95 農村にて土壌改良を実践開始 2
「騎士様、その条件とはなんでしょうか?」
「大丈夫、そんな心配そうな顔をしなくても、全然難しい事じゃないから」
一旦言葉を切って、安心させるように笑顔で全員の顔を見回す。
「実はこの野菜や穀物を育てるには精霊魔法を使う必要があって、それについての知識を身に着ける必要がある。元から農業の知識があれば学ぶのはかなり楽だけど、それでも農業以外の知識も必要になる。だから一つ目、その知識を正しく根気よく学ぶこと」
「あ、あのよ、です、騎士様、精霊魔法なら毎日畑で使ってるぜ、です」
誰かがそう言うと、何人かうんうんと頷く。
この村で精霊魔法を使える人達かな?
契約精霊の姿も気配もないから、ごく普通に使えるレベルってところか。
「それって、水の精霊に頼んで水まきしたり、風の精霊に頼んで麦を乾燥させたりって、手間を省くやり方だろう?」
頷いてた何人かが、また頷く。
「俺が教えるのは、それぞれの作物に合った土作りをすることなんだ」
「土作り……? 精霊魔法でそんなこと出来るのか? ですか?」
「百聞は一見にしかずってことで、ちょっと実演するから見ててくれ」
広場に面した畑の一つを、持ち主の許可を貰って軽く耕し土作りする。
俺の契約精霊達が姿を現したら多分パニックになると思うから、姿も気配も消したままでだけどね。
「こ、この土は……なんていい土だ!」
「本当だ! こんな土で育てたら、さぞ美味い野菜が作れるに違いねぇ!」
「こんだけなのか? たったこんだけの魔法で、あんな美味い野菜が作れるのか?」
「精霊魔法にこんな使い方があったなんて……!」
うんうん、みんなビックリしてるな。
俺も俺もと、耕したばかりの土を触っては、みんなで驚いてる。
この領地は、王家が直轄地としてるだけあって、比較的土が肥えてて品質がいい野菜や穀物を栽培してる農業地帯だ。
でも、そんないい土地に住んで、いい野菜を作ってる農民達が、こぞって美味い、いい土だって言うくらい、精霊魔法を使って適切に土作りをした方が、もっといい野菜や穀物を育てられるってわけだ。
「ご覧の通り、やることは最初にこうして土を作るだけ。後は普通に畑仕事をするだけでいいから、それほど手間も掛からない」
土を弄ってた人達が、みんな振り返って頷く。
「と言うわけで、この土作りの魔法を使うための知識を、俺が連れて来た部下達に従って学んで欲しいんだけど、どうだろう?」
「そのくらいなら……」
「ああ、そうだな。それであんな美味い野菜を作れて税が下がるなら」
村長を中心に、村人達がみんなで頷き合う。
「よし、一つ目の条件はオーケーってことで。じゃあ二つの目の条件として、この土作りの魔法を学んだ人は、仲良く協力し合って、どの家の畑でも分け隔てなく精霊魔法を使うこと。その知識と技術は村の共有財産として、独占したり対価を求めたりしないように。当然、気に食わない奴の家の畑にはやってやらない、なんて真似も禁止だ」
「それは、まあ……」
「そんなことくらいなら、うん」
村長を中心に、またまた村人達がみんなで頷き合う。
「よし、二つ目の条件もオーケーってことで。じゃあ三つの目の条件として、今やって見せた方法を、村人以外には教えないこと。余所者の前では絶対に使って見せないこと。そして、絶対に勝手に他の領地に移り住まないこと」
当然、こんな美味しい野菜や穀物を育てられるなら、その秘密を知りたくなる。
王家の直轄地なんだから多分大丈夫だとは思うけど、阿漕な商人や王家を舐めてるがめつい貴族達が、あの手この手を使って、その秘密を探り出そうとするかも知れない。
もしかしたら美味い話を持ちかけてきて他の領地に移り住むように誘ってきたり、脅したり暴力を振るったり、強引に誘拐して連れて行こうとしたりする可能性もある。
みんなを守るために巡回する兵士を増やすけど、もしそんな事になったら無理に自分達だけで解決しようとしないで、すぐ俺達や巡回の兵士、町の詰め所なんかに報告して助けを求めること。
どうしても他の領地に行きたいときは、正式に申請して審査を受けること。
その知識と技術は徐々に国中に広めていくから、いずれそういった危険はなくなること。
なんかの注意点を補足説明していく。
「もし三つの目の条件に違反してることが分かったときには、連帯責任でペナルティとして税を九割にまで上げて、この村でのこれらの野菜と穀物の栽培を禁止するから、くれぐれも注意するように」
どよっと動揺してお互いに顔を見合わせた。
でも、すぐに納得したように頷き合う。
一見すると厳しいように思えるけど、違反行為にノーペナルティだと舐められたり軽く考えられたりして、却って彼ら自身を危険に晒すことになるし、むしろこれだけ美味しい話を持ち込んでるんだから罰則があって当然ってことで、彼らも変に疑心暗鬼になったりせずに済むだろう。
「補足説明した通り、条件を守ることは自分達を守ることにもなる。それさえ守ってくれれば、別の領地に旅行に行ってもいいし、領内の他の村と行き来はもちろん、他の村に嫁いだり、他の村から嫁いで貰ったり、その辺りはこれまで通り自由にして貰っても大丈夫だ」
結果、反発はなかった。
