷物だけ持ち出して道なき道を歩き出した。
エドワードを先頭に子供たちが続く形だが、歩き出して3時間。
よくこんな歩きにくい場所を泣き言も言わずに付いてきていると感心する。
そう思い、振り向くと3人とも泣きそうな顔で歯をくいしばって付いてきていた。
こまめに休憩しているとはいえ、恐らく二度と両親や家族に会うことはできず、道なき道を敵に怯えながら進む状況。
ストレスを感じないわけがない。
「大丈夫か」
立ち止まって声をかける。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている顔で3人が頷く。
「休憩にしよう」
その場で屈んで、背負っているリュックから水を取り出し、3人に渡す。
「ゆっくり飲め」
そう言って自分もペットボトルに口をつけるが、思っている以上に疲労していたことに気付いた。
「直にメキシコに入る。少し長めに休もう」
自分にも言い聞かせるように子供達に語り掛ける。
実際、メキシコは目前なのだが、敵は既にメキシコに入り込んでいる。
米軍はメキシコシティを絶対防衛線にはしているものの、どこまで前にでてきているかはわからない。
やはりメキシコに入れば、新たな車を調達する必要がある。
「いや、メキシコに入れば携帯繋がるかな?」
助けが来てくれるかはわからないが、とりあえず連絡できれば写真も送れるだろう。
改めて子供達を見遣る。
少し落ち着いたようだが疲労の色も濃い。
携帯を取り出し、動画撮影を起動する。
「もうじきメキシコだ。そうすりゃアメリカ軍に助けて貰えて、アメリカに行けるぞ。アメリカに行ったら何をしたい?」
子供達に問いかける。
記事で使えれば、という考えがないわけではないが、単純に先のことを考えさせて子供達を元気付けようと思ったのである。
それに、メキシコに入ってこの動画を送信でき、記事になるなり、SNSに投稿するなりできれば、この子達の引き取り先に名乗り出る人間も出てくるだろうという考えがあってのことである。
しばらく子供達はきょとんと顔を見合わせていたが、すぐに自由の女神に行ってみたいとか、NBAを見てみたいとか、口々に希望を述べる。
少し子供らしい元気さが戻って、エドワードも思わず笑顔になる。
「20分後に出発だ。ゆっくり休んで、みんなで自由の女神を見に行くぞ!」
その言葉に子供たちは歓声をあげる。
メキシコに入ってからも不安の種は尽きないが、自分が不安そうな姿を見せるわけにはいかないとエドワードは自分を奮い立たせた。
他愛ない話をして、体を休めていると20分はあっという間に過ぎた。
「よし行くぞ」
再び道なき道をかき分けて歩き出す。
GPSがきかないのでコンパス頼みである。
そのまましばらく進んでいくと、先で視界が開けていることに気付く。
熱帯雨林が途切れるということは、すでに国境は越えていたようである。
「ジャングルは終わりだ。車を見つけてメキシコシティまで一気に行くぞ!」
ふと、あれ、政府が残ってるメキシコで車勝手に使うって窃盗じゃね?という考えが頭を過ったが、今更だし、そもそも政府があろうがなかろうが窃盗は窃盗である。緊急避難ということにしておく。
ここからメキシコシティまで1000キロ以上あるし、どこかで携帯も繋がるだろう、と勝手に納得して、ジャングルの外の様子を窺う。
幸いなことに、敵の姿は見当たらない。
が、別の問題が発生した。
「そうか、そういやそうだよなぁ」
その場で頭を抱える。
陸地の国境線を引くのに、手っ取り早い方法は何か?
