第三領域と先駆者『ファーストプレイヤー:イオ・アガリス』53
「まず目標を元クォーリアス王国の民が無事に生きていける様にする、及びミラーシュ族のエルフ達が滅ぼされない事と設定した場合、今の段階で選べる選択肢は大きく分けて三つある」
得意気な顔で三本の指を立てる大魔術師、もとい私の先生。
……わかり難いから大魔術師で良いか。
ちゃんと敬い、時折先生と呼べば、大魔術師なら細かい事は然程気にしないだろう。
「一つは、帝国に今の段階で降伏する事だ。だが勘違いはしないで欲しい。取れる手の説明をしているだけで、これが最善だと言う心算は私にも勿論ない」
流石に少し驚くが、私は大魔術師を信じ、黙って頷く。
大魔術師曰く、一度は軍を追い払った事で、ワルハリア帝国としては何としてもこの地を支配せねばならなくなった。
と言うのもワルハリア帝国は多くの占領地を持つ国で、その地に住まう民の不満を力を誇示して抑えているから。
一度でも奪還が成った例が他の占領地に知られれば、帝国の権威は落ち、反乱の火種が燃え上がる可能性がある。
故にワルハリア帝国は、クォーリアス王国の地を再度侵攻し、更にエルフに対しても一定の戦果を挙げて、力を誇示する必要があるそうだ。
しかし、もしも今の段階でクォーリアス王国の民、及びエルフから進んで膝を折ったなら、ワルハリア帝国はそれを受け入れる可能性がある。
何故なら一度刺さった牙が、二度刺さらぬと言う保証が何処にもないから。
一度支配に失敗した以上、二度目の侵攻軍に対して、クォーリアス王国の民は素直に従いはしないだろう。
占領統治は困難で、また再びエルフが強襲して来る事を警戒しながら足場を固め、更に大森林へと攻め込むには、多くの兵士とそれを動かす為の食糧と金が必要になる。
だが仮にクォーリアス王国の民とエルフ達が自ら降伏して来たならば、それだけで充分に面目は立つし、必要な兵士と食料、金が格段に少なくて済むのだ。
勿論降伏の為の交渉は簡単ではないだろうし、クォーリアス王国の地は帝国の一部となり、大森林のエルフはそこを窓口としてワルハリア帝国のみと交易するって位の条件は出す必要があるだろう。
後、当然将軍殺しの犯人である私は、必死で逃げ回らなくてはならなくなる。
でも争いを避け、元クォーリアス王国の民とエルフ達が生きるには、考慮の余地がある選択肢だった。
何せ強欲な悪鬼、地公将軍ザゴーダが居ない今なら、占領された地からの搾取も多少緩やかになる筈だから。
大魔術師が妙にワルハリア帝国に関して詳しい事に驚くが、彼曰く、私が集めた情報を纏めればこの程度の事はわかって当然らしい。
「私はイオ君の味方なので、一つ目は勿論お勧めしない。さて次だが、これはイオ君のみが頑張って今の現状を変える、より正確に言えば、帝国軍を揺るがして動けなくする方法だ」
大魔術師が語る二つ目、私のみが頑張る方法とは、具体的に言えば暗殺だった。
ワルハリア帝国軍の要と言えば三将軍、もとい今は一つ欠けたから天公将軍であるエドリス・ザーベルチア・ダーウィスと、人公将軍であるバローク・ヴィスターだ。
このうち攻めの将であるバローク・ヴィスターを暗殺すれば、守りの将であるエドリスは今の拡大路線を一時捨て、帝国本領と今ある占領地の維持に注力する可能性が高いだろう。
否、支配の困難な占領地の幾つかは、進んで切り離す事さえするかも知れない。
或いは帝国軍でなく、ワルハリア帝国その物の要である皇帝を暗殺すれば、外に兵を向けるどころではない混乱が吹き荒れる。
そうなった場合でも、天公将軍であるエドリスは帝国の安定の為に国内で兵を動かす筈。
要するに私がワルハリア皇帝かバローク・ヴィスターを暗殺出来れば、今の状況は覆せると言う訳だ。
逆に天公将軍であるエドリスを暗殺対象とした場合、頼りとする友人を殺された最高権力者の皇帝が、人公将軍であるバロークと言う剣をどう振うか予測が付かない為、危険が大きい。
