075. 訓練
誤字、脱字、御指摘、感想 等もらえると嬉しいです。
夕食後に執務室でクレリアとエルナによる作法の講習が行われる事になった。セリーナとシャロンも参加している。
「まずは私が、貴族に対する平民の挨拶をやってみましょう」
エルナがお手本を見せてくれるようだ。クレリアが貴族役らしい。
エルナはクレリアの三メートル前にまで進むと片膝をつき、片手を胸にあて礼をした。
「お初にお目にかかります、エルナと申します。お見知りおきを」
「ほう、エルナか。生まれはどこだ?」
「スターヴェーク王国のノリアン子爵領になります。…… という感じです。よほどの高位の貴族では無い限り普通の敬語で構いません」
エルナの歩き方、膝をつく一連の動作は淀み無く洗練されていた。確かにこのレベルじゃないと不味いのであれば少し練習が必要かもしれないな。
「よし、やってみよう」
クレリアの前に跪いて同じように頭を垂れた。
「お初にお目にかかります、アランと申します。お見知りおきを」
「アラン、生まれは?」
「トレーダー星系のランセルになります」
おっと、普通に答えてしまった。
「トレーダーセイケイのランセル……。そこがアランの生まれた街なのね」
「そうだよ。でも、この回答は不味いよな。俺もスターヴェーク出身にしようかな」
「それがいいでしょう。アランはリア様に言葉を習ったせいか、スターヴェーク王都の者のような話し方をします」
「へぇ、それは気づかなかったな。で、どうだった? 俺の挨拶は」
「初めてにしては悪くはありません。あくまでも平民が貴族にする挨拶としては、という意味ですが」
それからエルナから姿勢や頭を下げる角度などの幾つかの指摘を受けて、やっと合格をもらうことができた。
挨拶一つでこれほどのこだわりがあるとは。やっぱり聞いておいてよかったな。
「次は王に拝謁する時の作法ですね。まず王の十五メートル以内に許可なく近づいてはなりません。許されるまで王を見てもいけません。直接話しかけてもいけません。」
「おいおい、それでどうやって挨拶するんだ?」
「やってみせましょう」
エルナは部屋の端から下を向きながら歩いてきてクレリアの五メートル手前で片膝をつき頭をたれた。
「おもてをあげよ。直答を許す」
「は、エルナ・ノリアンです。陛下」
「ノリアン子爵家の者か。此度の登城、大義である」
「は。…… という感じです。王に対して余計な事を言ってはいけません。訊かれた事だけを答えるようにしてください」
なるほど。さっきの挨拶とそれほど違いはないようだ。やってみよう。
エルナと同じようにリアの五メートル手前で片膝をつき、頭をたれた。
「おもてをあげよ」
「は、アラン・コリントです。陛下」
「アラン、まだ直答を許されていませんよ」
そういえばそうだ。跪きながらクレリアのほうを見る。
「直答をゆるす」
「は、アラン・コリントです。陛下」
「ふむ、アランとやら。もう少し近う寄れ」
「は」
「アラン、近くによるように言われても一度は断らなければいけません」
なんて面倒な! 本当にこんな事やってるのか?
