後始末
新世界暦1年1月5日 日本国 東京 総理大臣官邸
「いやぁ、これでとりあえず一心地かなぁ」
枝幸で逃げ遅れて敵に収容されていた住民の救出作戦が無事に完了したとの報告を受け、総理はご機嫌である。
「これで敵基地攻撃に対する報復の心配は無くなりました。行動を起こすべきかと」
「報復で住民に危害を加えるような連中ならすでにやっていたと思うがな。連中には我が国の攻撃も、英国の攻撃も区別できまい」
「しかし、わからんな。その程度の分別はある文明国家ということだろ?なんで攻めてきたんだ?」
わいわいと話し合いは続くが、そこに前日までのような追い詰められた真剣な雰囲気は無い。
「いずれにせよ、現在、捕虜にした上位指揮官と押収してきた資料から言語の解析を進めております」
「言語が全く未知というのは厄介だな」
火急の問題が無くなったので、どちらかというと雑談のような内容も多いが、問題が無くなったわけでもない。
「敵基地攻撃は微妙な問題です。幸い承認の目処はつきましたし、国会の議決後でも構わないでしょう」
「そうですな。北の問題は終わりが見えました。次は南の問題でしょう」
そう言って示されたのは、沖ノ鳥島北方に出現した謎の陸地である。
というか、陸地よりもその島全てを覆う巨木が謎である。
「接触、してみるべきでしょうな」
「とはいえ、言語の問題はここでもあるぞ」
「もうそこは行ってみないとわからないでしょう」
わかんないから調べる。という方策しか立てようがないので、使節団を派遣する。というのは既に方針としては決められており、準備は為されていた。
ただ、ゴーサインを出そうにも、もし北と同じく好戦的な相手だった場合、藪を突いてという可能性も考慮されたので、躊躇われたのである。
「すでに使節団を乗せた護衛艦いずもが、周辺海域に到着して待機しています」
「あとは総理の判断でいつでも出発させられます」
判断って言われてもなぁ、何を基準に決めりゃいいんだよ。というのが総理の本音だったが、そういうわけにも行かないので、ゴーサインを出す。
「どうにか、友好的な相手であって欲しいよなぁ」
どこか祈るような言葉とともに、全く未知の陸地への使節派遣が決定された。
新世界暦1年1月5日 沖ノ鳥島北方の海上 護衛艦いずも
「おろろろろ」
護衛艦いずものキャットウォークから、海に向かって魚に口から餌を撒いているのが1人。
「今日なんてべた凪じゃないですか。大丈夫ですかそんなので。あの島にはヘリ乗っていくんですよ」
世話役の海上自衛官が呆れたように声をかける。
「これはね、船酔いじゃないんだよ。考えてみたまえ、相手が未開の蛮族だったらどうする。さばかれて連中のディナーにされてしまうかもしれないんだぞ」
死んだような顔をして、魚に餌を撒いていた男、外交官の北条は顔をあげた。
「そうは言っても、護衛もつくし、最悪F-35Bの援護だってあるでしょ」
「そうだな。そうだったな」
「もっとも、護衛はうちから出すんだけどな」
ぼそっと言った言葉を聞き逃す北条ではない。
「え、陸自の特殊部隊とかが来てくれるんじゃないの」
「そんなのみんな北海道に投入されてますよ」
「というか海自からって、大丈夫なの」
「大丈夫ですよ。みんな普段うちの艦で甲板磨きしてたり、機関整備してたり、レーダー見てたりしますから」
「これっぽっちも大丈夫な要素がねぇ!?頼むから戦闘訓練して!?」
護衛艦の立入検査隊は、常時編成の部署ではなく、各部署から人員を持ち寄って編成される部隊である。
よって、皆本職は別にあり、戦闘のエキスパートというわけではない。
はっきりいって、実銃の取り扱い訓練してる海上自衛官。くらいのものでしかない。
まぁ、最近はさすがにそれではマズかろうということで、それなりに訓練されるようになってはいるが、多分陸自の普通科と同数で対抗戦をすれば、船内が舞台でもあっさり負けるだろう。
もっとも、今回の使節団の護衛は実は立検隊ではなく、特別警備隊を連れてきている。
