42 堅物侍女と柔軟騎士
「やれやれ。慣れないことをすると肩が凝る。坊主、よくあんな主人の下でやっていけてるな」
トレバーが出ていくと、エヴァンがぐるぐると肩を回した。
そんなエヴァンにジェイダがずい、と一歩近づいた。
「エヴァン・シアーズ様。はじめまして、ジェイダと申します。さっそくでございますが、女性の部屋に男性が長く滞在するのはいかがなものでしょう。当家の護衛騎士を連れて早々に退出願います」
グレーベースのダークブロンドをきっちりと結い、白い帽子の下に入れている。整った顔立ちに黒縁の眼鏡をかけ、その奥で薄青の瞳が厳しい光を放っていた。
「はじめまして、ジェイダ嬢。しかしですね、説明しないとお嬢様もお困りでしょう」
「あらましは私も聞いておりますので、私が説明しておきます。必要ございません」
にこやかなエヴァンに対し、ジェイダは取り付く島もない。鉄壁の無表情で追い払いにかかった。
「ちょっと、ジェイダ! 何を勝手なことを言っているの」
イザベラは慌てて二人の間に入った。
せっかくの味方らしき人だ。追い返されてしまったら困る。
「勝手なことではございません」
ジェイダの眼差しが眼鏡越しにイザベラを見下ろす。身長差はほんの少しだというのに、もっと上から見下ろされている気分だった。
それが昔からどうも気に入らない。
ふん。このまま主導権を握られてやるものですか。
「私が主人よ! 主人の言う事は絶対でしょう。私が勝手だと言えば勝手なの!」
イザベラはわざと今までの自分らしく、居丈高にふんぞり返った。普通の侍女ならこれで逆らえなくなる。しかし。
「そんな我儘は私には通じませんよ。奥様と旦那様の許可はとっております」
ああもう、やっぱり手強い。
顔色一つ変えないジェイダに地団太を踏む。
スペンサー男爵令嬢で教養が高く、真面目で堅いジェイダは両親の信頼も厚い。クビにしてと訴えても却下されることを知っているからか、どんなに嫌味を言おうと拒否しようと意に介さない。
今までのイザベラにとっても、目の上のたんこぶ、煙たい存在だった。しかしジェームス王子との結婚のため、高い教養と礼儀作法は必須事項。だからイザベラもジェイダの言う事だけは聞いてきたのだが、今となってはそんなことどうでもいい。
「そもそも単なる使用人上がりの護衛騎士の癖に、イザベラ様との距離が近すぎなのです。この私が来たからには今までのようにはいきませんよ」
やっぱりセスと引き離すつもりだ。そうはいかないんだから。
イザベラは腕を組み、胸を反らせた。ふん、と鼻から息を吐く。
「やれるものならやってみなさい。私はやりたいようにやるの。貴女の言う事なんて聞いてやらないんだから!」
眼鏡の奥にある冷たい薄青の瞳を睨んで宣言した。
「ぶっ、わはははははははは!」
思わず目をやれば、腹を抱えたエヴァンが豪快に笑っていた。
「エヴァン様。笑うなど失礼ではありませんか」
ジェイダの眉が跳ね上がった。
「いや、失礼。笑ったのは謝ります。しかしジェイダ嬢。怖い旦那様は退出したことですし、堅苦しいのはなしにしませんか」
氷のような視線を寄越すジェイダに臆することなくエヴァンが笑いかける。
「そうはいきません。シアーズ公爵家ご令息でしたら礼儀も心得ていらっしゃいますでしょう」
「あいにく俺は気楽な五男。そういうのとは無縁なんですよ」
否定の言葉も刺した釘も笑顔でさらりとかわされ、ジェイダのこめかみがぴくりと引きつった。
「エヴァン様が無縁でもイザベラ様は違います。どうぞお引きとりを」
「おやおや。殿下とサンチェス公爵との約定をお忘れですか? 俺は何のためにここにいるんでしたっけ? イザベラ嬢とセスを引き離してしまったら、殿下の意向を無視したことになるんですけどねえ」
「そんなことは」
「ない」と続けようとしたであろうジェイダを、エヴァンの人差し指が遮った。
「公爵や貴女になくても俺があると捉えれば、そう報告するまでですよ、ジェイダ嬢」
低い声と共に、イザベラの頭の上から手を伸ばしたエヴァンの人差し指が、ジェイダの唇に当てられる。ジェイダは眼鏡の奥の瞳を白黒させて、口をつぐんだ。人差し指で封じられたままの唇がふるふると震え、白い頬がみるみる赤らんでいく。
二人の間でイザベラは目を丸くした。
赤くなってぷるぷると震えているなんて。
こんなジェイダを初めて見た。
それが怒りなのか羞恥なのか分からないけど、ジェイダの心を乱しまくっているのは確かだ。
ちらりと見ればセスも同じように目を丸くしていて、エミリーはオロオロと意味もなく体を揺らしている。
「俺としてはそういうことはしたくないんですよねー。ということで再度お願いです。堅苦しいのはなしにしませんか」
真っ赤になったジェイダが、こくこくと首を縦に振った。完全にエヴァンのペースに飲まれている。
「それは良かった」
指が唇から離れると、息を止めていたのか、ジェイダがぜぇ、はぁ、と呼吸した。
「じゃあ言質とったことですし、ズバッといきましょうか。殿下と公爵の約定っていうのは、坊主が剣術大会決勝でちょっと手を抜いたら、イザベラ嬢と吊り合う爵位を用意するってやつです」
セスとジェームス王子が剣術大会に出ることになったこと。ジェームスに優勝は譲る代償として、大会で準優勝すれば爵位を貰えるよう、国王に進言してくれること。
それらをにこやかに説明してくれた。
「信じられない」
イザベラは思わずそう呟いてしまった。
願ってもない条件を出してきたこと、それをトレバーが飲んだこと。
そのどちらもが信じられないし。なにより。
エヴァンの言い方や態度が、直接的というか、ぶっちゃけ過ぎというか、貴族らしくない。そのことにも驚いた。
「というわけで、俺はこれから坊主が必ず決勝に上がれるように指南しつつ、そちらが約定をたがえないか監視させてもらいますので、これからよろしく」
終始笑顔のエヴァンを、息を整え、元の顔色に戻ったジェイダが射殺しそうな目で睨んでいた。
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