私の暗殺は、エドリスが情に流されず帝国の利益と存続の為に動く事を前提として、初めて意味が出る。
「尤も皇帝や人公将軍の暗殺を単独で行うのは、今のイオ君でも僅かに荷が重い。成否は運次第になってしまうね。もう少し成長すれば話は変わるが……、あぁ、忙しかろうがステータス更新はして置き給えよ。今回、君が為した事は割合に大きいよ。さて、故に私が勧めるのは三つ目の方法である、統治と防衛が出来ないなら、出来る相手に任せてしまう事だ」
大魔術師が指をサッと振ると、中空に画像が浮かぶ。
それは私も見る事が出来るマップと同じ物で、今はクォーリアス王国の地が拡大して映し出されていた。
以前にも話したと思うが、クォーリアス王国を取り囲む国は四つ。
一つは大森林だが、これはエルフの領域と言っても過言じゃないから国として扱う。
南のワルハリア帝国は、そもそも敵であるのでクォーリアス王国を任せる訳には行かない。
それは一つ目の案である降伏と同じだ。
東の大森林は、今の段階でも崩壊したクォーリアス王国の体制を支える為に関与してる。
そしてワルハリア帝国が攻めて来たなら、エルフは大森林に籠らなければ抵抗できない。
つまりクォーリアス王国の地は守れない。
北のリザリア国はエルフ達と殆ど同じで、リザリア山脈に籠って戦えばワルハリア帝国にも決して負けないだろうが、クォーリアス王国の地に降りて戦えば勝ち目はない。
なのでやはり防衛を任せる事は出来なかった。
となれば選択肢は一つしかない。
大魔術師は、西のソーンミシア国にクォーリアス王国の地を併合して貰えと言っている。
私は必死に、リザリア山脈を旅する最中に商人から聞いた、ソーンミシア国の情報を思い出す。
この辺り、クォーリアス王国の地にアンデッドが少ない理由が、確かソーンミシア国だった筈。
ここから西に向かえば古バールミュース共和国と言うアンデッドの溢れかえる危険地帯があるのだが、ソーンミシア国が盾になってソレを防いでくれるが故に、クォーリアス王国は弱くとも交易国家として成立していた。
ソーンミシア国は兵は精強で知られるが、国土の広さは並で、決して豊かな国ではない。
しかし危険地帯で盾となってくれるソーンミシア国に、クォーリアス王国は度々支援を行っており、両国の関係は良好だったと聞く。
またクォーリアス王国がある事で集まる商人達が齎す恩恵は、ソーンミシア国にも及んでいた。
……要するにワルハリア帝国がこのままクォーリアス王国を完全に飲み込んでしまう事は、ソーンミシア国にとっては非常に都合が悪い。
だがそれでも両国の争いにソーンミシア国が手出ししなかったのは、一つはあまりにクォーリアス王国の陥落が早く、関与する暇もなかったから。
そしてもう一つは、アンデッドに対する盾であり剣であるソーンミシア軍を、自国が攻められた訳でもないのに、同じ人類に向けて良いのかと言う葛藤があったからだろう。
戦争は大量の死者を、アンデッドを生み出す事に繋がりかねないから。
「故にこの地を併合する事はソーンミシア国にとって大きな利があるし、軍を派遣する大義名分にもなる。攻められるのが自国の領土だったら戦いを躊躇う必要はないからね」
大魔術師の言葉に、私は納得して頷く。
勿論エルフが、元クォーリアス王国の民を通して、ソーンミシア国と交易を行う前提の話ではあるけれど。
そもそも拡張主義を掲げるワルハリア帝国は、いずれはソーンミシア国をも飲み込もうとしただろうから、両国の関係悪化は遅いか早いかの問題だけだ。
但しこの方法を選んだ場合は、
「ほぼ確実に、ワルハリア帝国とソーンミシア国の間に戦争が起きる。そしてそれを勝利させなければ、この地に平穏は訪れない」
そう、戦争が待っている。
統治と防衛をソーンミシア国に任せたとしても、元クォーリアス王国の民も、エルフも、自らの未来を掴む為に戦う必要がある事は変わらなかった。
だったら私は、やはりこのままこの地に留まり、彼等に味方する心算だ。