賢者の魔法具
夕方になり、学院内の闘技場には話を聞きつけてちらほら学生たちが集まり始めた。
ルナが大剣を背負って現れる。
ソフィとミリアがすでに待ち構えていた。ソフィは腰に細身の刺突剣をさげている。
「ずいぶん遅い登場ですわね。というか、なんですの、それ?」
遅れてやってきたジークは片手に古びたトランクを握っている。
もう一方の手には真っ黒な何か。目を覆うアイマスクのような、縁のない色付きメガネのようなものだ。
「ちょっとした魔法具だよ。本来なら僕は魔法がほとんど使えないからね。ルナをサポートするにあたって、開発中のものを持ってきたんだ」
「魔法具? それが、ですの?」
古びたトランクの中身はさておき、もうひとつの用途は想像がつかない。
形からして目を覆うのだろうが、あれでは視界が塞がれてしまう。
「ネタバラしはしないよ」
ジークは薄く笑いながらルナに近づき、何事かを耳打ちする。
「? いいんですか?」
「ああ、コレの検証も兼ねているからね」
トランクを持ち上げてそう言うと、ルナの背後にジークは陣取る。
実のところ、これら魔法具が実用に耐えられるのは確認済みだ。いくらなんでも生徒たちを相手に未検証のものは使えない。
「対戦ルールは授業の模擬戦に準拠でいいかな? お互いケガをしてはいけないし、観客にも流れ弾が飛んでいかないよう気をつけよう」
観客席との間には透明な魔法防壁が展開されている。
ジークが声をかけ、何人かの教師たちが安全確保に努めてくれていた。
「ええ、物理攻撃は寸止め。魔法攻撃は極小威力で。騎士道精神に則り、虚偽の申告はしないこと」
ミリアが応じると、ソフィが腰から刺突剣を抜いた。
それを見てルナも大剣を構える。
「では、参りますわね」
ミリアが穏やかに告げた直後、ソフィが地面を蹴った。
(さすがに速いな。そして彼女とでは、ルナは相性が悪い――)
大剣は取り回しが悪く、スピードで翻弄するタイプに懐に入られると応戦もままならない。
(――と、ミリアは考えての人選なのだろうけど)
ルナは待ち構えるでなく、遅れながらも地を蹴った。ソフィと同程度のスピードで肉薄するや、大剣を振り下ろす。
ソフィはぎりぎりのところで躱し、刺突剣を突き出した。
ルナは腕をたたんで幅広の刀身を盾代わりに受け止める。
「ふっ、ふっ」
ソフィは構わず突きの連打。さすがに三年生の学年主席だけあって、残像を生み出すほど速い。
しかしルナも負けていなかった。一歩も退かずにすべてを的確に受け、それどころか徐々に押しこみ、
「はあっ!」
「くっ……」
最後は大剣を押し出してソフィを弾き飛ばす。
堪らず後方へ跳んだ彼女を逃しはしないと追いかけた。
「なかなかやりますわね。けれど――」
ミリアの周囲にいくつもの魔法陣が浮かび上がる。
同一攻撃魔法の多重展開だ。それも三つや四つ程度ではなく、二十を超えていた。
(さすがだね。けど、すこし詠唱が長いかな)
ともあれ向こうの準備が終わったようなので、
(じゃ、僕も働くか)
ジークは黒いアイマスクを目元にあてがった。吸いつくように装着されると、視界が黒に染まる。
続けてトランクを開いた。
(ッ!? なんですの、アレは……?)
トランクの中から水晶のようなものが飛び出した。数は六つ。手のひらサイズで棒状にカットされ両端が尖っている。
そしてトランク自体も妙だった。
手に持ったまま開かれたその中身は、黒い霧のようなものが蠢いている。
トランクに注意を向けている場合ではなかった。
六つの水晶はものすごい速さでルナとソフィへ向かって突き進んでいる。
「ついでに撃ち落としてさしあげますわ!」
魔法陣から光の弾丸が撃ち放たれる。そのほとんどはルナの側面や頭上を狙ったものだが、水晶へ向かっているものもあった。
(な、速い!)
だが水晶はさらにスピードを上げ、光弾を掻いくぐってルナの周囲に配置された。
そして――。
キキキキィン!
水晶から光の帯が円形に広がり、光弾をことごとく弾き飛ばす。
ルナの周囲を素早く移動して光弾を一発とて寄せつけなかった。
(うわ、すごいなあ。これでミリアさんを警戒しなくていいかな?)
水晶は魔法攻撃への対応に徹するようで、ソフィの動きにはまったく反応していない。
(これで実質は一対一になったけど……まだ、だよね?)
ルナはちらりと師を見やる。
目隠し状態なのに彼は小さくうなずいた。
(うん、じゃあもうちょっと)
ソフィを目がけて大剣を振り回す。
「くっ、近づけない……」
ソフィは躱すので精いっぱいだ。
ミリアはその状況を苦々しく見守りながら考える。
(あの魔法防御、おそらくわたくしの最大威力でも突破は難しいですわね)
それほど強固な守りを実現するあの魔法具は紛れもなく一級品。
だとすれば、おかしい。
魔法具の役割は主に二つ。
ひとつは自身には使えない魔法を実現するため。
もうひとつは魔力の効率利用だ。
後者は本来なら行使できない上位魔法を、少ない魔力で操るようにする。
しかし魔法具そのものを操るのに、それ相応の魔力が必要となるのが常識だ。
至高の賢者の乏しい魔力では、あれほどの魔法具を使いこなせるはずがなかった。
(やはり、あの人は……)
疑惑を深めたミリアは、ルナの実力を測るという表向きの目的は横に置き、至高の賢者へ攻撃の矛先を向けた。
二十を超える光弾があらゆる角度から彼を襲う。
「ミリア、それはすこし焦りすぎだよ」
目をふさいでいるはずなのに、明らかに見えているようにジークは告げる。
直後だった。
「うそ……、消え、た……?」
一瞬、何が起こったかわからなかった。
ジークへ放たれた光弾がすべて、貫かれたのだ。
トランクの中で蠢いていた黒い霧が、いくつも槍状に伸びた。それらは正確に光弾を捉えていた。
役割を終えた槍状の黒霧はするするとトランクの中へ戻っていく。
「ルナを守る僕を狙うのは間違っていない。こちらの防御がどの程度か測りかねる中で一気に勝負を決めようとした、その思いきりの良さも評価できる」
けれど、とジークは続けた。
「この状況においては君らしからぬ悪手だったね。端から勝負へのこだわりがなかったがゆえかな?」
ああ、そうか。ミリアは悟る。
(わたくしが貴方に対して何かを探っていると、初めから気づいていたのですわね)
一方、ルナがぐっと剣を握る手に力をこめた。
師が戦いの前に耳打ちした内容を思い出す。
――しばらくは様子見しよう。ミリアが僕へ攻撃を集中させたら全力を出して。
師の予想どおり、ミリアの攻撃がすべて彼へと向いた。
それに従い、ルナは大剣を振るった――。