「いえ、私のような者が陛下のお傍などには……」
「いいから近う寄れ」
「は」
クレリアに二メートル程近づいてまた跪いた。
「アラン、今日は寒いな」
いきなり何を言ってるんだ? 今日はどちらかと言えば暑い。これは質問されていると捉えていいだろう。
「そうでしょうか? 私には少し暑いぐらいですが」
「アラン、基本的に王の言う事を否定してはいけません」
何だって? そんな馬鹿な。クレリアを見るともう我慢できないとばかりに笑いだしていた。エルナも同じように笑っている。すっかり二人に遊ばれていたようだな。
「なるほどなぁ。こんな面倒な仕来りがあるんじゃ、色々と教えてもらわないと酷い目にあいそうだな」
「信じられないでしょうけど宮廷では本当にこんなくだらない事が行われているのよ。この国はスターヴェークよりも酷いと聞いた事があるわ。幸いな事にまだ時間はあるもの。私とエルナで立派な挨拶が出来るようにしてあげるわ」
「そうか……、よろしく頼むよ」
作法の講習はまだまだ続きそうだった。
翌朝、朝食をとっているとダルシム副官に声を掛けられた。
「アラン様、我らは今日は鍛錬に励もうと思います。もう休息は十分にとりましたので」
そう言いながらいつもの期待の眼差しでこちらを見てくる。仕方がないか……。
「そうか、俺は一度解体の様子を見てこよう。やはり依頼主として任せっぱなしというのも良くないだろうからな。帰ってきたら一緒に鍛錬に参加させてくれ」
「おぉ、そうですか! アラン様が参加なさるのであれば皆の励みになります。お願いします」
確かに休息は十分にとったし、大した用事もない。解体も今日で終わるだろうし、たまには皆と鍛錬に励むのも悪くない。
朝食後にパーティーの皆と解体の様子を見に行った。
ドラゴンの骨はすっかり解体されて、馬車に積み込んでいるところだった。八台の大きな馬車に梱包用の布に包まれた骨が次々と積まれていく。
「おはようございます、アラン様。やっと終わりそうです」
「カリナさん、おはようございます。商業ギルドにお願いして本当に良かったですよ」
本当に商業ギルドに依頼して大正解だ。解体や素材の運搬、保管、ドラゴンの血で作られる万能薬の作製など、これまでの対応に文句のつけようがない。
気になるのはその依頼料だが、それは競売が済んでからまとめて精算することになっている。
「有難うございます。そう言って頂けるととても嬉しいです! あぁ、そういえば競売の日取りが決まりました。二十日後になります」
「ほう。ちなみに何故二十日後なんですか?」
「万能薬の作製に日数が必要ですし、それに近隣の商人達が集まるのにそれぐらいの日数が掛かります。遠方の商人達も代理人を立てるのにそれなりの準備が必要ですからね」
代理人か。代わりに競売に参加する者ということだろうな。どうやって連絡をつけるんだろう。
「どうやって代理人と連絡をとるんですか?」
「それは勿論、アーティファクトを使って連絡をとります。これはあまり知られていませんが、Aランク以上のギルド会員は他の支部のギルド会員宛に連絡文を送る事が出来るのですよ。最低料金が一万ギニーで連絡文の一文字あたり百ギニーです」
ほう、それは知らなかったな。確かにギルドが連絡をとる手段を持っているのは知っていたが、それが一般の会員も利用できるサービスだとは知らなかった。
そういえば、俺も商業ギルドAランクだ。
「私も利用できるんですね?」
「もちろんです。今、ガンツの名の知れた商人達は、手数料目当てに挙って代理人を引き受けていますよ。それにどの商人も競売のために現金を確保しようと商品在庫の現金化を急いでいます。そのためにガンツでは近年稀にみる物価安になっていますね」
「ほう、それは嬉しいですね! それだけやる気になってくれると競売に期待が持てそうです」
「ドラゴンの素材であれば、すぐに転売しても利益を出す事ができますからね。どの商人も必死です。サイラス様も今回は本気ですよ」
サイラスさんも参加するつもりなのか…。ギルド長なのにいいのだろうか? まぁ、参加者が多いほうが値は上がるだろうから歓迎すべきことだな。
それにしても通信のアーティファクト、気になるな。
「連絡をとるアーティファクトに興味があるんですが、見ることはできないでしょうか?」
「あぁ、それはアラン様といえども駄目なんです。ギルド員でさえアーティファクトの情報を知っているのは数名しかいないんですよ」
