どちら様?
昨夜、この国の第一王子であり、ギルフォードの兄であるジェラルドの側近タロイの突然の訪問で、ダンジョンに潜ることを諦めたギルフォードたちは、朝からレイの家へと向かっていた。
愛馬に乗り、スピアの森を走る。
その間もギルフォードの頭の中は「レイにどう伝えようか」とそれで一杯だった。
「なあ、ケン、タロイさん元気になって良かったよなー、来た時スゲー顔色悪かったし」
「ああ、朝食もしっかり食べていたし、馬も回復していた。きっと無事に王都に着くはずだよ。レイの作ったお弁当も持たせたしね」
「ああ、そうだな」
「……」
アーブに乗るケンとカークの会話を聞きながら、ギルフォード、メイソン、ゾーイは苦笑いを浮かべる。
昨夜久しぶりに会ったタロイは馬を飛ばしてきた影響と、王子の命が掛かる重要案件を抱えている影響で、もの凄く疲れていて、十歳ぐらい老いているように見えた。
だがケンが作った食事を摂り、レイの作った入浴剤とかいうものが入った風呂へと入れば、タロイは見る見るうちに回復し、来た時とは別人のように若返り、ギルフォードの知るタロイらしい姿となっていた。
そしてタロイの馬も、乗り潰してしまったかもしれないと心配するタロイの考えを嘲笑うかのように回復し、艶々ピカピカな姿を披露してタロイを驚かせていた。
カーク的には「人参を食べさせただけ」と気軽な様子で言っていたが、レイの作った人参をという部分を抜かしている。
愛し子が作る野菜や果物だからこそこれほどの回復を見せている訳で、だからこそ改めて愛し子の存在に対し怖さもあった。
人でありながら、神に近い存在である愛し子。
彼女の存在が世間に知られれば狙われるのは当然で、親心としては森の中でひっそりと静かに生活していて欲しいと思うし、それがレイにとっては幸せだと分かっていながらも、ジェフリーの呪いを解いて欲しいと願ってしまう自分の心に、ギルフォードは罪悪感を感じていた。
「ギャーハハハハハー!」
「ヒー、ニヒヒヒー!」
レイの家が見えてくると、成人男性の声だと思われる悲鳴のような、笑い声のような気持ち悪い声が聞こえてきた。
もしかしてレイに何かあったのか?
それともドルフと喧嘩でもして土の中にでも埋めているのだろうか?
そんな考えはギルフォードだけでなく他の皆も同じだったようで、皆の顔が一瞬で緊張したものに変わる。
「レイとドルフさんに何かあったかもしれない! 皆、急ぐよ!」
「「「はい!」」」
不安に駆られたギルフォードたちは馬を走らせ急ぎだす。
レイの家に付き、普段ならば庭に入れば馬から降りるところだが、そのまま駆け込んで行った。
「レイ、ドルフさん!」
名を呼び庭の人陰に声を掛ける。
するとそこには魔王のように胸を張り「さあ、吐け、吐くのだー! はーはっはっはっ」と高笑いするレイと、それを鬼のような顔で見守るドルフの姿があった。
「レ、レイ? ドルフさん?」
何かあったんだよね? いや遊んでる? と、ちょっとだけ不安になりながら、馬から飛び降りたギルフォードは二人にもう一度声を掛けた。
「あれ? ギルフォードさん、お帰りー? ってダンジョンは?」
のほほんと返事を返すレイを見てギルフォードの力が抜ける。
けれどそんなレイの前には草で縛り上げられた二つの人間だと思われる物体があり、ドルフの厳しい視線がそちらに向いている。
なのでその転がっている彼、もしくは彼女らが、レイの庭への侵入者だと分かった。
「……えっと、ドルフさん、これは、どういうことなのかな?」
苦笑いのギルフォードをちらりと見ると侵入者に視線を戻し硬い顔のままドルフが答える。
「ああ、こいつらがレイの家の庭に勝手に入ったみたいでよー、朝起きたら庭にこの状態で転がってたんだよ」
「……」
妖精の仕業だろうとドルフがコッソリと呟く。
レイに害をなすものは処分する。
妖精や精霊はお気に入りの者だけが特別だという。
それ以外は石ころ同然。
彼らがどうなろうと妖精や精霊は何とも思わない。
「……あの、もしかして……貴方たちは、ゼダとゴウではないですか?」
「えっ?」
ゾーイの問いかけにギルフォードとメイソンの視線が草の蔓の塊へと向く。
顔も体も良く分からないが、ゾーイはそのほかのギリギリ見えている耳や顎などで彼らをゼダとゴウだと判断したらしい。
昨夜タロイがギルフォードの家に尋ねて来たからピンときたというのもあるだろう。
なにせ彼らはタロイの部下。
ゾーイと同じ諜報を担う家の出身者なのだ。
「「ふん、ふふん、ふんっ!」」
「……」
草団子な彼らも「そうだ!」と言うかのように、どうにか体をひねりうんうんと頷いているようにも見える。
「えっ?! この人たちって、ゾーイさんのお友達なの?!」
ゾーイの言葉を聞いて今度はレイが慌てだす。
やっちまった? とその顔に焦りが浮かぶ。
「はい、多分ですが……」
「うわっ、マジかー、ごめんねー」
侵入者相手に魔王ごっこをしていたらしく、ドルフは魔王の右腕役だったらしい。
ごっこという割には本気で痛い目に合わせていそうで心配だが、くすぐって遊んでいただけと言うので抹殺する気はなかっただろうと信じたかった。
「えっと、じゃあ、中でお茶でも?」
