76 第二次王都防衛戦 3
散り散りになって逃げるトロルどもを追って、精霊達も戦場のあちこちに散る。
そんな中、戦場のど真ん中にぽつんと残されたトロルロードとその副官のトロルへ、堂々と歩いて近づいて行く。
いつの間にか、中央スクリーンにはトロルロードへ近づく俺を映し出してて、視聴者全員の視線がそこに集まっていた。
「ギザマァ! ヒ弱な人間の分際で! よくモ、よくモこの俺様の軍を!」
「ひ弱な人間? この俺がか? どこに目を付けてるんだお前は」
この光景をよく見ろとばかりに、両手を広げる。
まさに死屍累々。
少しずつ遠ざかって行く逃げるトロルどもの悲鳴と、攻撃魔法が炸裂する音。
もはや全滅は止められない。
「なんなんダ貴様は! あのバカデカイのは精霊か!? なぜヒ弱な人間があんなモノを幾つも従えていル!?」
おーおー、動揺してる動揺してる。
「話してやる意味はないな。どうせお前も今から死ぬんだ」
「ふざけヤがっテ! 貴様だけは絶対ニ許さんゾ! この俺自らブッ殺してやル!」
さすがトロルロードだけあって、副官のトロルよりさらにでかい四メートル以上の巨躯と鋼のような筋肉を持っていて、そして一匹だけなんかの毛皮で飾られた肩当てと胸当てを付けていた。
この見た目は、王都を占領してたトロルロードと一緒だな。
そのトロルロードが怒りに顔を歪ませながら、一回り大きく装飾も立派な戦斧を構えた。
「ここハ自分ガ!」
「スっこんでロ! こいつダケはこの俺がブッ殺してヤらんと気が済マん!」
副官がメイスを構えて前に出ようとするのを怒鳴りつけて、地響きを立てながら俺に近づいてくる。
「どうやら勘違いしてるみたいだな」
「ナニを勘違いシてるダと!?」
「お前ら二匹だけ見逃してやってたってことをだよ。でなけりゃ、お前らもとっくに、お仲間と一緒に黒焦げか串刺しか、はたまた真っ二つになって地面に転がってたんだよ」
「ホざけ! ヒ弱な人間風情が!」
トロルロードが吼えて、戦斧を振り上げながら俺へと駆け出そうとした瞬間――
「モス、この罪人を拘束しろ」
『ブモゥ』
――掃討から戻って来たモスが、地面に転がる戦斧やメイスを次々に後ろ足で蹴り飛ばし、それが変形して枷になると、トロルロードの両手両足にガッチリと嵌まった。
「グガッ!?」
ガギンと重たい鎖が張り詰める鈍い音が響いて、トロルロードの動きが止まる。
枷にはそれぞれ太くて頑丈な鎖が付いていて、地響きと共に地面に落ちた四つのでかいピラミッド型の錘に繋がっていた。
その鎖も錘も、全てそこらに転がってた戦斧やメイスをモスが変形させた物だ。
丸い錘だと転がるけど、俺の身長ほどもあるピラミッド型なら重心も低くて、いくらトロルロードでも動かすことは不可能だろう。
味方の武具がこうして拘束具として利用されるなんて、なんて皮肉なんだろうな。
「罪人に相応しい、いいザマだな」
「ギザマァ! これヲ外せ! この俺様ニこんな真似をシやがっテ! 絶対にブッ殺してヤる!」
「ダグダス様! グオッ!?」
トロルロードを助けに入ろうとした副官のトロルも、同じように拘束してやる。
これで邪魔は入らない。
「まだ分からないのか? お前が俺を殺すんじゃない。今から俺がお前を断罪し処刑するんだ」
「ふざけるナ!」
ジャラジャラと鎖を引っ張って引き千切ろうとするけど、モスに変形させて形成した鎖がそんなに柔なわけがない。
前回のトロルロードの時は、ギシギシミシミシ悲鳴を上げて壊されそうになったから、今回はその反省を生かして密度や構造を工夫してあるんだ。
おかげで、トロルロードがどれだけ暴れてもがいて、さらには戦斧を叩き付けようと、鎖も枷もビクともしなかった。
「なっ……なんなんダこの鎖ハ!」
「気が済んだか? それはお前を拘束するための特別製の鎖なんだ。トロルロード程度の力じゃ百年足掻いても壊れないからな」
