地球の国々
新世界暦1年4月16日 アメリカ合衆国ニューヨーク 国際連合本部
本来、国際連合の総会は9月に開かれる。
もちろん、総会が無いからと言って国連本部に人が絶えることは無いし、必要と判断されれば招集もされるのは国会などと同じではある、
とはいえ、国連の名で実力行使可能なPKOやPKF、多国籍軍は安全保障理事会の決議が無ければ組織できないうえ、そもそも決議に拘束力も無い。
むしろ、開催の際は各国首脳が演説のためニューヨークに集まるので、二国間や多国間の外交協議が活発に行われることの方が重要との説まである。
で、今回、総会が招集されたのは、安全保障理事会が一向に開催されないことに痺れを切らせた国々が開催を要請したからである。
安保理で協議が始まる前に実効支配地域を可能な限り広げてしまいたい中露が開催を引き延ばし、一見すると中米での多国籍軍を組織するために開催を求めそうなアメリカも、別に国連とか関係なく参加国が集まっている現状で中露と対立してまで安保理決議が欲しいわけでも無く、イギリスは開催を求める理由も引き延ばす理由も無い、と常任理事国5ヶ国中4ヶ国が開催に積極的でないためである。
常任理事国で唯一、フランスだけが開催を求めていたものの、フランス自身は安全保障上の問題ではなく、気候変動に伴う問題が主なので、そもそも安全保障理事会で扱う問題ではなかった。
結局のところ、国連の機能不全を露呈しただけなのだが、他に代わる組織が無いのも事実であり、とりあえず各国が集まる場所、というのが重要なのは過去の歴史で証明されている。
わけわかんない状況だから、とりあえず集まれる国は集まって協議しよう、というかついでに助けて!というのが総会開催を求めた国々の総意である。
とはいえ、この世界のことを良く知らず、初めて参加する立場の人間は、日本があった世界のほぼ全ての国が参加すると聞いてビビりまくっていたのだが。
「そんなにビクビクしなくても、我が国より軍事力持ってる国なんて・・・両手と少しくらいしかないですよ。多分」
「そんなにあるの!?」
日本の外務大臣と、その招待と言う形で参加が認められたアズガルドの外務大臣である。
「まぁ、国連加盟に関しては日本とイギリスで根回ししてますし、アメリカも賛成ですから問題ありませんよ」
中露の嫌がらせくらいはあるでしょうけど、と日本外相はボソッと付け足した。
ちなみに、国連への加盟は規則上、総会に出席して投票する国の3分の2の賛成があれば可能だが、常任理事国の反対が無いこと、という不文律がある。
「大臣、こちらです」
日本の国連大使が出迎えに出てきていた。
「演説の順番が決まりましたよ。我が国はかなり後のほうですなぁ」
「外務大臣じゃ仕方あるまい。国家元首が来てる国もあるんだろ?」
「まぁ、最初と二番目は慣例通り、ブラジルとアメリカですが、その後の調整は難航したみたいですねぇ。普通は9月の通常会でないと国家元首なんて来ないんですが」
やれやれ、と言った感じで国連大使は首を竦める。
連日の各国大使からの陳情行列がおさまったと思ったら、訪ねてくる人たちのランクが上がったので気を遣いすぎてヘトヘトだった。
「いやぁ、しかし大臣がいる間は気を遣わなくて済むから楽でいいですな」
ははは、と国連大使は笑ったが、とても上司に対する態度ではない。
「あの、失礼ですが、日本では国連大使のほうが外務大臣より地位が上なのですか?」
横で話を聞いていたアズガルド外相が、その態度を不思議に思って口を挟んだ。
「ああ、いやすいません。どうにも昔の癖が抜けませんで、彼を見るとどうにも、ね」
「私は今でこそ衆議院議員で外務大臣をやっていますが、元々は外務省で入省当時は国連大使の部下だったんですよ。大学の先輩でもありますし、今でも頭があがりません」
「ああ、なるほど」
同じく議院内閣制のアズガルドでも稀に発生する事案である。
実際、首相になったアルノルド元中将も、軍首脳部は皆軍大学の先輩のはずである。
「まぁ、なんやかんやと議題も多いんです。気楽にいきましょう」
そういって国連大使は先導して待機部屋になる日本の国連代表部に向けて歩き出したのだった。
新世界暦1年4月16日 ドイツ連邦共和国バイエルン州ミュンヘン
「なぜ神は我がドイツに試練を与え給うのか!それは神が我々ドイツ人にこう告げているのだ!試練を乗り越えて生存圏を確立せよと!」
ミュンヘン中央駅近くの広場で、拡声器も使わずに大声を張り上げている男に集まっている群衆が喝采を上げている。
「この試練を乗り越え、我々は再び栄光を見る!我々の前にドイツが歩む道は無い!我々がドイツが歩む道を作るのだ!」
その言葉で、群衆は一斉に拍手し、ドイツ国歌を歌い始めた。
そんな群衆を白い目で見ながら通り過ぎる人達や、笑いながら写真を撮っている人達、群衆には入らないものの耳を傾けている人達など、実に多彩である。
いつものミュンヘンと違いがあるとすれば、皆いつもより厚着なことくらいだろうか。
