争い渦巻く第六領域『ファーストプレイヤー:イオ・アガリス』19
瞳に魔力を通して魔力視を発動した私と、百々目鬼はほぼ同時に動いた。
私の振った短剣の刃が百々目鬼の手に、……いや、正しくは彼女の掌に開いた目の視線に受け止められる。
その視線に込められているのは強い魔力。
どうやらあの掌の目は、ゴーラが使った念動力に似た能力を宿すらしい。
まぁ百々目鬼の力は、ゴーラの念動力と違って魔力由来の様だから、魔力視さえ怠らなければ不意を打たれる事はないだろう。
くるりと掌を返して甲を向ける彼女に、私は身を翻して地を転がる。
百々目鬼の手の甲にも、やはり同じ様な目が開き、魔力の籠った視線を放つ。
咄嗟に回避はしたけれど、私の髪を掠めた視線は、ボッと炎を発して髪の一部を焼き切った。
百々目鬼は、名前には鬼と付くけれど、別に鬼の亜種だったり突然変異と言う訳ではない。
彼女が百々目鬼と呼ばれるのは、その腕に様々な能力を持つ目を幾つも備え、更に鬼のような怪力を発するからだ。
掌の目が持つ力は念動力で、甲の目が持つ力は発火。
既に二つの能力が判明したが、着物の袖に隠された手首にも、肘にも、二の腕にも、肩にも、まだまだ沢山の目を持つだろう。
そう、百々目鬼とは、謂わば幾つもの魔眼を自在に操る妖であった。
厄介だ。
私は地を駆け、袖を捲り上げた百々目鬼の肘の目から放たれる視線から逃げる。
幸い、掌も甲も肘も、そこに開いた目を向けるには、その部位をこちらに向ける動作が必要になるから、視線による攻撃の予兆は読み取り易い。
また夜闇の御蔭だろうか、その攻撃はどこまでも届くと言う訳ではなく、視線に込められた魔力が二十メートル程で途切れてしまう。
故に私は無様に逃げ回りながらではあるけれど、何とか百々目鬼の視線を躱し続ける事が可能だった。
尤も逃げてるだけでは勝てないのだが。
傍らの木が一瞬で石と化したので、どうやら肘の目は石化の力を持つらしい。
あぁ、うん、実に厄介だ。
こうして逃げ回るなら兎も角、短剣の届く距離まで近付くならば、間違いなく視線をまともに浴びてしまうだろう。
かと言って弓で遠距離攻撃を行おうにも、相手に発火の視線がある以上、矢を燃やされて無駄にするだけである。
このアルガラード領域に来てから、どうにも弓の出番がない。
近付く為の手も一つだけ思い付いたのだが、果たして本当に可能だろうか。
遠くから、何かを破砕する様な音が聞こえて来る。
それは多分、ゴーラが鵺と戦っている音だろう。
ゴーラだって決して弱くはないのだから、あまり心配し過ぎるのも良くないが、七尾の大虎が何時戦いに参入して来るとも知れないのだから、こちらは早めに片付けて応援に向かいたい。
つまりは、迷ってる暇はあまりなかった。
……よし、やろう。
私は逃げ回っていた足を止めて百々目鬼に向き直り、心を鎮めて短剣を構える。
彼女も急に逃げる事を止めた私に不信感を抱いたのだろう。
明らかに攻撃のチャンスではあったのに、視線を放たずに何時でも攻撃と防御のどちらにも動ける様、掌をこちらに向けて構えた。
一歩前に進む。
今判明してる百々目鬼の視線で、一番危険な物は肘の目から発せられる石化だろう。
念動力は振り切れるし、発火も多分一、二発なら耐え切れる。
けれども木を一瞬で石に変える石化は、まともに喰らえばそれでお終いだ。
こちらからも魔力をぶつけて発動を阻害出来る可能性はあるけれど、自分の命をチップに賭けをして見る気は起きない。
更にもう一歩前へ。
彼女が袖を捲り上げた時、前腕にも目があるのが見えたけれど、まだその力は使っていない。
使い勝手の悪い力なのか、切り札として秘匿しているのかは不明だが、注意を払う必要はある。
勿論視線に魔力を込めて能力を発動させるなら、他の目の視線に対する物と対策は同じになるけれど。
三歩目で、遂に私は百々目鬼に向かって駆け出した。
待ち受ける彼女は掌の目、念動力の魔眼から魔力の籠った視線を放つ。
だが私は駆けながら短剣を振い、放たれた念動力の視線を切る。
あぁ、出来るかも知れないとは思ったが、実際にやってみれば自分の行動に我ながら驚く。
私の短剣が切ったのは、視線に込められた魔力と意思。
それ等をスパリと断たれた百々目鬼は一瞬戸惑い、私はその隙に、今度は身のこなしで視線を切った。
視線を外された彼女は大慌てで私の動きを追うが、視界に映るのと視線を向けるのとでは少しばかり意味が違う。
百々目鬼は私の姿を見てはいるだろう。
けれども視界の端に私を捕らえるのが精一杯で、見えている私の姿に意識を集中、視線に魔力を乗せる暇がない。
そして間近に迫った私は、向けられた視線ごと彼女の腕をザックリと断つ。
百々目鬼の口から溢れ出す悲鳴。
そのまま彼女の死角に潜り込む私の肩を、放たれた雷光が掠めて焼く。
どうやら百々目鬼の肩の魔眼は、雷光を放つ力を持つらしい。
掠めた雷光に焼かれた肌が、熱くて痛い。
だけれど私はその痛みを無視して、まだパチパチと放電している彼女の肩の目に、短剣を突き刺す。
腕に開いた目の数だけ特殊な能力を持つ百々目鬼は、確かに強力な妖だ。
でも強力な妖だからこそ、彼女は戦いで追い詰められた経験があまりないのだろう。
必死に足掻くが、私の攻撃を防ぐ事は叶わない。
恐らく百々目鬼がこれまでに経験して来た戦いは、複数の目の力を使うだけで簡単に片付く物ばかりだった筈。
或いはそれが通用しない相手、例えば七尾の大虎等が相手なら、そもそも戦わない様に従って来たのかも知れない。
つまりは、本当の意味での戦い慣れ、窮地に対して慣れてはいなかったから。
目の大半を潰された百々目鬼は、耐え切れないとばかりに後ろを向いて逃げ出して、不意に現れた巨大な獣にがぶりと食われた。