「オノレェ!」
「さて、お前ら以外全滅したようだし、そろそろ始めるとしようか」
モスだけじゃない、レド、ロク、エンも戻ってくる。
戦場はすでにしんと静まり返り、この場で動いているのは俺達だけになっていた。
トロルロードが、ここに至ってようやくそれに気付く。
「バカな……俺達トロルをヒ弱な人間がたった一人デ…………そうかキサマか! ガヅダスを殺して、占領しタ王都を奪い返したのハ!」
「その通り。名前なんか興味もないし知りもしないけど、王都を占領したふざけたトロルロードを断罪して処刑してやったのは俺だ」
「ギザマァ!!」
あのトロルロードの顔なんてもう覚えてもないし、そもそもトロルロードはおろかトロルの顔の見分けなんて付かないし。トロルロードは王族だって言うから、あのトロルロードとこのトロルロードは兄弟か親子か親戚か、まあ多分どれかなんだろう。
だからこれだけ怒ってるんだろうけど、それはアイゼ様とフィーナ姫だって同じだ。
そういうわけだから、同情も手加減もなしだ。
『主様、ここはわたくしがお手伝いを』
「そうか、じゃあエンの魔法でいこう」
レドがちょっと不服そうに唸るけど、散々トロルを蹴散らして楽しんだだろうに。本当に血の気(?)が多くて好戦的な奴だな。
エンが俺の隣に進み出てきて、トロルロードの戦斧を持つ腕を指さす。
『レーザーショット』
一筋の閃光が一瞬で走り抜け、エンが指さしたその場所を貫いた。
「グアァッ!?」
トロルロードが悲鳴を上げて戦斧を取り落とす。
派手に音を立てて地面に落ちた戦斧を、俺を睨み付けながら逆の手で拾おうとしたところを、今度はそっちの腕をレーザーショットで貫かれる。
「グウゥッ!?」
「ダグダス様! このヒ弱な人間が――ッ!?」
吼えてメイスを振り上げて俺に殴りかかろうとする副官のトロルに、エンが指を伸ばすと、その足下にレーザーショットを乱打した。
『主様の邪魔をすると容赦しませんわよ』
無様なダンスを踊って、よろめいて後ずさる副官のトロルから、トロルロードに視線を戻す。
「この俺様ニこんな真似をシて、楽に死ネると思うナ……!」
「それはこっちの台詞だっての」
エンが連続でレーザーショットを放って、両肩を貫く。
「アグァッ!?」
トロルロードは両腕をぶらりと垂れ下げて、射殺さんばかりに睨み付けてくるところは、あのトロルロードと同じだな。
「ヒ弱な人間ごときが、調子に乗るナ! 貴様らごとき殴ったダけでスグ死ぬ軟弱な下等生物ハ、地べたニ這い蹲っテ、俺達トロルの顔色を窺いナがラ生きることシか許さレんのだ!」
「ああそうかよ。ハッキリ言っておくぞ。こちとら、お前らトロルどもの考えや事情なんざ知ったこっちゃあない」
戯言に耳を貸す余地もないから、ことさら冷たく言い放つ。
「もしお前らが、俺達人間と仲良く手を取り合い、助け合い、共存共栄を目指してるってんなら話は別だ。だけどな、人間なんて殺し、奪い、犯し、好き放題して構わない奴隷くらいにしか思ってないんじゃ、俺達が分かり合うことも、共に生きていくことも出来やしない。それでも、それぞれの国で棲み分けて、お互い不干渉でいくならまだしも、侵略してきて奴隷にして連れ去ろうなんて真似されたら、許せるわけがないだろう?」
そこに話し合いの余地なんてない。
話し合いってのは、たとえ建前だけだったとしても、お互いがお互いを対等と認めて、お互いの利害を調整するためにしか成り立たないんだからな。
トロルどもは端から自分達が強くて上だから何したって許されるくらいにしか考えてなくて、一方的に奪うことが目的で当然の権利としか思ってないから、見下してる俺達と話し合うって選択肢がなおさら存在しないんだ。
そう、互いの立場の認識って前提条件が違いすぎるんだから、そのままじゃ分かり合えるわけがない。