難しい事や理不尽な事を言ってるわけじゃないんだから、約束さえ守って秘密にしてれば税は下がるし、これまでとは段違いの、王家も認めるグレードの高い美味しい野菜と穀物を毎日食べられるようになるし、売れば確実に生活が豊かになる。
考えるまでもないだろう。
「と言うわけで村長、協力して貰えるかな?」
「はい騎士様、是非やらせてください」
村長が一度、空っぽになった鍋に目を向けてから俺を向いて、力強く頷いた。
うん、分かりやすくていいね。
やっぱり美味しい物を腹一杯食べられるって、すごく大事だよ。
何しろ聞いた話によると、王家の直轄地でさえ、不作になれば餓死者が出たり、強い寒波が来れば凍死者が出たりするらしいからな。
最初に魔法で土作りって作業工程を増やすだけでいいんだから、受けない手はない。
他の村人達に目を向けると、男も女も老人もみんな頷いて、子供達は分かってるのか分かってないのか分からないけど、目を輝かせてる。
「じゃあ契約成立ってことで、早速やり方を学んでくれ」
うちのメンバー達に講師役をして貰って、村で精霊魔法を使える大人達に理屈を説明して実演して、さらに本人達にも魔法を使わせて、感覚を覚えていって貰う。
理屈の方はいまいちよく分かってない感じだけどね。
そもそも前世でも、物を小さく分けていったらいずれ最小単位の原子に至る、って考え方そのものは紀元前からあったらしいし、元素って考え方くらいはこの世界のこの時代でもあるから、その手の学者なら普通に知ってることだ。
とはいえ、さすがにただの農民にそんな知識はないし、具体的に窒素とか、リン酸とか、アンモニアとか、その化合物がどうとか、何世紀も時代を先取りしすぎた知識で十分に理解が及んでるとは言いがたいわけだけど。
でもまあ、ある程度の知識があって漠然とでもイメージ出来れば、後は精霊が勝手にいい感じにしてくれるから、特に問題はなし。
そうして何時間か続けて空が茜色になってきた頃、チラホラと、辛うじて成功する村人達が出てきた。
「うーん……騎士様がやったみたいな、極上の土にならねぇなぁ」
「あはは、エメル室長の真似はあたし達でも無理ですよぉ~~。でも、前よりいい土になってると思いますよ?」
「へへっ、だなぁ」
「この調子で繰り返し練習して、いい土が作れるように頑張りましょ~~!」
「おうよ!」
なんて声が、あちこちから聞こえてきた。
うんうん、その調子で頑張って欲しい。
やり方を覚えた後は実際に栽培して、何年もかけて体感でコツを掴んでいってくれればいい。トトス村でもそうだったしな。
それに、今回はこの時期に作付けする畑しか手を付けてない。
現在他の畑は後回しだから、そこの収穫が終わって新たに作付けするときに、またうちのメンバー達を派遣してきて、復習しながら覚えていけばいい。
後は、うちのメンバー達の精霊力のコントロールや実力がもっと上がった後、精霊魔法の技術指導に派遣してきて、実力の底上げしたり精霊魔法が使える村人を増やしたりと、徐々に効率アップさせていけばいいしな。
そんなみんなの様子を眺めてたら、副室長のグレッグがにこやかな笑顔を浮かべて歩いてくる。
「エメル室長、今日中になんとか形にだけは出来そうですね」
「そうだな、明日には次の村に行って同じように教えないといけないから、今日中に全員、なんとか魔法が成功するところまで持って行きたいな。それで一通り全ての村を回ったら、大変だとは思うけど、各班ごとに手分けして全ての村をもう一度回って、様子を見ながらフォローして欲しいけど、頼めるかな?」
「はい、私もそれがいいと思います。エメル室長はどうなさいますか?」
「俺は一通り回った後は、一旦王城に戻るよ。さすがにそろそろトロルが動きそうだし、王城で待機しとかないと」
「そうでしたね。その時はエメル室長の戦いを観戦できるんですよね? みんな楽しみにしているので、それまでには城に戻りたいものです」
そうしてその日は村に泊めて貰って、村長から大歓待を受けることになった。
同行したうちのメンバー達にはお酒も振る舞われて、いつの間にか村人総出で宴会になってたけど。
ともあれ、翌日の早朝、村を出発して次の村へ。
五日かけて五つある村を全て回って、無事どの村でも栽培して貰えることになった。
これで第一段階終了。
数ヶ月後、育った野菜が収められる時が楽しみだ。
◆
「――って感じで、どの村も、最初は戸惑ったり反対もあったけど、最終的にはどこも進んで引き受けてくれましたね」
「そうか、それは何よりだ」
「さすがエメル様です。素晴らしい手腕ですね」
アイゼ様とフィーナ姫の表情が安心したように和らぐ。
「やっぱり税を六割に下げたのと、自分達が作る作物が美味しい物になるってのが、大きかったですね。でも本当に良かったんですか、税を下げちゃって」
「うむ。そうすれば、この先、別の直轄地でも事業を広げるとき、税が下がった事実があればより積極的に受け入れるに違いない。何より、そなたの育てたあの作物が数多く安定して手に入ることを考えれば、そのくらい安い物だ」
「そうですね。むしろ高値で流通してくれれば、結果税収は増えることでしょう」
投資と考えればそれもありか。
「経過がどのようになっているか、報告書が上がってくるのが今から楽しみだ」
「ええ、とても楽しみです」
うん、俺も楽しみだ。