争い渦巻く第六領域『ファーストプレイヤー:イオ・アガリス』21
攻防を繰り返す。
最初こそ大きな一撃を喰らった物の、私と七尾の大虎の戦いは徐々に互角に近しい形となって行く。
七尾の大虎の動きは確かに早いが、反応速度自体はどうやら私が少しだけ勝る。
サイズが大きく、筋量で圧倒的に勝る分、七尾の大虎は出力が異常に高い。
故に地を蹴り動く速度も当然早く、それは私の様に人の形をした者には、決して付いて行けない動きだろう。
しかし出力が高いからこそ、その動きは単純だった。
だから動きを予測して注視すれば、何とか目だけは付いて行く。
そして見えるならば、ギリギリであっても回避は出来るし、仮に避けれなくてもダメージを抑えれる。
更には反撃だって叶うのだ。
それ故に私は、何とか七尾の大虎と互角の戦いを繰り広げている。
けれども互角の戦いを繰り広げながら悟る事は、やはり私はこの戦いに勝てない事実だった。
私が振るう短剣は、七尾の大虎の身体に幾つも傷を刻んでる。
でも私の攻撃は、一つとして七尾の大虎の身体機能を奪えず、当然だけれど命にだって届かない。
一方私は、流した血の量こそは七尾の大虎よりも少ないが、左腕が上がらないから肩が抜けるか折れるかしていた。
勿論まだまだ動けるし戦えるけれど、この先も私の攻撃は七尾の大虎に決定的な効果を挙げる事はないだろう。
非常に口惜しいが、まず私の短剣では刃の長さが余りに足りない。
仮に短剣の刃を根元まで刺しても、10メートルを越えるサイズの七尾の大虎には、掠り傷にしかならなかった。
攻撃力が余りに足りないのだ。
その攻撃力の不足を補う為に、これまで私は短剣での攻撃に魔術を併用して来たが、魔術の使用にはどうしてもそちらに集中力を割かねばならない。
半分とまでは言わずとも、ほんの一割か二割か。
普段の戦いならば問題にならない程度の事なのだけれど、七尾の大虎の動きに付いて行く為には十割、私の全てを注ぎ込んでギリギリなのだ。
仮に魔術の準備をしながら戦えば、一合か二合を切り結んだだけで、七尾の大虎の爪は私を切り裂いてしまうだろう。
……まぁこのまま打開策なく戦っていても、遠からずそうなってしまうのだけれど。
唯一攻撃が通じそうな急所と言えば、どうやら力の源らしい七尾の大虎の尻尾。
しかし当然ながら七尾の大虎も尻尾に関しては力を巡らせて万全の防御態勢を取っており、とてもじゃないが突破は叶いそうにない。
思えばやはり、ゴーラに尻尾の一本を使って傷を負ったのは、七尾の大虎の大きな油断にして倒せる千載一遇の機会だったのだろう。
ギリギリの戦い自体は楽しいが、先に待つのが確実な破滅と言うのは、あまり嬉しい事じゃなかった。
叶うならば自分の力だけで何とか勝利を掴みたかったが、こうなってはやむを得ない。
ゴーラの事だって心配だ。
あちらの戦いも終わった様だが、彼の気配はその場を動かず弱々しい。
恐らくは何とか勝利を掴んだが、大きな傷を負って一時的に動けなくなったと言う所か。
この弐の島はゴーラにとって完全に敵地と言う訳ではないから、動けなくなる事がそのままイコール死に繋がると言う訳じゃない。
鬼に友好的な妖に発見されれば、手当をして貰えるかも知れないし、そもそも鬼の再生能力と高い体力で、自力で持ち直す可能性だってある。
だがそれも、七尾の大虎がいなければの話だった。
故に私は、切り札の使用を心に決める。
依頼人は多分、私に対して怒るか呆れてしまうだろう。
されど私は、そう、目の前にその手段があるのに、むざむざと七尾の大虎に負けたくはないのだ。
「番犬の召喚」
切り結ぶ七尾の大虎が僅かに離れた好機に、私は番犬を喚ぶ。
今まで、私はこの召喚をずっと切り札として扱って来たが、今回の本命は申し訳ないけれど番犬じゃない。
何時もの、中型犬の姿で現れた番犬は少し呆れた様に、咎める様に私を見る。
察しの良い番犬の事だ。
恐らく私が何をしようとしているか、半ば理解しているのだろう。
「時間稼ぎを、お願い」
けれども番犬は、それでも私の頼みに七尾の大虎へと向き直った。
突如として現れた邪魔者に、七尾の大虎はほんの少し戸惑った様子で数秒だけ攻撃の手を止めたが、何せ番犬の見た目は単なる中型犬だ。
然したる障害にはならないと判断したのか、七本の尻尾から魔力を放ち、巨大な炎の塊を発生させて番犬諸共に私を消し飛ばそうとする。
でもその程度で番犬をどうにか出来る筈がない。
ゴヮゥ!