それを無視して、武力を捨てて無抵抗で話し合いましょうなんてお花畑なことを言ってたら、全てを奪い尽くされて、大事な人も何もかも守れるわけがない。
それでも話し合いで解決したかったら、まず相手に武力じゃ敵わない、話し合いで相手の機嫌を損ねないようにしながら解決するしかない、そう思わせて、話し合いのテーブルに着く気にさせるしかない。
そこから初めて話し合いと相互理解が始まるんだ。
「お前達はすでに、俺達の仲間を、家族を、大事な人達を殺した。その報いはたっぷりと受けて貰うからな」
俺の合図に、エンが立て続けにレーザーショットを放って、両腕を、両脚を幾つも貫いて穴だらけにしていく。
遂に立っていられなくなったのか、トロルロードが膝から崩れ落ちた。
「ギザマァァァッ!! ゴロズ!! ゴロズ!! ゴロジデやるゥゥゥッ!!」
殺意に血走った目で『殺す』を連呼する姿は、本当にあのトロルロードそっくりで無様だ。
この光景を中央スクリーンで見てる市民達は涙を流しながら、『殺せ!』『仇を討って!』『俺達の恨みと悲しみを思い知らせてやってくれ!』って叫んでる。
でもそれは、防衛部隊の騎士や兵士達も同じだ。
概算で王都の市民の死者は二万人以上。
それだけの数の一般市民が無残に殺されたんだ。
それに加えて、四万人以上の騎士と兵士が、募兵された人達や義勇兵達が、王城の人達が殺されてる。
もっと言うなら、南の辺境伯の領軍は壊滅させられ、道中の領地でも兵や市民が何万人と殺されてるんだ。
そりゃあ許せるはずないよな。
許すためには、許せる気になるまで溜飲を下げるしかないんだ。
聖人君子じゃあるまいし、それをしないで無理に怒りを、恨みを、悲しみを抑え込んで飲み込んだら、絶対にどこかで歪みが生じて破綻する。
だから罪には罰を。話はそれからだ。
「なあ、戦争は始める前に終わらせ方を決めてからする、って話知ってるか?」
前世で何かの作品で読んだだけだから、本当か嘘か知らないけど。
まあ、その真偽は今はどうでもいいとして。
「お前達はこの戦争をどうやって終わらせるつもりなんだ?」
「バカめ、貴様ら全てヲ支配しテ、全ての人間ヲ奴隷にスるまで終わるモノか!」
だろうな。
自分達が絶対に勝つって信じてて、自分達が負けたときのことなんて、これっぽっちも考えてない。
だから、俺達の勝利で終わらせるためには、どこかで落としどころを決めて、なんらかの形でトロルどもにそれを飲ませる必要がある。でないと、戦争はいつまで経っても終わらない。
どっちかが全滅するまで終わらない戦争なんて、まっぴらごめんだし、俺達はそこまで野蛮じゃないからな。
だからそのためにも、まずは誰もが納得出来るだけの落とし前を付けないと駄目だ。
「いたぶって苦しむ姿を眺めて楽しむ趣味はないんで、そろそろ終わりとしようか」
エンじゃなく俺が、指先に光のチャクラムを浮かべる。
「フザけるナ! このままデ済むと思うナ! トロルロードを本気で怒ラせ――」
「トロルロード、お前を処刑する。レーザーチャクラム」
すっと光のチャクラムを投げると、トロルロードの首がずるっとずれて、あっけなく地面に落ちて転がる。そして数秒後、残った身体がぐらっと傾くと、地響きを立てて前のめりに倒れた。
次の瞬間、爆発したような大歓声が上がって、王都が揺れて、スクリーン越しじゃなくて直接ここまで市民の歓声が聞こえてきた。
もちろん、防衛部隊も拳を突き上げて、抱き合って、派手に騒いで喜んでる。
大ホールの貴族や役人達、そして見学組は、どよめいて、喜べばいいのか、俺を脅威に思って恐れればいいのか、分からないって感じだな。
「将軍、例の物をここまでお願いします」
ロクに声を届けて貰って、頼んでおいた物を持って来て貰うよう伝える。
「さて、と」
そうして、最後に一匹残された副官のトロルの前に立ちはだかった。