誰が見てもそこが境界だとわかり、そこで生活圏が分断されるもの。
川である。
もっとも、一見すると誰もが納得する国境の決め方のように思えるが、洪水で流れが変わったり、中州ができたりと、わりと国境紛争の原因にもなったりするのが難点である。
川幅は30メートルもないだろうし、流れもさほどではないが、問題は深さである。
「泳げるか?」
振り返って聞いてみるが、2人は首を横に振った。
エドワードも泳げるというだけで、子供2人抱えてそれができるか?と言われると正直自信はない。
こちら側は少し急斜面になっていて、登るのは厳しそうだが、幸いなことにメキシコ側は河原のようになっていて、苦も無く上陸できそうである。
「あとは深さか・・・歩いてっていうのは厳しそうだよなぁ」
川は濁っていて底は見えない。
幸い、浮きに出来そうな木には困らない場所なので、適当な大きさの倒木でもあればなんとかなりそうな気はする。
「よし!」
エドワードは決心すると浮きに出来る倒木を探し始めた。
新世界暦1年2月8日 メキシコ合衆国ベラクルス州 ミナティトラン空港
2000メートル滑走路が一本だけで並行誘導路すら持たない小さな空港は、開港以来となる喧騒に包まれている。
離着陸するのは米陸軍のAH-64EにMH-47G、米空軍のHH-60WにCV-22と、特殊作戦の前線基地として機能しているためである。
タバスコ州、チアパス州を第一防衛線とはしているものの、基本的には警戒線といったほうが正しい程度の兵力しか配置されていないので、この基地も即座に撤収できるように準備されている臨時基地である。
そのターミナルビルをそのまま利用した臨時司令部に、前進待機していた4名の陸軍特殊部隊と2名の空軍特殊作戦コマンドが集められていた。
「なんで集められたんだ?」
「さあ、パラジャンパーが一緒ってことは捜索救難だろ。偵察機でも墜ちたかね」
互いに微妙に離れた位置に座っている4人と2人だが、まとめて集められたと言うことは一緒に任務を言い渡されるということだろう。
「ご苦労、楽にしたまえ」
基地司令の大佐が入ってくる。
「この面子でだいたいわかってるだろうが、救難任務だ。場所はここ」
用意が間に合わずに、従来のものを南北ひっくり返して貼っているので地名が読みにくい地図の一点を指差す。
「ベリーズとの国境に近いですね。敵の勢力圏では?」
「その通りだ」
大佐はあっさりと肯定する。
「そこにニューヨークジャーナルの記者が隠れている。それを救出するのが任務だ」
「大手のお偉い記者様がそんなところで何してるんだ?」
呆れたようにデルタの1人が言う。
「警戒線を突破してベリーズで取材していたらしい」
室内に白けた雰囲気が流れる。
「とはいえ、敵勢力圏内での初めての地上偵察情報、と考えれば」
「回収する価値がある、と」
大佐はそれに黙って頷く。
「記者は他に、虐殺から逃れた子供を3名連れている。これも連れて帰れ」
要救助者4名。
戦闘捜索救難と考えれば、要救助者が現状、戦闘状態でもなく被発見もされていないというのは楽な部類か?と6人は考えた。
「機材はCV-22を使用し、離陸後は一旦海上にでて敵前線を迂回、その後合流地点に向かう。航空支援としてAC-130とF-16が付くから困ったら支援要請しろ」
「要救助者との連絡は?」
「潜伏中の建物の有線電話が繋がっているが、それだけだ」
それ、何かあって要救助者が動いたら所在不明になるじゃん、と思ったが無いものは仕方ない。
「他に質問は?」
大佐は6人を見回し、何もないことを確認した。
「それでは、出撃!」
新世界暦1年2月8日 メキシコ合衆国キンタナ・ロー州 ベリーズ国境近くの集落
エドワードと子供たちは、無人になった集落の中の家の1つに潜んでいた。
携帯のアンテナは立たなかったが、幸いなことに有線電話は繋がったので、ニューヨークのデスクに連絡を取り、そこから米軍に話が通じたようである。