やはり駄目か。無理なものはしょうがないな。
カリナさんと話しているうちに全ての骨が馬車に積み終わったようだ。次々と商業ギルドへと出発していく。
「では、アラン様。私は搬入の監督をしなければいけませんので」
カリナさんも馬車に乗ってギルドへと戻っていった。
俺はホームに戻って鍛錬に参加するつもりだと言うと、パーティーの皆もそのつもりだったようだ。
ホームに着くとクランの皆は二人一組に分かれて剣術の稽古をしていた。俺達に気づいたダルシム副官が全員を集合させる。
皆がやっている鍛錬に参加するつもりだったが、皆は俺の指示を待っているようだった。クランのリーダーは俺なんだから当然の事か。
「さて、どんな鍛錬をしようかな。何か希望があれば聞いておきたいが」
「出来ましたらアラン様に稽古をつけてもらいたいのですが、よろしいでしょうか?」
「いいとも。剣か、格闘技をやっていこうか」
「私はアラン様が所属していた軍の訓練に興味があります。私は今回のドラゴンの件で自分の力不足を痛感しました。少しでもアラン様に近づきたく思います」
そう言ってきたのはヴァルターだった。宙兵隊の訓練か……。悪くないかもしれないな。
「おぉ! それは私も興味があります。今日は是非、それでお願いします」
皆は口々に同意の声を上げている。
「では、そうしようか。まずはストレッチからだ。えーと、体の関節を柔らかくする運動だな」
セリーナ達と一緒に宙軍式のストレッチを実際にやってみせる。皆は戸惑いながらも見よう見まねでやり始めた。
周りを見てみると武術をやっているだけあって、それなりに体は柔らかいようだが、宙兵のレベルには到底及ばない。
「アラン様、これにはどういった意味があるんですか?」
そう訊いてきたのはヴァルターだった。どうやらストレッチの重要性はあまり知られていないらしい。
「関節が柔らかいと普通の人には難しい動きできるようになる。例えばこんな風にな」
そう言いながら素早く蹴り上げ、蹴り上げた足を頭上に保ったまま一本足で立ってみせた。足の角度は、ほぼ百八十度だ。
「「おぉ!」」
実際にお手本を見せてもらおう。近くにいたシャロンに声を掛ける。
「シャロン、回転蹴りだ」
シャロンは顔の高さにあげた俺の手のひらを、目にも留まらぬ連続回転蹴りでパシパシと回転しながら蹴っていく。後ろに下がりながら受けていくが絶妙な力加減だ。十連撃か、流石だな。
「「凄い!」」
「身体の柔らかさを極めると、こういった事もできるようになる。腕や足の動く範囲が広がる事は、間違いなく身体能力の向上につながるので是非試して欲しい」
そう言うと皆は真剣にストレッチに取り組み始めた。
三十分程、念入りにストレッチをした後のメニューは、もちろんランニングだ。宙兵の訓練では、とにかくよく走る。
「よし、それじゃ走ろう」
そう言うと訓練場の周りを走り始めた。
(ナノム、トレーニングモードだ)
[了解]
ナノムに強化された肉体では、ただ走っただけでは大した訓練にならない。トレーニングモードは長距離走行モードの逆のモードで、血流を抑え身体に負荷を掛けることにより心肺能力の向上を目指すモードだ。
一時間程、マラソンのペースで走った後に、ダッシュと緩走を交互に繰り返す走り方を一時間続けた。
俺について来られる者はいなかった。クランの皆には何周差をつけたか分からないぐらいだ。セリーナやシャロンにさえ一周の差をつけることができた。スタミナでは二人よりも俺のほうが、まだ上のようだな。
「よし、午前中の訓練は終了だ。昼食後に格闘技と剣術の訓練をしていこう」
そう言った瞬間に、何とか立っていた皆が崩れ落ちた。いきなり走りすぎたかな。あぁ、俺も久しぶりにトレーニングモードで走ったのでもうヘトヘトだ。
午後になっても皆の体力は回復していないようで、昼食を食べられなかった者もいたらしい。
そのため、帝国格闘技の訓練は、俺とシャロン達の組み手や、皆が知っている体術との違いなどを確認しながらの訓練というより講習のような形で二時間ほど行った。
本来の宙兵の基礎訓練なら、次はVRを使用してのパワードスーツの戦闘訓練だが、そんな訓練はできないので、コリント流剣術の講習を格闘技と同様におこなった。
薄暗くなったので今日の訓練は終了だ。
「アラン様のお強さの理由が少し分かったような気がします。アラン様の軍では皆、この訓練を?」
「軍と言っても色々な兵種があるから全員というわけじゃないが、俺が所属していた部隊じゃこの訓練だ」
