侵略者
新世界暦1年8月9日 新大陸 国連で定められた中露勢力圏境界線(暫定国境線)
不毛の大地と呼ばれるロシア領と中国領ということになっているダスマン連合首長国の境界線。
もっとも、何もない地域に旗を立てたロシアと違い、中国領であるダスマン連合首長国のほうはある程度の国家が存在しており、未だ中国の実効支配は及んでいないのだが。
ダスマン連合首長国に13ある首長国のうち、すでに9つは落ちているが、残りの4つはもともと不毛の大地を挟んで神聖タスマン教国と対峙していた関係で、軍事に偏重した国家体制であり、人民解放軍と五分の戦いを続けていた。
他の首長国があっさり落ちたせいで、敵戦力を過小評価していた人民解放軍は戦力を逐次投入する羽目になり、思わぬ苦戦を強いられていたのである。
そして、そんな状況をロシアが見逃すはずはないのである。
不毛の大地に築かれた砂の壁。
元々は不毛の大地から風で砂が吹き込んでくるのを防ぐために築かれたもので、地球風に言うなら砂を特殊な接着剤で固めたものである。
しかし、視界を遮るのには最適な障害物であり、ロシアにとっては好都合であった。
この日、砂の壁を複数個所で爆破したロシア軍は、1945年の同じ日に満州国境を突破したソ連軍の如く、一斉にダスマン連合首長国に侵攻を開始した。
新世界暦1年8月9日 中華人民共和国达斯男人自治区ザラーン州
「ロシアが境界線を越えて侵攻だと!?」
自治区主席はその報告に驚愕していた。
「ロシアが各国の報道機関に配布した資料によると、境界線の”中国側”から攻撃を受けたので自衛のため、また自国の安全を保障する緩衝地帯を確保するため断固たる措置を取った、とのことです」
「クソが!」
国連で中国の勢力圏を認めさせはしたものの、未だ実効支配できていないのは確かに中国側の落ち度ではある。
とはいえ、ロシアがやっているのは明らかに境界線をロシアに有利なように動かせるだけ動かそうという行為である。
そもそも、「安全を保障する緩衝地帯」とはどの範囲のことなのか、ロシアは明確にしていないのである。
フィンランドに同じことを言って戦争を吹っ掛けた時代なら、とりあえず榴弾砲の射程より離れてしまえば問題なかった。
しかし、今ではそれこそ「大陸間弾道弾が届かない距離」などと言い出せば、無限に領土拡張が出来てしまう。
「ええい、攻撃は我が国とは無関係な連中の仕業なので調べてこちらから報告します、など実効支配できていないと宣言するようなものだし、攻撃はうちがやりましたなんて論外だぞ。どうする」
ぐぬぬ、と自治区主席は頭を悩ませる。
まぁ、攻撃を受けた、なんていうロシアの説明自体がいつものやつなのだが、証拠がないのでどうにもしようがない。
「とにかく、解放軍による攻略を急がせるしかないな」
「なるだけ市街地や生産設備を無傷で手に入れる、などという生易しいことを言っている場合ではないですね」
「一切の手段は問わないから、とにかく攻略を急がせろ」
この日以降、(元々荒っぽかったが)人民解放軍の進軍手順が、絨毯爆撃→砲爆撃→機甲部隊突撃というごり押しに変わっていき、ダスマン連合首長国側に多大な犠牲を強いることになるのだった。
新世界暦1年8月16日 ダスマン連合首長国ドーラン首長国 王都
「第18地区防衛線、突破されました!」
「第5地区防衛線の増援に向かった部隊を第28地区に急ぎ向かわせろ!」
「第17地区防衛線が第18地区防衛線からの側面圧力に晒されて崩壊寸前との報告!」
多数の魔導通信機が設置された部屋で、次々に舞い込んでくる報告と、それを受けて送り出される指示によって、部屋は喧騒に包まれていた。
「第112地区防衛線、敵の圧力が増しており、これ以上抑えられません」
「第114地区防衛線後背に敵兵力が出現!どこかが抜かれています!」
ドーラン首長国全体が描かれた戦況図には、北方面と南方面で戦線が形成されていた。
第1から第29までがもともと交戦中だった南地区、つまり人民解放軍の圧力に晒されている戦線で、南部地域を1~9に分け、第1地区の後ろに第11地区、その後ろに第21地区と三重の防衛線を引いていた。
もっとも、既に一桁地区は全て崩壊して残っていないし、十番台も時間の問題だが。
