紹介状をお願いします
翌朝。
レイはいつものように朝早くに目覚め、家のことを熟し、身支度を整えるとアーブに乗って街へと向かった。
今日は水曜日。
弁当屋は十一時開店だ。
なので本当ならばもっと遅めの出勤でもいいのだが、フランクやジェドから奴隷の情報を貰いギルド長に相談したくなったレイは、月曜と同じ早い時間に家を出た。
「よう、坊主、今朝も早いな。仕事頑張ってるじゃないか」
顔見知りとなった門兵のおじさんに声を掛けられてレイは笑顔で頷く。
「うん、貧乏暇なしだからね、一生懸命働かないと」
「び、貧乏……だと?」
「ん?」
レイにはじっちゃんが残してくれた遺産もあるし、自立のためお弁当屋を始めたし、それなりに収入はある。
それにこのルオーテの街ではお金の使い道がない為、レイは意外とお金持ちなのだ。
軽口の延長で貧乏だと名乗り出たレイを見て、門兵のおじさんはショックを受けた顔をする。
レイ的には前世の商人の挨拶、儲かりまっか、ぼちぼちでんな、みたいなつうかあな挨拶をしたつもりなのだが、どうやらそれは伝わらなかったらしい。
(こいつ貧乏だから朝早くから働いていたのか! なんて健気な坊主なんだ!)
レイの言葉で完璧に勘違いをした門兵のおじさんは、同情するような瞳を向け「これでも食べな」と言って柿っぽい果物をくれた。
理由が分からないレイは何故だろうと考えて行きつく。
そうかきっとレイが可愛いからだろうと、勝手に解釈した。
「お兄さん有難うねー」
「おう、頑張れよ!」
この後門兵のおじさんたちから入場門を通るたびレイは何かしらおやつをもらうことになるのだが、その理由がこの日の挨拶だとは気づかないレイだった。
「エイリーンさん、おはようございます」
「あら、レイくん、早いわね、今日のアレは十一時からでしょう?」
アレという部分を小声にし、エイリーンが声を掛けてきた。
どうやら弁当屋が十一時開店であることは秘密にしたいらしい。ギルフォードのインフルエンサー度を考えると無理だと思う。
できればさっさとお弁当を売切ってしまいたいレイとしては、冒険者ギルド員の仕事として、もっとお弁当屋を宣伝して下さいと言いたいところである。
もちろんそんなことは口にはしない。
何故ならエイリーンの近くにいる受付嬢たちが皆頷いているからだ。
(この人たちが買ってくれるならお弁当はすぐにさばけそうだよねー)
優良株な顧客に対し、余計なことを言うわけがない。
そこは元大人、空気を読めるレイだった。
「あの、ギルド長にちょっと相談したいことがあるのですが、今日って面談していただける時間はありますか?」
「え? ええ、レイ君の相談ならすぐに聞いてくれると思うけれど、どうしたの?」
新人冒険者の相談もすぐに聞いてくれるだなんて、働かせ方はともかく、エドガーは素晴らしいギルド長だなとレイは感心する。
でもエイリーンの口ぶりだとそれはレイ限定なのかもしれない。
そうなるとS級冒険者のじっちゃんのお陰ということなのか。
もしかしたらエドガーはあの見た目でありながら長い物には巻かれるタイプなのかもしれないと思うと、ちょっとだけまたエドガーへの評価が下がったレイだった。
「えっと実は昨日の依頼の件で……」
「ああ、マルシャ食堂さんの? もしかして何か分からないことでもあったのかしら?」
まだ依頼達成票を出していないからか、エイリーンが心配げにレイを見つめる。
その目を見てハッと気づく、そうだエイリーンさんは甘いものが好きだった。
ならばとレイはこっそり空間庫からアイスを取りだし、エイリーンに渡した。
「エイリーンさん、お仕事中にごめんなさい、これを食べてちょっとアドバイスが欲しいのですけど」
「アドバイスって助言のことかしら? いいわよ、これはレイ君の作ったお菓子でしょう? だったらなんだって食べるわよ、任せておいて!」
「……」
レイにはない女性らしい部分を強調させながらエイリーンが危険な言葉を吐く。
信頼してくれるのは嬉しいが、何でも食べると言われると心配になってしまう。
この街の汚さを学んだレイとしては、もっと食の安全に対し危機感を持って欲しいと思ってしまうが、今はそれよりもアイスだ。
溶ける前にどうぞとレイは勧めた。
「ーーっ! 何これ、なにこれ、なんなのよ!」
お口に合わなかったのか、エイリーンはアイスを一口食べると怒鳴りながらフルフルと震えだした。
レイ的には美味しく作れたと思ったのだけれど、この世界の女性にはなじみがなかったようだ。
だとしたらフランクさんには違うものを勧めた方が良いのかなぁ……とアイスを諦めかけたその時、エイリーンの手がレイの手をギュッと掴んだ。
「レイ君、これ、どこで買えるの? もっと大量に欲しいのだけど……」
「た、大量?」
エイリーンの目が怖い。
レイは蛇に睨まれる蛙になった気がした。
「えっと……このアイスは、マルシャ食堂でこれから売り出したいと思っていて……」