ようは北条は面白がって遊ばれているのである。
「ああああぁぁぁ、不安だあああぁぁ」
キャットウォークでへにゃへにゃとへたり込む北条を見て、なんでこの人が選ばれたんだろ?と思う海上自衛官だったが、そこには実は理由が・・・別になくて、ただのくじ引きである。
ちなみに、なぜくじ引きになったのかというと、候補になった中に北条の同期がおり、北条のくじ運の無さを知っていたので、くじ引きで決めよう!と提案したのである。
哀れ北条。
新世界暦1年1月5日 東京 防衛省
防衛省の一室で、非公式の会議が開かれていた。
総理官邸の会議が緩んだ雰囲気だというのに、こちらの会議は緊迫した、というよりも腫物に触るような雰囲気である。
「幸いにして、本作戦で戦死者はでませんでした」
その発言に一瞬、室内に安堵するような空気が流れる。
「しかし、重傷者が一名出ており、現在自衛隊札幌病院に入院中です」
再び、室内が重苦しい雰囲気に包まれる。
「ここで、これまで避けてきた問題について、考える必要があります」
「戦死者の扱い、負傷者の扱い、か」
軍隊ではないとされる自衛隊において、戦死を語ることは長らくタブーであった。
「賞恤金の規定を9000万円に引き上げて固定してしまうべきではないか」
「そういう話だけではないでしょう。昇任だって明確な規定はないんですから」
「その話も重要だが、今は障害が残ったケースの方が重要じゃないか?今回の負傷者も左眼球破裂だろう」
部屋に再び沈黙が満ちる。
「負傷により障害が残っても、定年まで勤めた前例はありますし、それに倣って勤務可能な後方部門での勤務というのが妥当ではないでしょうか」
「その後の昇任に影響が出る可能性が高いだろう。どうする?賞恤金という形で補填するのか?」
「そもそも、その定年まで勤めあげた前例だって特殊ケースだろ」
「障害が残った時点で賞恤金を出し、本人が望むなら継続雇用という形が無難ではないか」
紛うことなき軍事組織でありながら軍隊ではない、という国内政治事情の賜物である自衛隊にとって、かつては「戦死」はおろか「戦争」を語ることもタブーという存在意義すら疑われるような時代もあった。
そのころから比べれば議論は進んだとはいえ、まだまだ置き去りの問題も多い。
「その措置は戦闘時に限るのか、通常職務、つまり訓練中なども含むのか」
「それを言い出したら、災害派遣や海外派遣と差をつけるのか?」
「いや、幅を広げると収拾がつかなくなる。今はとりあえず目先の問題である、戦闘時の負傷、戦死についてだな」
「そういう場当たり的な対応は賞恤金でも繰り返して来ただろう!そもそもなんだ、あれは。派遣先が危険なら死亡時の金額増やすって!これまで幸いにして死者がでなかったからいいものの、もしでていたらどうする気だったんだ!遺族にいうつもりだったのか、あなたの夫は東チモールで部下を守って殉職したので6000万円です。イラクで同じことをしたら9000万円だったんですけどね。と」
「そんなこと言えるわけないだろ!だからこうやって問題の解決を図っている!」
戦死と戦傷。
自衛隊創隊以来、無視され続けた問題の議論は終わりが見えず、結局のところ「どっかのマスコミが指摘して政治決着してくれねぇかな」といういつもの無責任主義が見え隠れするのだった。
新世界暦1年1月5日 北海道千歳市 陸上自衛隊東千歳駐屯地
陸上自衛隊最大の駐屯地と言われる広大の敷地内には、戦車部隊を除く第7師団の主力や、北部方面隊直轄部隊、防衛省情報本部で通信傍受を担当する通信所、防衛装備庁の千歳試験場、さらには演習場までくっついている。
それがどのくらい広大かというと、第7師団の観閲行進で会場に使われる「広場」はもともと旧陸軍が造成し、占領時代にアメリカが延伸した滑走路であり、直線距離で3キロほど離れた千歳基地や新千歳空港の滑走路と同程度の長さがある。
敷地面積でいうと、広大な演習場を併設していることもあり、千歳基地と新千歳空港を足した広さより広いのである。都合並行滑走路を4本持つ国際空港より広いというのだから、バカげた広さである。
