第三領域と先駆者『ファーストプレイヤー:イオ・アガリス』50
クォーリアス王国は、たった四つの町から成る国だった。
またその四つの町は、それぞれ東西南北、つまり東の大森林、西のソーンミシア国、南のワルハリア帝国、北のリザリア国との国境近くに在る。
まぁ大森林は正しくは国ではないが、エルフの領土だとの見方も出来るから、一応国境に含めておこう。
要するに全ての町が、他国との交易の為に存在し、当然ながらそれ等を繋ぐ道もキチンと整備されていた。
私はリザリア国との国境近くに在るローテンツァの町を素通りし、クォーリアス王国の王都でもあった、東の大森林に近い町、セルエラムを目指す。
だがセルエラムの町に、それを目視出来る距離まで近づいた時、私は同時に奇妙な物を発見した。
遠くに見える大森林に向かって、町からは少し離れた場所にまるで晒す様に地に立てられた、三本の木製の柱。
そしてその全てに人が……、否、恐らくエルフが吊るされている。
私がミルノーシェ領域で初めてみたエルフは、息も絶え絶えで今にも死にそうな状態だった。
どうしてそうなったのか、何故そんな事をする必要があるのかは、あぁ、理解が出来てしまう。
あのエルフ達は恐らく、クォーリアス王国が陥落時、セルエラムの町に居て捕まってしまったエルフ達だ。
あんな風に吊るされてる理由は、色々と考えられるが、大森林のエルフ達に対する挑発だと思う。
もしあの吊るされたエルフ達を救う為、大森林のエルフ達が出てくれば、セルエラムの町に駐留するワルハリア帝国の部隊が迎撃に出て来る。
故に大森林のエルフ達は、仲間の命が削れて行くのを黙って見ているより他にない。
大森林での戦いなら兎も角、そこを出たエルフ達には、人間の軍隊を相手取る力はないから。
死に掛けた仲間を無事に返して欲しければ従属しろ。
従属しないのなら、仲間を見殺しにした後、次は自分の番だと怯えて竦め。
そんな風な意図が、あの光景からは伝わって来た。
……何故だろうか?
私はそれが、妙に癇に障る。
あそこに吊るされたエルフ達は、私とは縁も所縁もない。
ならば私に怒る理由なんてないのだけれど、なのに無性に、無性に、どうにもこうにも腹が立つ。
だったら私は、そう、その時だ。
それまではエルフがどんな存在なのかを観察し、ワルハリア帝国を迂回して進めればそれで良かったのだけれども。
私はその時に、ワルハリア帝国と敵対し、エルフを助けようと心に決めた。
あぁ、多分、きっと、私はあの吊るされたエルフを見て考えてしまったからだ。
もしもあそこに吊るされているのが、私の親しい人、コフィーナの宿の娘、メーレや、傭兵のベーデ、或いは未だ見ぬ私の妹とやらだったなら、私はどんな気分になるのかを。
だから今、私の胸の中に渦巻く感情は、あの光景を作ったワルハリア帝国への嫌悪感だった。
私は徒歩で、吊るされたエルフ達の元へと向かう。
セルエラムの町にある木製の櫓から視線を感じる。
また同時に、大森林からも。
だが私は意に介さない。
恐らくセルエラムの町から私を止める為に兵が出て来るとしても、少しばかりの時はある。
何故なら普通、この光景を見て関わろうとする人間は居ないから。
私の行動は、セルエラムの町に居るワルハリア帝国の兵にとって、予想外の物だろう。
故に兵が出て来るのは、見張りが上司に判断を仰いだ後だ。
或いは兵は出て来ずに、単に矢を射かけて来るだけの場合もあるだろうが、その場合は別に恐れる程の事もない。
日が西に傾き、地を赤く染める中、私は吊るされたエルフ達に問う。
「助けは、要る?」
セルエラムの町が少し騒がしくなり、門が開こうとしている。
私の問いに、驚いた様に吊るされたエルフ達は目を見開く。
あぁ、うん、そりゃあ驚くだろう。
私だって、自分がこんな無謀な行動を取ってる事に驚いてる位だから。
「私は、良い。でも、息子が、ウォローが町に捕まってるんだ。こんな事を見ず知らずの人に、頼めた義理じゃ無い事は、わかってる。でもどうか、どうか、息子を助けて欲しい」
そしてその一人の、見開いた瞳からは、涙の雫が零れ落ちた。
成る程。
それは当然、心配だろう。
その願いは確かに聞き届けた。
セルエラムの町の門は開き、大勢の兵士がこちらに向かって駆けて来る。
だから私は頷く。
「任せて。……でも貴方も逃げなきゃ、子供が悲しむ」
そして引き抜いた短剣を振い、エルフ達が吊るされた縄を切り、彼等を地へと下ろす。
勿論、兵士達が迫る今、縄を切った所で彼等が逃げられよう筈はない。
でもそれは、ここに居るのが私、イオ・アガリスでなければの話だ。
他力本願な話ではあるけれど、私には依頼人から与えられたシステムの力がある。
また大魔術師だって私を見守ってくれてるだろうし、それにもう一人、
「……番犬の召喚」
私を助けてくれる人……、犬?が居る。
ただ少し予想外だったのは、私が呼んで出て来た番犬は、何時もの中型犬の大きさではなく、以前に戦ったガルム虎やガリードボアよりも更に巨体の、三つの頭を持つ魔獣だった。
「「「ゴグァァァァッ!」」」
そして三つの頭が、同時に空や大地がひび割れるんじゃないかと思う様な咆哮を、セルエラムの町から出て来る兵士達に向かって放つ。
正直私も少し驚いた。
けれど驚きは感じても、恐怖を感じなかったのは、出て来た三つ首の魔獣の瞳が、幾度となく私を助けてくれた番犬の物と何一つ変わらなかったから。
そして彼は、咆哮でワルハリア帝国の兵士達を恐慌状態に陥らせた後も消えはせずに、私にその背を見せる。
まるで早く乗れとでも言うかの様に。
「三人とも、今の内に森へ。子供は私が助けるから」
だから私はエルフ達にそう告げて、巨大な番犬の背に飛び乗った。