第十七話 砂の祈り
――静寂のあと、世界がひっくり返った。
リオの足元が崩れ、砂の床が波打つように沈む。
「下がれ、リオ!」
アデルの声が飛んだ。次の瞬間、地面の亀裂から光が噴き出す。
迷宮の中心部。
そこに、巨大な装置があった。
半分は砂に埋もれ、もう半分は空へと伸びている。
管と円環が絡み合い、中央の水晶体が脈動していた。
それが――記録世界プログラムの中枢。
アデルが息をのむ。
「これが……“記録を書き換える装置”」
「つまり、カシウスの――」
リオの言葉を遮るように、声が響いた。
「――ああ、私の創造物だ」
風が渦を巻く。
闇の中から、黒い外套の男が歩み出る。
白い髪。冷たい瞳。
彼――カシウスは、砂を踏みしめながら微笑んだ。
「カシウス!!」
「リオ・アーデン。君はまだ理解していないようだな。
この装置は“世界を壊すため”ではない。
壊れた世界を、元に戻すための記録だ」
アデルが剣を抜く。「詭弁ね。あなたがやっているのは改竄よ」
「改竄?」カシウスの唇が笑みに歪む。
「いや、再生だ。亡くしたものを取り戻す。それの何が悪い?」
リオの脳裏に、姉ユナの姿がよぎる。
「……まさか、ユナも……」
「彼女の意識は、もう“書き換え領域”の中だ。
だが安心しろ、すぐに“完成体”として蘇る」
アデルが低く呟く。「ユナを実験体に……」
カシウスは軽く手を掲げた。
砂が螺旋を描き、周囲の亡霊たちが形を成す。
「彼らも同じだ。死んだ者の記録を再構築し、“理想の形”へと導く」
砂の亡霊が一体、二体と立ち上がり――やがて五体。
それは、行方不明になっていた市民たちの姿だった。
首筋には、あの痣。
「やめろ!」リオが叫んだ。
だが、亡霊たちの体は淡く光り、次の瞬間――消えた。
*
現実世界。
雲賀家の部屋のモニターに、突然エラー表示が現れる。
木崎が身を乗り出した。
「おい、これは……転移ログだ。データが“こちら”に来てる!」
ハレルはネックレスを握りしめた。
画面には、人のシルエットが浮かび上がっている。
「これは……人間のデータ? いや――」
床が微かに震えた。
青白い光が、足元からじわりと広がっていく。
そこに、人影が倒れていた。
砂まみれの遺体。首筋に、黒い痣。
サキが悲鳴を上げた。
「お兄ちゃん、なに、これ……!」
木崎が急いで布をかける。
「リオたちがいた場所から……転移してきたんだ」
「つまり、現実と異世界の境界が――繋がった……」
ネックレスが激しく光を放つ。
《ハレル。装置が干渉している。反記録を上書きされる前に、再起動して!》
セラの声が強く響く。
「でも、このままじゃ世界が――!」
《大丈夫。私が“橋”になる。あなたは、押すだけでいい》
ハレルは唇を噛んだ。
「……わかった」 木崎が頷く。「行け。お前がやらなきゃ、誰もやれねぇ」
ハレルはキーボードに手を置いた。
「反記録プログラム、再起動!」
モニターが光を弾けさせる。
同時に、遺体の上に浮かんだ砂粒が天井へ舞い上がった。
セラの声が微かに笑う。
《ありがとう、ハレル。これで――つながった》
*
砂の迷宮。
光が爆ぜ、リオとアデルの前に白い扉が現れた。
「……あれは?」
アデルが目を見開く。「境界の“反記録ゲート”――ハレルたちが動かしたのね!」
カシウスが眉をひそめた。
「もしや!アルディア、あいつめ」
「ふん、邪魔をするか」
掌を上げると、砂の亡霊たちが再び現れる。
「こいつらはもう“消えた者”だ。現実に戻すことなど、できはしない!」
リオは叫んだ。
「嘘だ! 俺は、姉さんを取り戻す!」
腕輪が光り、観測鍵の欠片が鳴動する。
リオとカシウスの間に、青と赤の光が交錯した。
アデルが剣を構え、捕縛の光陣を展開する。
「カシウス――あなたを止める!」
――その瞬間、世界が二つに裂けた。
現実と異世界の“境界”が、光の縫い目として走り、二つの世界をつなぎはじめる。
カシウスの声が遠くで響いた。
「面白い……ならば見せてやろう、“理想の記録”を!」
迷宮全体が、轟音とともに崩れ落ちる。
光と砂が混ざり、境界がゆっくりと開いていく。
リオはその光の中で叫んだ。
「ハレル! 聞こえるか! ここで――終わらせる!」
ハレルの声が微かに返る。
「分かった。……一緒に、記録を取り戻すんだ!」
そして、光が二人を包み込んだ。
――現実と異世界の境界は、完全に繋がり始めていた。
第二章、砂の迷宮事件――クライマックスへ。