そんな広大な駐屯地の奥、演習場の一角にある市街戦訓練施設に急ごしらえで造られた収容施設があった。
この場所にそれが造られた理由は簡単。ヘリコプターで簡単に乗り付けられて、かつ簡単にマスコミをシャットアウトできるから。防衛省情報本部の施設も同敷地内にあり、千歳空港の傍なので東京との連絡も容易というのも理由だった。
そして、現在の収容人数は1人だけ。
なかなか贅沢な収容施設である。
その収容施設唯一の収容者であるアルノルド中将は、意思疎通のためにあれやこれやと試行錯誤の最中だった。
三食きっちり出るし、清潔なベッドに温水シャワーまでついていて快適極まりないのだが、如何せん互いの言語が不明であるので、意思疎通ができない。
とりあえず、自分と一緒に大量の文書を持って帰っていたので、それを解析してくれれば、そのうち筆談は出来るようになりそうな気がするが、そのころには祖国が無くなっている、なんていう笑えない事態も起こりそうだというのがアルノルド中将が焦っている原因だった。
よって部屋に置かれた紙とペンで、自分の経歴を書き出して渡してみたり、部屋にあるものの名前を片っ端から書いて貼ってみたりして、言語解析に協力する意思を示してみているのだが、今のところ音沙汰は無い。
そのことにより、この国は神聖アズガルド帝国との交渉に価値を見出しておらず、徹底的に滅ぼす気なのではないか、と中将の焦りは募るのだった。
実は、日本側の態勢が整っていないだけで、どうやらこちらの調査に協力的らしい、という報告は市ヶ谷には伝えられていた。
単純に各言語の専門家が、専門外だの、自衛隊には協力しない!だの言って一向にプロジェクトチームが結成できないだけなのである。
そして、これは防衛省や外務省にも責任があるのだが、完全に未知な言語の解析、というのは一種の暗号解読であるのに、言語関係の専門家にばかり声をかけていたのである。
極端な話、中国語の専門家にフランス語の解読をしてくれ、と言いに行っているようなもので、「専門外」と断られるのも仕方のない話だった。
というか、何のために暗号を専門にする情報本部もいる駐屯地に収容施設を造ったんだという話だが、収容施設を造るのを決めた人間と、プロジェクトチームを集めている人間は全く別で、連絡も行っていないので仕方がない。
巨大官僚機構の悪い面がもろにでているわけである。
その結果、アルノルド中将はまだ数日焦燥の時間を過ごすことになるのだった。
新世界暦1年1月5日 北海道札幌市 自衛隊札幌病院
吉柳一佐は重い足取りで病院の廊下を進んでいた。
昨日の作戦で負傷した隊員の見舞いである。
左眼球破裂で、二度と視力は戻らないと聞かされていた。
左目が見えないのでは原隊復帰はムリだ。というか、実戦部隊への配属は無理だろう。
「はぁ」
気が重い。
自らの指揮下で戦い、負傷した部下である。
行かねばならないのはわかっているが、義務感だけで行っても向こうもいい思いはしないだろう。
家族は千葉のはずだし、まだ来ていないはずである。もっとも、それも直に来る。
そのときに罵倒されるのは一向に構わないのだが、「これから」について何も言うことが出来ないのが何より辛かった。
「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め」ることを求めておきながら、その後のことが一切考えられていない。それが自衛官を取り巻く現実だった。
やがて、名前が書かれた病室の前に来た。
さすがに入院治療費は全て防衛省負担ということで個室である。
意を決して、扉をノックする。
「はい」
「吉柳だ、入るぞ」
中に入ると顔の左半分を包帯に包まれた男が、驚いたようにこっちを見ていた。
本来、陸上自衛隊にノックという習慣はないので、意外だったのだろう。
「具合はどうだ」
掛けるべき言葉が思いつかず、ぶっきらぼうな調子になり、吉柳は心の中で後悔した。