救援を送ってもらえることにはなったが、会社は方々からしこたま怒られ、デスクは上からしこたま怒られたと言う。
デスクに帰ってきたら一杯奢れと言われたが、果たして本当に一杯でチャラになるのか疑問である。
2時間後にこの集落外れの畑に迎えが来てくれることになっている。
あとは何事も無く2時間経過することを祈るだけである。
とはいえ、こういうときに限って時間が進むのはやたらと遅いものである。
そして、こういうときに限ってトラブルもやってくるものである。
「くそっ」
周囲が騒がしい。
ベリーズでも連中がやっていた残党狩り、というか隠れている人間を炙り出して連行するために家を一軒ずつ虱潰しするのである。
なら捜索の終わった家に移れれば安泰、と思いがちだが、ランダムに捜索済みの家に戻ったりもするので、全く安心できない。
そっと窓から外の様子を窺う。
歩行戦車とそれに随伴した歩兵が、一軒ずつ家探ししているようだ。
子供達を見る。
不安そうな顔でエドワードを見ている。
奴らは直にこの家にもやってくる。
どうするべきか。
奴らが直にこの家にやってくるように、直に迎えのヘリもやってくるだろう。
見つかるのもまずいが、2つがかち合うのも非常にまずい。
ならば、やるべきことはひとつ。
連中をおびき出して脱出地点から遠ざける。
エドワードは不安そうにしている子供達を見た。
ここまで連れてきたんだ。
無事にアメリカに行かせてやりたい。
1人に写真や取材データの入ったメモリーカードと自分のIDカードを渡す。
大きく息を吸い、決心する。
「いいか、俺は連中を車でおびき出す。お前たちはここに隠れて、時間になったらここを出てまっすぐ走れ。後ろを見ずに、迎えのヘリまで走れ」
1人ずつ頭をぐしゃぐしゃっと撫でる。
米軍の救助が来るまでいくばくも猶予はない。
「いいな、それで、迎えの人にそのカードを見せるんだぞ。そしたらアメリカまで連れて行ってくれる」
すると1人が泣き出した。
ベリーズシティ近郊で出会ったときに母親を探したいと泣いた子供である。
他の2人も今にも泣きそうである。
「泣くんじゃない。男だろう。なんて言ったら色々怒られるな」
全く面倒な世の中だ。と苦笑したが、考えてみたら自分もそういうのを是とする論調だったな、と思い出す。
「いいか、後ろを振り向かずに走るんだぞ」
そう言うと、縋り付く子供達を引き離して外に出る。
車にカギがついているのは確認済みである。
ふと、両親と離された子たちに、また保護者と離れる辛さを味合わせてしまったのだろうか、と思い至る。
それでも生きて欲しいというのが親心なんだろうな、と勝手に考える。
車のエンジンをかけ、ギアを入れ、アクセルを思いっきり踏み込む。
なるだけ派手に、だが不自然にならないように。
未舗装の道が派手に土埃を立て、隠そうにも隠せない、だが今はそれが都合がいい。
歩行戦車の砲塔がこっちを向いたのがわかる。
そうだ、追ってこい。そう心の中で強く念じる。
歩兵たちが大声で叫んで走り回っているのがわかる。
集落を出てさらにスピードをあげる。
少しでも奴らを脱出地点から遠ざける。
バン、バン、と周囲の地面が青白く爆ぜる。
歩兵が撃ってきているのだろう。できれば歩行戦車が撃たないでくれると嬉しいのだが、別に捕まえなくてもいいとなれば撃つだろう。撃ってこないということは追ってくるはずだ。
更に加速しようとアクセルを床まで踏み込んだところで、道路脇の地面がそれまでとは比べ物にならない大きさの青白い光とともに爆ぜた。
爆発音は聞こえなかったが、車が吹き飛ばされて横転したのはわかった。
体が動かない。
ひっくり返った車内から外を見れば、いくつもの足がこちらに近付いてきている。
歩行戦車もこっちに来たようだ。
思い通りに動いてくれてありがとうと礼を言いたくなる。
そして、集落を挟んだ反対側に小さく降下していくV-22が見えた。
ああ、どうか彼らが無事にアメリカに着きますように。
そう祈ってエドワードは意識を手放した。