そして100番台の防衛線は北側、ロシア軍の圧力に晒されている戦線である。
こちらは1週間前に突然攻撃を受けたせいで戦力も手薄だが、もともと神聖タスマン教国への備えで防衛設備があったのでなんとか持っているというのが現状である。
もっとも、こちらは十番台までしかないので、既に終わりが見えているが。
古今東西、二正面作戦をやって勝った国はないのだが、南方の方はいきなり無条件降伏せよと言ってきて拒否したら攻めてくるような国だし、北の方に至ってはなんの外交的接触も無かったのである。
どうやって交戦を防げたというのか、という話である。
誰もやりたくて二正面をやっているわけではないのだ。
とはいえ、この国の命運も風前の灯であったが、それ以上に神聖タスマン教国と同じく、「戦争は戦線でのみ行われる物」という考えがその寿命を早めることになった。
新世界暦1年8月16日 ダスマン連合首長国ドーラン首長国 王都上空
あっさりと侵入できたことに若干拍子抜けしながら、6機のIL-76が王都上空に侵入しようとしていた。
6機が運んでいるのは、王都制圧の先鋒である第45独立親衛特殊任務連隊。
ロシア空挺軍所属の特殊部隊である。
とはいえ、僅かな照明しかない機内で浮かび上がるその外観は、持っている銃がAK-74をベースにしたものである点を除けば、西側の特殊部隊と差はない。
黒を基調にした戦闘服にインカム対応のタクティカルヘルメットに、プレートキャリア、チェストリグ、拳銃用レグホルスター。
そもそも、持っているAK-74も、レシーバートップやハンドガードにピカティニーレールが取り付けられ、フォアグリップやホロサイトなど各種オプションが取り付けられているし、ホルスターに入っている拳銃に至ってはNATO標準の9mmパラ弾を使用するGSh-18と、完全に西側に被れてしまっている。
さんざゲリラ戦や市街戦を経験して磨き上げられた各種オプションを使えるのだから、西側規格採用も厭わないという、ある種の合理主義である。
やがて、後部ランプドアが開けられる。
西に沈もうとする夕陽で、機内は明るくなる。
全員が酸素マスクを着用しており、パラシュートと装備で体が膨れ上がっている。
ランプドアが開ききったところで、その横に設置されていた信号機のような赤いランプが消えた。
それを合図に、ある種異様な見た目をした集団は高度11000mの空に次々と飛び出して行く。
時速300キロで地面に向かって突っ込んでいくわけだが、誰もパラシュートを開かない。
高度300mを切ったところでようやく次々とパラシュートを開いて減速する。
高高度降下低高度開傘。
普通は少数での敵地潜入などで使用される降下方法だが、それを連隊規模でやっているのだから呆れた話である。
彼らの任務は2つ。後続部隊のために降下地点の安全を確保することと、敵中枢を奇襲し無力化することである。
敵中枢を無力化する部隊は、着地後ただちに行動を開始する。
そもそも、敵中枢を無力化するB部隊は、降下地点からして敵王城正面だとか、中庭だとか、隠密する気があるのか疑わしい場所ばかりなのだが。
新世界暦1年8月16日 ダスマン連合首長国ドーラン首長国 王都市街地
ロシア空挺軍のドーラン首長国王都への大規模強襲降下、という事態に一番焦ったのは、実はドーラン首長国首脳部では無かった。
その王都市街地に潜んでいた彼らの混乱と動揺は、非常に大きかったのである。
「くそっ!ロシアの空挺軍だぞ!上校、どうしますか!?」
「止むを得ん、情報不足だが、連中より先に首脳部を押さえるしかない」
人民解放軍の特務部隊である彼らは、この国の首脳部を生け捕りにするのが任務だった。
最も抵抗が激しいこの国の首脳部を生け捕りにし、中国共産党(の指揮下)に入るよう”説得”した上で、残りの首長国の説得に使おう、というのが作戦の骨子だった。
「第1部隊、第2部隊は調べた用水路のルートで王城へ向かえ、第3部隊、第4部隊は王城正面と裏口を固めて誰も逃がすな。第5部隊は軍司令部を爆破、第6部隊は撤収地点を確保しろ」
指示を受けて、市街地数か所に別れて潜伏していた部隊が一斉に動き出す。
ここに3ヶ国が入り乱れて争う、ドーラン首長国王都市街戦が始まったのである。
次回も一週間以内に・・・