草の蔓を魔法で解いて上げたレイが、ゼダとゴウに笑顔を向けそう声を掛ける。
だが二人は申し訳なさそうに下を向き、黙ったままだ。
きっと秘密裏に愛し子を護れとでも言われていたのだろう。
それが初日に見つかったのだ、それも愛し子本人に。
諜報員としてのプライドもボロボロだろうし、タロイにどう報告していいかと悩んでいるのも分かる。
だけどレイ相手に普通は通用しない。
ここのところS級冒険者の凄さを実感するばかりだったギルフォードは、彼らの気持ちが良ーく分かっていた。
「ほら、二人とも、レイの好意に甘えよう。タロイには僕から話すから大丈夫だよ」
ゼダとゴウの肩をポンッと叩きギルフォードは笑顔を向け安心させた。
ただし、暫く風呂にも入っていない二人をレイがすんなり家に入れるはずもなく「二人とも凄く臭いからまずはお風呂に入って!」と言われゼダとゴウは違う意味でもショックを受けるのだが、魔獣の糞臭いと言われた過去が蘇ったギルフォードは、そこは励ますことは出来なかった。
「えー、じゃあ、二人は、えっと、ゼダさんとゴウさんは、ゾーイさんのお兄さんの部下さんなんですね?」
「はい、そうです……」
「ご迷惑をお掛けいたしました……」
お風呂に入りホカホカになった二人は、レイが出してくれた朝食を摂りつつ、レイに自己紹介を始めた。
本当ならば諜報員の二人が誰かにその名を伝える時は、死ぬかどうかぐらいの最悪な時なのだが、愛し子相手にそれは無理だと、朝から揶揄われいじめられた二人は悟ったらしい。
あきらめの境地に落ちたともいえる。
「でもなんでウチに? もしかしてゾーイさんに会いに来た、とか?」
「いえ、あの……」
「我々はその……」
チラリと二人の視線がギルフォードへと向く。
どう答えていいのか困っているようだ。
ギルフォードは苦笑いを浮かべながらレイにすべてを話すことを決めた。
「レイ、実はね……彼らは王家の諜報員なんだ」
「諜報員? ってじゃあ忍者?! えっ、ゼダさんとゴウさんは忍者なの?」
「「に、にんじゃ?」」
ゼダとゴウへ向けられるレイの視線がキラキラしたものに変わる。
カッコイイ、スゲー、尊敬する! とそんな視線と呟きが聞こえ、ゼダとゴウは戸惑いを隠しきれない。
「えっと、レイ? にんじゃ? じゃなくて、王家の諜報員でね……」
「はい、スパイってことですよね? 映画とかよく見てたんで、じゃなくって、じっちゃんから色々話を聞いてたんで、すっごい仕事だって知ってますよ! キャー、行く先々で綺麗な女性と出会ったりしちゃうんですかねー」
「「……」」
ゼダとゴウもギルフォードだって驚いている。
(S級冒険者よ、レイに何を教えているんですか……ご存命の時はレイは今より子供でしたよね?)
残念なことに、ロビン・アルクからの影響なのか教育なのか、レイはA級冒険者のギルフォードよりもゼダとゴウの方が憧れる存在のようで、指導係としてのギルフォードのプライドにちょっとだけヒビが入った心境だった。
「ふわぁー、凄い、凄い、ものほんに会えるなんて、信じられない! ねえ、ゼダさん、ゴウさん、今日はウチ泊まっていって夜通し話をしましょうよ。私ずーっと忍者に憧れてたんです。時代物とかも結構読んでて暗器なんかにも詳しかったりするんですよー」
「「……」」
ニシシと笑い、レイは今日会ったばかりのゼダとゴウを家に泊れと誘う。
ギルフォードが初めてレイの家に泊まりたいと言った時はあんなに嫌な顔をしていたのに……
とどうしても心狭き指導係は自分の時と比べてしまう。
「ねえ、レイ、あのね、二人は王家の諜報員なんだよ?」
「はい、だから凄いねって話ですよね? うんうん、分かりますよ!」
頬を染め、興奮した様子のレイは可愛いけれど、ギルフォードはちょっとだけムッとする。
A級冒険者の自分にはそんな顔を向けないのに! と、小さなプライドが燻ってしまう。
「違うよ、彼らが来たのは僕がこの国の王子だからなんだよ、彼らは僕がこの街にいるから送り込まれたんだよ! 分かってる?」
思わず王子であることを口走ってしまったギルフォードは自分の失言にハッとする。
王子と知ってレイが自分と距離を置くようになったら……
嫌われたらどうしようと心配をしていたはずなのに……
焦るギルフォードの前、案の定レイは感情のないスンとした表情を浮かべた。
「えっと、知ってますけど……」
「えっ?」
「だから、ギルフォードさんが王子様だって前から知ってますけど?」
「えっ?」
あの子たちからギルフォードには王家の血が流れていると聞いていたため、レイはギルフォードの告白にも驚かなかった。
「それに、そんなキラキラした顔、王子様としか考えられないでしょう?」
「えっ?」
「まあ、王子様だろうが何だろうがギルフォードさんは私にとって甘えん坊なお兄さんで、大事な指導係で、尊敬できる冒険者の先輩ですけどねー」
「……」
レイの突然な誉め言葉に、ギルフォードは力が抜けがっくりと膝をついたのだった。
こんにちは夢子です。
今日もよろしくお願いします。
ゼダ、ゴウは二十代です。ギルとゾーイより年上、メイソンより下って感じです。W
(これもいらない情報)