短い番犬の吠え声に、放たれた炎が霧散した。
更に振り下ろされた七尾の大虎の前脚を、べしっと番犬の前脚が弾く。
互いの体格差からすれば冗談の様な光景だけれど、番犬がする事ならばそれも不思議と納得が出来てしまう。
もしも番犬が戦う気になったなら、恐らく七尾の大虎には勝ち目なんて欠片もない。
依頼人は勿論、番犬も大魔術師も、そう言った次元の違う存在だ。
しかし番犬の役割はあくまで召喚されてから暫くの間、私を守ってくれる事。
吠え声で威嚇するのも、その為の手段の一つに過ぎない。
要するに敵を倒したければ、私自身の手で行う必要がある。
だから幾ら番犬が頼もしくても、それに甘えてのんびりと観戦してる余裕は私にはなかった。
私は自分の左胸、心臓の位置に右手を当てる。
番犬が稼いでくれてるこの時間を使って、私は切り札を使う。
「捧げ物」
そう、言葉を発した。
『捧げ物:―
分類:―
価値:―
エラー
捧げ物が選択されていません』
私の言葉に、システムがエラーを吐く。
当たり前だ。
今の私は、捧げ物と出来る物を何一つ持っていない。
百々目鬼を狩れていたなら上級の妖の核が手に入ったが、七尾の大虎に横取りされてしまったから。
「捧げ物」
私は再びそう言って、システムはやはりエラーを吐く。
システムの力は戦いに勝ったり、名声を得たり、多くの人里に辿り着いたり等と様々な行動が評価を受け、強化される。
でもその中でも二つだけ、明らかに特別視されている物があった。
「捧げ物」
エラー。
それが情報の入手と、価値ある品の捧げ物だ。
私がアルガラード領域に移動した際、ミルノーシェ領域で得たシステムの力は一旦リセットされたけれども、情報と捧げ物だけは再評価を受けて加算された。
きっとこれはアルガラード領域を踏破し、更に別の領域に行ったとしても、ミルノーシェ領域で得た情報と捧げ物の評価は受け継ぐだろう。
恐らく実際に依頼人の益となっているのは、この二つのみだから。
私が多くの人から信頼されても、英雄を討ち取ったり戦争で勝利しても、そりゃあ依頼人に利益は発生しない。
捧げ物と言葉を発し、エラーが吐かれる事を幾度となく繰り返す。
情報が依頼人の益になるのは当然だ。
そもそもアガリスが領域を探索するのは、依頼人に情報を届ける為である。
では一体、もう一つの益、捧げ物とは何なのだろうか?
私はその捧げ物と言う言葉を、システムに関わらぬ別の場所で耳にした。
ミルノーシェ領域、グリフォード王国の首都ピューサにて、夜の教団と呼ばれる連中は悪魔と契約し、ランフォード侯爵家の令嬢であるセリスを捧げ物にしようと狙った。
魔術の中でも異端中の異端、悪魔召喚と言う手段で呼び出した悪魔に。
その件に関わった時、私は思ったのだ。
依頼人も番犬も大魔術師も、正体は悪魔なんじゃないだろうかと。
そして同時にこうも思った。
何時か叶うなら、私は彼等を悪魔召喚で呼び出してみたいと。
そう、私の切り札は、その悪魔召喚だ。
繰り返すエラーにシステムの管理者、つまり依頼人はきっとそろそろ気付いただろう。
今の私は、肉体すら依頼人から与えられた、アルガラード領域で活動する為の物だ。
弓も短剣も、価値ある持ち物は全て同じく。
でも唯一つだけ、魂だけはその所有権が、間違いなく私にある。
仮に私がアルガラード領域に来ず、ミルノーシェ領域に留まり続けて人として死んだ場合も、その魂は輪廻に乗って転生すると依頼人は言っていた。
この魂は依頼人が消滅より救ってくれた物だけれど、彼はその所有権を握って私を支配しなかった。
故に私はこう言うのだ。
「私の魂が捧げ物。出でよ依頼人。出でよ悪魔。そして願いを叶える力、勝利の力を私に」
その言葉を口にした瞬間、私の視界は真っ白に染まる。