「そうなの、そうなのね、分かったわ、これはこれから売り出す物なのね! 私、このアイスの為ならなんでも協力するから、マルシャ食堂さんで売り出すときは一番に教えてね!」
「は、はい……分かりました」
レイは大型の魔獣とも戦ったことがあるし、じっちゃんとの本気の訓練もこなしてきたけれど、アイスを前に薬物中毒のような症状となったエイリーンは物凄く怖かった。
生きた心地がしないというのはきっとこういうことを言うのだろう。
レイは大人な女性の怖さを学び、こうはなりたくないとも密かに思ったのだった。
「ギルド長、レイ君が相談があるそうです」
「お? おお、レイか、どうした? ギルフォードが居なくて寂しいのか?」
あり得ないギルド長の言葉に首を振りながら、レイは勧められた席へと腰を下ろす。
「レイ君、お茶をすぐに持ってくるから待っててね」
エイリーンがウィンクをしながら部屋を出ていった。
扉を閉める際鼻歌がきこえた気がしたがレイは振り向かなかった。
どうやらアイスのお陰でエイリーンのご機嫌はとってもいいらしい。
だからだろうギルド長への面談もすぐに組んでもらえた。
やっぱり異世界では賄賂は大事なのだとあらぬ誤解を学んだレイは、今後も貢物を持ってこようと心に誓う。
女性のご機嫌取り程大事な物はないことをレイはよく知っているのだ。
「あー、レイ、それで相談があるとか……何があったのか言ってもらえるか?」
なんだかちょっと挙動不審な様子のギルド長。
レイを見ているようで目が泳いでいる。隠し事でもしているかのようだ。
もしかして大事な仕事の最中だったのかな? タイミングが悪かったのかも?
そう思ったが、レイは明日には奴隷屋に行く予定だ。前世のような気遣いは心の中に押し込め、遠慮なくお願いをすることにした。
「えっと、昨日初めて依頼を受けたんですけど」
「レイが依頼を……? ギルフォードが居ないのにか?」
ギルフォードがいないと依頼を受けてはいけなかったのか?
エイリーンは何も言っていなかったけれど?
エドガーの突っ込みにそんな思いが浮かんだけれど、冒険者の規定には引っ掛かってはいないはずなので流す。それよりも奴隷屋への紹介状が欲しい。それだった。
「はい、その依頼の結果、依頼主と奴隷屋に行きたいと思っていて、紹介状って用意してもらうことは出来るでしょうか?」
「なんだ、そんな事か……」
ふーっと安心したように息を吐くギルド長。
一体何を想像したのかは分からないが、奴隷屋への紹介状は貰えるらしい。
そのことにホッとする。
「おい、エイリーン」
「はい、何でしょうか」
お茶を持ったエイリーンがやって来て、笑顔でレイの前にお茶を置いてくれる。
アイスの効力は物凄かったらしく、先ほどと変わらずご機嫌な様子で、お茶には茶菓子もついていた。有り難い事だ。
新人冒険者に対しての対応としては厚すぎるが嫌ではない。
貰えるものは貰っておこう。
レイは頂きますと言いながら心の声に頷いた。
「エイリーン、悪いがレイに奴隷屋への紹介状を準備してやってくれ」
「畏まりました。レイ君、奴隷屋に行くの? レイ君が購入するわけではないのよね?」
エイリーンの問いかけにレイは子供らしくうんと頷く。
「はい、マルシャ食堂の店主さんの付き添いです」
「そうなのね、分かったわ。マルシャ食堂さんなら本当は商業ギルドで作成してもらう方が良いけれど、こちらに依頼も出ていることだし、準備しておくから銀貨一枚かかるとマルシャ食堂さんに伝えてもらえるかしら」
「銀貨一枚ですか?」
「ええ、登録しているギルドだったらもう少し安いけれど、マルシャ食堂さんはウチで用意した方が良いでしょうね、色々とあるようだし」
「はい、お願いします」
流石出来る受付嬢、エイリーンだ。
フランクさんの今の現状も把握しているらしく、冒険者ギルドで奴隷屋への紹介状を準備すると請け負ってくれた。
まあ、土地と店持ちのマルシャ食堂なので許可が降りるのも早いのだろう。
お金が何もない冒険者がいきなり紹介状を書けと言っても用意はしてもらえない。
銀貨一枚かかる値段がそれを表している気がした。
「エイリーンさん、明日の朝いちばんでフランクさんと紹介状を受け取りに来ますので、どうかよろしくお願いします。あ、フランクさんが作った例のアレ、アイスもその時持ってきますね」
ここでも賄賂は必要だと思いアイスの声掛けをしたのだが、効果はてきめん! 「任せて!」と張り切るエイリーンの顔は蕩けたアイスクリームのようだった。
ただし 「アイスってなんだ?」 とぼそりと呟いたエドガーの言葉は、レイにもエイリーンにも聞こえないようだった。
こんにちは、夢子です。
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誤字脱字報告も有難うございます。
門兵のおじさんは一応三十代です。