ここ最近、ミュンヘンで勢いのある政治団体だが、大手マスコミの評価は概ね世界の変化による不安を利用して勢力を拡大しようとする三流政治団体。政治団体を名乗る宗教団体。ソフトな皮を被ったネオナチ、など、要するにネガティブなものがほとんどである。
とはいえ、行き過ぎたリベラルや平等主義を鼻で嗤う層には、積極的な支持ではなくとも、「言ってることは一理ある」程度に思われる主張も含まれており、世論調査や街頭調査では表れない支持は広がっていた。
例えば、行き過ぎた軍縮政策への批判や、難民・移民受け入れへの批判、LGBTを容認する教会への批判や、ドイツ社会への同化を拒むイスラム教徒への批判など、従来の右派政党が主張していたことを、よりはっきりと公の場で主張したのである。
確かにこれ自体は小さな政治団体に過ぎず、大手マスコミが言うように「取るに足らない」政治活動であることも事実だった。
だが、彼らが見落としていたのは、気候変動による社会不安で、欧州各地に同種の政治団体が拡散しており、それらが表にでないまでも、緩やかに繋がっているということだった。
それらがEUという枠組みの中で、どんな化学反応を起こすのか。
まだ誰も知らない。
新世界暦1年4月18日 中東 レバノン・イスラエル国境地帯
「またか」
最早、日常に溶け込んでいるサイレンに舌打ちしつつ、駆け足でシェルターに向かう。
見れば、国境の向こう側、ヒズボラの支配地域から煙が伸びて何か飛んできている。
「これじゃ仕事にならんよ」
「愚痴ってても仕方あるまい。招集されないだけ平和なもんさ」
農作業しながら、サイレンが鳴ればシェルターに逃げる。
これが頻度の差こそあれ、何年も変わらぬこのエリアの日常だった。
やがて、イスラエル側から迎撃ミサイルが発射される。
同時に、別目標にはTHELがすでに照射され、迎撃に成功していた。
発射されたロケット弾が全弾迎撃され、結局イスラエル側の被害はゼロだった。
だが、警報は解除されず、やがて轟音が聞こえてきた。
しこたまクラスター爆弾を抱えたF-16Iである。
ロケット弾の発射地点一帯に次々と投弾し、地上は隈なく爆発に包まれる。
が、今度は全く別の地点から、F-16Iに向けて煙が伸びた。
F-16Iは直ちにチャフ・フレアを放出し、電波妨害を始める。
旧式のミサイルだったらしく、それであっさり目標を見失い、見当違いの方向に飛んで爆発した。
と、同時に、そのミサイルの発射地点も大きな爆発に包まれた。
待ってましたとばかりに上空からF-35IがJDAMを叩きこんだのである。
粗悪な兵器の物量で押すヒズボラをイスラエルが金と技術で叩きのめすのが、この戦場の変わらぬ日常である。
ちなみに、世界転移後、イランは声高にイスラエル討伐を叫んだが、同調する国は無く、ヨルダンには無視され、転移後に見放されて内戦が悪化したシリアは返答どころではなく、イラクはイラン国境に兵力を集結し、サウジアラビアやUAEはペルシャ湾のイラン側エリアギリギリに戦闘機部隊を飛行させるという返答だった。
要するに、どこも関わりたくないか、イスラエルとイランが潰し合ってくれる分には大歓迎、なんだったらイランを横からぶん殴ってやろうということで、中東の混乱がまた増しただけだった。
新世界暦1年4月20日 ブラジル リオデジャネイロ海軍基地
旧英海軍「オーシャン」改め、「アトランティコ」を旗艦とした輸送艦主軸の艦隊が出港していく。
もとより、ブラジル海軍は大した仮想敵も無いのに、一時期空母を持ってみたり、そのせいで予算が圧迫されて護衛艦艇が碌に整備できなかったりと、かなり迷走気味の国ではある。
この艦隊が輸送しているのは陸軍のM60A3を40輌と、レオパルド1A5の40輌を主力にした、中米多国籍軍派遣部隊である。
中米自体は気候変動はあったものの、元々過酷な環境の場所が更に過酷になった程度で、赤道近辺は高標高地域を除いて、すごしやすくなったり、パンパ地域の気候変動で農業生産に影響が出たアルゼンチンがまたデフォルトしたりした程度で、他地域ほど安全保障環境の激変には見舞われていなかった。
とはいえ、国際環境の激変の中で、とりあえずアメリカに恩を売っておくか、ということでの派遣である。
国連の活動の場合、弾代や燃料代など、必要経費は国連から支出されるので、予算が不十分な途上国などが、訓練がてら派遣する、ということが多々ある。
とはいえ、今回の多国籍軍は米軍が主導権を握っているので、「独立して機甲部隊を編成できない国はノーサンキュー」とはっきり選別されていた。
結果、中米、北米以外からの参加は、今のところ多島海からイギリスとシンガポール、南米からブラジルという、3ヶ国のみだった。
ユーラシアからの派遣がないのは、欧州各国が国内のゴタゴタやロシアを警戒しているのと、アジアはアジアで、中国やら中東やら、印パやら、不確定要素が多すぎるせいである。
そんなわけで、アトランティコを旗艦としたブラジル艦隊は、一路アメリカを目指すのだった。
次は土曜日かな?