「痛み止めが効いたので、もう痛みはないですね。けど、片目なんて暗視装置で慣れてると思ってたんですが、結構不便ですね」
そんな吉柳の心のうちを知ってか知らずか、いつものように隊員はくだらないことを言った。
どのような言葉をかけるべきか。吉柳はここに至っても思い浮かばなかった。
部隊の代表として持ってきた見舞いの果実のカゴをサイドテーブルに置く。
次に掛けるべき言葉が思い浮かばず、部屋に沈黙が満ちる。
部隊指揮官として、部下の生死を握っている自覚は持っていたはずだった。
だが、いざ目の前に、一生消えぬ傷を負った部下が現れた時、自らの覚悟の浅さを悟った。
「俺は特戦から転属ですかね」
見舞いに来た上司の沈黙を、何か言いにくいことを言いに来たのではないか、と勘繰ったのだろう。
吉柳は部下に気を遣わせてどうすると、内心で自分を奮い立たせた。
「いや、それはまだ何も決まっていない。今日は様子を見に来ただけだ」
言ってから吉柳は薄ら寒くなった。
そう、何も決まっていないのである。
自衛官として戦い、負傷し、一生消えぬ傷を負った男の今後が「何も決まっていない」のだ。
世が世なら功五級か功四級あたりの金鵄勲章が出て、それだけで生活できるほどではなくとも年金がでただろう。
だが、自衛隊にはそんな勲章がない。
せいぜいが危険業務従事者叙勲で瑞宝単光章か瑞宝双光章、それも基本的に尉官以上である。
もっとも、それが与えられたとて、特別に年金がでるわけでもない。
一応、労災に当たるような補償規則はあるが、文面に公務災害だの通勤災害だのとの言葉が並ぶ文書を戦闘時にも準用するのだろうか。
国の命令で戦闘に行って、負傷して障害が残っても、通常の障害年金だけ。
あまりにひどい仕打ちではないだろうか。
結局のところ、この国は若い者に「死ね」と言っていた太平洋戦争から何も変わっていないのかもしれない。
まぁ、それを言っていた人間は軒並み生き残り、今の国を造ったのだから当たり前といえば当たり前なのだろう。
「そういえば」
ここに来る前に聞いた話を思い出した。
「1人呆けた爺さんがいただろ」
正確には、隊員が撃たれた時に何やら(相変わらず意識は違うところにいたようだが)覚醒して走って行って一緒に引っ張った爺さんだが。
「俺を引っ張ってくれた爺さんでしょ」
「なんだ、意識あったのか」
てっきり意識を失っていたのかと思っていた。
「自分でも不思議なんですがね、なんかこう、ぼーっとして、あ、俺死ぬんだ。みたいな他人事の感覚でしたけどね。爺さんに引っ張られたのはなんとなく。けど変なんですよね、あの何もない山の上の駐車場だったはずなのに、まるで古い街並みの中を引っ張られたような記憶があるんですよね」
その言葉に吉柳はぞっと寒気が走るのを感じた。
「あの爺さん、樺太出身で終戦時も樺太にいたらしい」
室内に先ほどとは異なる沈黙が満ちる。
「爺さんが言ってた言葉、お前は覚えてないかもしれないが”しっかりせぇ!もうすぐ、もうすぐ大泊の港じゃ!”あの爺さんの歳を考えたら、徴兵年齢ギリギリだろう。負傷した戦友を引きずって海軍基地があって北海道への引揚船が出ていた大泊を目指してたんじゃないか」
赤軍が迫る中、目と鼻の先の北海道に帰るために必死に港を目指す心中は、今の時代を生きている吉柳にはわからない。
「だが、結局、あの爺さんは間に合わなかった」
窓から外を見ていた吉柳は、隊員が息を飲んだのがわかった。
「抑留されて日本に帰ってきたのは1950年のことらしい」
その苦労のほどは、恵まれた時代に生まれた人間には理解できないほどだろう。
そんな人が、再び敵国によって捕まっていた。
吉柳には、まるで太平洋戦争の亡霊があの爺さんの姿を借りて「終わっていないんだぞ」と言っているように感じられた。
「なら、あの爺さんを今度は助け出せたんです。俺の左目が引き換えなら、安いものじゃないんですかね」
そう言って隊員は見舞いに来てから初めて笑ったが、それを見て吉柳は、やはりこの国は理不尽だと思うのだった。