ダルシム副官でも、いつもの鍛錬とは違った内容に苦戦したようだ。でも今日やったのはただの基礎訓練で、作戦前の本格的な訓練となれば、はるかに厳しい内容だ。
「なるほど……。参考になります」
「まぁ、俺の所属していた軍のやり方が皆に合っているとも限らないからな」
「いえ、我らの鍛錬では正直、劇的な戦力向上はあまり見込めなかったのです。しかし、この訓練をこなす事ができれば……、その暁にはきっと我らは強くなっているはずです。
アラン様、お願いします! 明日からも我らに稽古をつけてくださいませんか?」
あぁ、そういうつもりじゃ無かったんだけどな。別に俺達、帝国の者が優れている訳じゃなく、俺達は単にナノムに強化された肉体だというだけだ。生身の身体ではこのメニューは厳しいだろう。
しかし、今までやってきた鍛錬では不足だというなら試してみてもいいかもしれない。
「では、明日からもやっていこう。今日は少し無茶をさせすぎた。皆に合った内容を考えてみる」
「有難うございます! アラン様」
夕食時にも皆は疲労困憊といった様子で、早々に部屋に引き上げていく。やはり無茶だったか。
食後にセリーナ、シャロン、イーリスを交えてクランの皆に合った訓練メニューを考えてみた。このメニューであれば今日のような事にはならないはずだ。
それから二日間は、新しいメニューでの訓練に明け暮れた。やはりイーリスが科学的に考案した訓練メニューは、適度に負荷をかけつつも後の訓練に影響が出ないようで良さそうに思えた。
「よし、これで午前中の訓練は終了だ。午後には樹海の近くに行って訓練しようと思う」
「樹海の近くに…… 狩りでしょうか?」
「いや、グローリアに会おうと思ってね」
あぁ、そういえばクランの皆には言ってなかったな。今日はグローリアの鞍が出来上がる日だ。使い物になるか分からないが、いざという時のために試しておきたい。皆もきっと興味があるだろう。
食後にクランの皆には先日グローリアに会った所に向かうように言い、俺達パーティーのメンバーは大きめの幌なしの馬車に乗って、鞍職人の工房へ向かった。
工房に着くと親方のドーハさんとカリナさんが待っていた。カリナさんはこの後、迎えに行くつもりだったが好都合だ。
「おぉ! アラン様。 御注文の品は出来上がっていますよ。今日の朝に出来たばかりのものです」
「拝見しましょう」
出来たばかりの鞍を確認していく。正に仕様書通りの作りで問題なさそうだ。いや、仕様書以上の補強がされているし丁寧な作りで、素人目にも急造したものには見えない。
馬の鞍を二席ずつ、三つ繋げたようなもので、座席が取り付けてあるベースとなっている革は、何重にも重ねて縫製されていてかなりの強度を保っていた。
そのため、鞍はとても重く四人でやっと運べるような重さになっていた。
「素晴らしい出来ですね。正に注文通りの品です。ありがとうございます」
ポケットから金貨三枚を取り出すと親方のドーハさんに支払った。
「確かに。それでこれはいつ使うのですか?」
「これから行こうと思います。親方も一緒に行きましょう」
「おぉ! ありがとうございます」
職人達に手伝ってもらい馬車に積み込み、空いたスペースに乗り込むと早速、樹海に向かった。
ガンツの正門を出た所で、クランの皆に追いついたので一緒に樹海に向かった。
「アラン様、その馬車に積んであるものは? まさか!?」
「その通りさ。グローリア用の鞍だよ。これから試そうと思う」
「おぉ!」
「すごいぞ!」
程なく先日、グローリアと会った場所に到着した。当然、それに合わせてグローリアに来てもらうようにしていた。早速、到着したようだ。
先日と同じように俺達のすぐ近くにふわりと着地する。傍らにイーリスが姿を現した。
「グローリア、お疲れ様。たびたび悪いな」
「艦長はもっとグローリアの事を気にされたほうが良いでしょう。必要な時だけ呼び出すなんて……。グローリアは時折、寂しそうにしていましたよ」
「そうなのか? そうだな。忙しいかと思って遠慮してたんだよ。気をつける」
「アラン、グローリアは何と言っているの?」
「寂しかったみたいだ。樹海で一人暮らしだからかな」
いや、新たな一族に加わったのに会う事ができないから除け者にされたと思ったのかもしれないな。AR通信であれば仮想的にだが、会うことは出来るから夜にでも連絡するようにしよう。
