無血降伏
マウラ・リーグは自他ともに認める臆病者だ。
だからこそ兄ロマの警戒から逃れ、生き延びているとの自負もある。
着慣れぬ鎧を重く感じながら、天幕の中で座る彼はため息を何度も吐き出した。
(なんで僕が……)
初陣の相手は、まさかの味方であるはずの聖王国正規兵。
父ユアロに出撃を命じられ、暗澹たる気持ちで城を出たはいいが何をどうすればいいのかわからない。
重鎮と呼ばれる者たちが一緒なのがせめてもの救い。彼らにすべて任せてしまいたかった。
ひとまず相手には『ユアロは病床につき日を改めよ』と通達している。
上から目線の物言いに、気分を害してすぐさま攻めて来やしないかとびくびくしていると。
「相手方参謀、話し合いをしたいと単騎にて参られました。いかがいたしましょう?」
丸めこめに来たのは明らかだ。応じてよいことなどない。
けれど戦いの開始が少しでも遅らせられるのであれば、と。
「いいよ、ここへ通して。一人だけならなんとでもなるさ」
なにせこちらはリーグ家の臣でも頭の切れる者たちが多くいるのだ。
斬り合いに怯えていたマウラはわずかに心が軽くなるのを感じた。しかし――。
(な、なんで至高の賢者が一人でのこのこ現れてるんだよ!)
思わず叫びそうになった。
黒髪黒目で黒いローブ姿の青年は見覚えがある。ずっと昔に遠くから見たことがあった。
あのころの面影を残しながらも成長した青年は、あいさつもそこそこに告げた。
「初めに言っておきます。僕は貴方がたを説得しに参りました。そしてこうも言いましょう。ユアロ・リーグに謀られたぞ、と」
「い、いきなり失礼だぞルティウス卿。父が……リーグ伯爵が僕たちを謀るってどういうことさ?」
「簡単な話ですよ、マウラ殿。父君は今ごろ貴方以外の家族と側近を連れて、城外に逃れています。バルトルス帝国へ亡命するために」
「なっ!?」
マウラ他、天幕にいた者たちがざわめく。
「ば、バカを言うな! ロマ兄さんがあんなことになって、もう僕が後継者に決まったも同然なんだぞ。それを――」
「まだ幼い弟君がいらっしゃいます。もっともリーグ伯にしてみればこの難局を逃れるのが第一。後継は二の次と考えても不思議ではありません。ここにいらっしゃるのはリーグ伯に不満を持つ方々でもあるようですしね」
まとめて聖王国と戦わせ、ただ時間を稼ぐために利用した。
筋の通った話ではあるが、マウロには到底受け入れられるものではない。
「嘘だ……、嘘、だ……」
「マウロ様、ひとまず城へ確認を」
側近の一人が進言すると、マウロはへたり込んでうなずくしかなかった――。
「ユアロ様はどこにも姿が見当たらず……」
後妻と幼い子が箱馬車に乗り、二百ほどの騎兵を引き連れ『危険だから』と城外に逃れたのが確認できた。
しかし同時に、ユアロや側近たちまでもいなくなっている。
「そもそも安全を優先するなら家族は城内にとどめておくものでしょう」
「ああ、ルティウス卿の言うとおりだ。マウロ様、我らは切り捨てられたのです。ご決断を」
頭を抱えて震えていたマウロが、怒りの形相で吐き出す。
「すぐに追え。父はもちろん義母や弟も抵抗するようなら生死は問わない。で、いいんだよな、ルティウス卿」
「ええ、構いません。我らはユアロ捕縛より優先する任務がありますから」
「? 優先って、なんだ?」
懐から球を取り出すのを見て、マウロがハッとする。
「マウロ殿がご協力いただけることになりました。ユアロは二百ほどを連れて城を脱出しているようです。手筈通り動いてください」
『承知した。では騎兵をもって追いかける』
水晶のような球から声が聞こえた。
「それが例の通信球ってやつか」
「ユアロはこれを二つ盗み出し、帝国への手土産にするつもりのようです。こちらの回収を最優先としてください」
「ああ、わかった。これで僕たちはお咎めなしってことでいいんだよな?」
「もちろんです。女王陛下にはマウロ殿に反逆の意図がないことはお伝えしますよ」
マウロがうなずくと、部下の一人が指示を飛ばす。
これで敵戦力がそっくり味方になった。今のところ一兵も欠けることなく、だ。
「では、僕は自陣に戻ります」
踵を返して天幕を出たところで、
『ご主人様、マウロは篭絡いたしました』
至高の賢者に扮したフェリが念話で報告する。
『お疲れさま。こちらはちょっとしたトラブルが発生したよ。ユアロの死体を同行者たちに発見されてしまった』
『彼らには〝帝国兵と合流するまでは話しかけるな〟と申し伝えていたのですが……』
ユアロに成りすましたフェリは馬車に乗ってすぐ、ユアロの死体と入れ替わっていた。
追手が迫って観念した彼が服毒自殺を図ったと見せかけるためだ。
『ユアロを乗せた馬車が轍に嵌まって車輪が外れたんだ。御者がユアロの無事を確認するため覗いたら、という具合でね』
本来なら追っ手の誰かがユアロの馬車に突入したところで発見してほしかったが、念のためネガティブな殴り書きを死体の側に置いていたので問題はないだろう。
唐突に自殺を選んだユアロの心情を理解できなくても、周りは勝手に推測して納得する答えをでっちあげるものだ。
『こちらの動きを遅くしたほうがよろしいでしょうか? マウロの部隊が先に接触してしまうと、彼らの功績になりかねません』
たとえ味方になったとしても、父と兄の不名誉が消えるわけではない。リーグ家の破滅はこの時点では約束されていた。
しかし自らの部隊で罪人となった父を誅すれば、わずかながらリーグ家は生き延びる希望が芽生える。
『大丈夫だよ。すでに彼らは帝国へ向かう決断をして動き出している。このペースなら発見するのは彼のほうが早い』
すでに別動隊がユアロ捕縛と通信球の回収に動いていた。
『ちょっとぐだぐだしてしまったけど、おおむね予定通りだ。君の変身が解けるまでは一時間ほどかな?』
『はい。活動量を抑えればさらに一時間ほどは粘れます』
『これ以上、君には無理はさせられないよ』
ジークは苦笑いして告げる。
『三十分ほどしたら戻るよ。それまではゆっくり自陣で休んでいて』