「そう……。では、もっと頻繁にグローリアに会うようにしなければいけないわね」
「そうだな、そうしよう。では早速、鞍をつけてみようか」
ドーハ親方は、グローリアを見て固まっている。どうやらドラゴンは初めて見たようだ。
みんなで手分けして馬車から鞍を下ろした。
「グローリア、悪いが四つん這いになってくれるかな?」
ガウッと返事をするとグローリアは前足をついて四つん這いになった。
鞍はグローリアの首の下辺りに、幅の広いベルトでとめるようになっている。ベルトは長めに作ってあるので、皆で手分けして引っ張りなんとか首の後ろに鞍を乗せる事ができた。
この金具にベルトを通して、あとはベルトをグローリアに引っ張ってもらい固定用の金具で止めるだけだ。
「グローリア、苦しくないぐらいに、このベルトを引っ張れるかな?」
イーリスの予測では、このベルトを引っ張れるぐらいにグローリアは器用なはず。
ガウっと返事をするとベルトの先を器用に引っ張り、鞍がしっかりと首の後ろに固定された。
「よし! 少しの間、そのままでいてくれ」
ベルトを引っ張っている状態で固定用の金具で固定した。試しに鞍に飛び乗り、鞍を動かしてみるがびくともしない。設計通りしっかりと固定されているようだ。
では試してみよう。
鞍から飛び降りて、付属品として頼んでいた人間用のベルトを馬車からとってきた。このベルトも幅の広いベルトで、革を何重にも重ねて縫製し補強してあるものだ。
最初の試乗は俺達パーティーで試すべきだろうな。
パーティーのメンバーに一本ずつベルトを渡していく。そういえば鞍は六席ある。
「カリナさん、乗ってみませんか?」
「えぇ!? 私が乗ってもいいのですか!?」
カリナさんはとても嬉しそうだ。ドラゴンの解体ではとても世話になったし、乗りたいのであればこれぐらいはしてもいいだろう。残り一本のベルトをカリナさんに渡した。
「では、みんな。このベルトを腰に巻いてくれ。このベルトの先を鞍に付いている輪に通して固定できるようになっているんだ」
鞍には低い背もたれと取手がついているが、万が一、取手を離しても落下しないようにベルトで鞍に固定するように設計した。
全員がベルトを腰に巻き終わったのを確認すると、手で踏み場を作り一人ずつ鞍に持ち上げて乗せていった。
最後に鞍に飛び乗ると、一人ずつベルトの固定具合を確認していく。みんなしっかりと固定されているな。
俺も空いていた鞍に座るとベルトを固定した。最前列の席で隣はクレリアだった。
「よし、ではいよいよだ。各自、前にある取手を両手でしっかりと持っていてくれ。準備はいいかな?」
「「はい!」」
「よし、グローリア。飛んでくれ」
ガウと返事をすると四つん這いの状態から立ち上がった。首の後ろにいる俺達は、ほぼ垂直状態だ。グローリアはゆっくりと羽ばたくと飛翔した。
「飛んだ! 飛んだわ! アラン」
「あぁ、そうだな」
グローリアはすぐに水平飛行へと移ったので空を見上げるような状態からは解放された。
エルナやカリナさんも歓声を上げている。
「グローリア、高く飛んでみてくれないか?」
ガウっと返事をするとグローリアは上昇を始める。
「おぉ! これは、なかなか絶景だな!」
風を感じるような飛び方は初めてだ。今まで空を飛んだ事は何回もあるが、上陸艇での降下か、パワードスーツでの降下で生身を風に晒して飛ぶのは初めてだ。
グローリアは上昇を続け、やがて低く垂れ込めていた薄い雲を突き抜けると、そこは晴天の別世界だった。
「あぁ、なんて綺麗なの!? これがグローリアの世界…」
「本当に綺麗だな。しかし少し寒いな。そろそろ地上に降りよう」
他にもグローリアに乗ってみたい者はいるかもしれない。俺達だけ独占するのも気が引ける。
グローリアはゆっくりと下降していき、先程と同じようにふわりと着地した。すぐに四つん這いになってくれたので、俺達は、鞍に固定していたベルトを外して鞍から飛び降りた。
「あぁ、素晴らしい空の旅だったわ。グローリア、ありがとう!」
五分ぐらいの飛行だったが、みんな大満足の様子だ。
カリナさんが大粒の涙を流して泣いている事に気づいた。
「カリナさん! どうしたのですか!?」
「いえ、何でもないのです。空のあまりの素晴らしさに感動してしまって……」
良かった。怖かったので泣き出してしまったのかと思った。こんなに喜んでくれたのなら勧めた甲斐があったな。
(イーリス、グローリアは俺達を乗せて飛ぶ事を嫌がっていないかな?)
[嫌がるどころか一族の者と一緒に飛ぶ事が出来てとても喜んでいますよ]
そうか、ではもう少し俺達に付き合ってくれるだろう。
「さて、他にも乗ってみたい人はいるかな?」
「「はい!」」
「「お願いします!」」
クランの全員が名乗り出てきた。全員であれば、公平に近くにいる者から順番に試してもらおう。
先程と同じように各自ベルトを付けてもらい、鞍まで上がってもらうと俺が一人ずつ鞍とベルトの固定具合を確認していく。よし、問題ないな。
「グローリア、頼む」
グローリアは、さっきよりも勢いよく飛び立っていった。どんどんと上昇していき見えなくなってしまった。
(イーリス、大体三分ぐらいを目処に戻ってくるように言ってくれないか?)
[了解しました]
飛行時間が一回三分だとしても、乗り換えには二分近くかかる。全員が乗るとなると九十分近くかかる計算だ。
戻ってきたダルシム副官以下の者達は、やはり空の旅に感動しているようだった。
よし、サクサクいこう。
五度目の飛行になるとグローリアも興が乗ってきたようで、飛び上がるように飛び立つとほぼ垂直に上昇していった。大丈夫かな?
戻ってきた者を見ると皆、青ざめていて感動とは程遠い状態のようだ。
七度目になると上昇する前に大きくループを描き、一回転した後に上昇していった。
八度目になるとそれに錐揉み飛行が加わる。
「アラン様、私はやっぱり乗るのはやめようと思います」
段々と酷くなるグローリアの飛翔を見て、顔を青くしたヴァルターがそう言ってきた。
「こんな機会はもう無いかもしれないぞ。せっかくグローリアがやる気になってきているんだ。いい機会だから乗っておけ。…… しかし、早めに乗っておいたほうがいいかもな」
それを聞いたまだ乗っていない者達の間で熾烈な順番争いが始まった。
どうやら、ヴァルターは九度目の飛行を勝ち取ったようだ。喜びに顔を輝かせて乗り込んでいく。
しかし、九度目の飛翔は今まで最悪の飛翔だった。大きくループした後、錐揉みしながら急降下していき、地上すれすれで落下を回避し、再び急上昇していくというドラゴンならではの荒技が披露された。
あぁ、俺は最初に飛んでおいて本当に良かったな。
グローリアも一応過度の重力が、かからないように飛んでいるようだが、あの装備では心もとない。
あんな飛行をしたら、下手をすると気を失う者が出るかもしれないぞ。今の飛行では全員元気よく悲鳴を上げていたから大丈夫だったようだが……。
どうやらグローリアは、皆の悲鳴を歓声と勘違いしているみたいだ。皆を喜ばせようと頑張っているようだった。
(イーリス、グローリアにもうちょっと大人しく飛ぶように言ってくれ)
その後の飛翔は問題なくおこなわれ、大方の者は大満足の様子だった。
ちなみに親方のドーハさんはグローリアの存在に圧倒され、乗るどころではない様子だったので、今回唯一グローリアに乗らなかった者だ。
また、グローリアに手伝ってもらい、鞍を外すと馬車に積み込んだ。さすがに滅多に使わない鞍を、常に付けていてもらうのは気の毒だ。
その代りに通信機を仕込んだ革のブレスレットを付けてもらった。ずり落ちないようにキツめに留めたが、グローリアは全く気にしていないようだ。
「アラン、それは?」
「勿論、俺達シャイニングスターの記章だよ。当然だろう?」
当然、ブレスレットには通信機の他に例の記章も付けてある。
「そうね、当然のことだわ」 クレリアがとても嬉しそうな笑顔をみせる。
グローリアと別れの時がきた。しかし、グローリアは皆と飛ぶ事ができて満足しているようだ。
グローリアと再会を約束して別れた。
ドーハさんとカリナさんを行きと同じように馬車で送っていく。ドーハさんは工房で、カリナさんは商業ギルドで降ろした。
「アラン様、私、今日の事は一生忘れません。…… 本当にありがとうございました」
「いえ、いつもお世話になっていますからね。また機会があれば飛びましょう」
「はい」
カリナさんは名残惜しいようにギルドに入っていった。
「アラン、少しカリナさんと親しすぎるのでは? もっと立場を自覚してください」
馬車の御者台で隣に座っていたエルナが、そんな事を言いだした。
「親しすぎる? カリナさんは部外者だし、そんなに気安い口を利いたつもりはないけど? これでも失礼のないように接しているつもりだけどな」
エルナがいつものように盛大にため息をつく。
馬車の後ろからも、ため息が聞こえたような気がした。
更新が遅くなりまして申し訳ありません。
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