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痞えの少女と終わりの旅 - 2章-4 朝霧の口付け
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痞えの少女と終わりの旅  作者: KC
第2章 フローマと銀の手の巫女
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2章-4 朝霧の口付け

 唯一の年長者は常に針の(むしろ)だったのだが、どうしても払拭しきれない疑問が一つだけあり、懊悩(おうのう)としていた。


 それはこのジゼルという少女が、何故そこまで自分に対して恩義を感じているのかという事。


 結果として大きく救われたのは、ロレアという奇蹟の巫女ではなかったか。


 ただの友人という割に感情移入し過ぎているし、親類か何かにしても、まるで自身に振って湧いた事のような入れ込み具合で、何かがおかしい。


 眼前のジゼルという女性と、当時の幼子だったロレアの事件とが、どうしても記憶の中で上手く結び付かないでいた。



(そういえばあの時の子は、不思議な髪の色をしていたな――)


 当時咄嗟に抱え込んでしまったロレアという幼子は、ひょっとして亜人か魔物の子ではと、無意識に警戒した事を思い出す。


 当時遥々(はるばる)オルティアまでやって来たのは初めての事で、到着して間もなかった事もあり、この国にはこうした人種も居るのだろうか位にしか考えていなかったけれど。


 二度目の来訪を(もっ)てして、そんな人種など居ないと断言出来た。



(――竜髄症の件もある。銀の手か……伝手(つて)を作っておいて損はないな)


 消え切らない焚き火のように、逸話の余韻に(くすぶ)り続けていた二人に向け、柄にもなく少し打算的に切り出してみる。


「……君にとって、ロレアとは一体どんな間柄なんだ?」



「……?」


 不意に問いを投げ掛けられた銀色の少女は、きょとんとして彼の方に居直り、ふと何かに思い至る。



「――ああ、そういえばそうでした。私ったら、うっかりしちゃってて……私が、その……ロレアで。僭越ながら〝銀の手の巫女〟と皆様にお呼びいただいています」


 彼女はするりとウィッグを外し、本来の髪色を見せ付ける。


 〝聖女〟という綽名(あだな)の方は、気後れしたのでこっそり割愛しておいた。



 あんなにも恋い焦がれていた、憧れていた人だから。


 その想像とはちょっとばかり、いや、かなり違ってはいたのだけれど。


 それでもきっと、絶対に悪党じゃないと言い切れるこの恩人に対し、もう何か隠し立てしておく必要など無かった。



 レルゼアは内心酷く驚きながら、彼女の爪先から頭の天辺(てっぺん)まで何度か見直していると、小さな聖女は恥ずかしそうに肩を(すく)め、身動(みじろ)ぎしていた。


 そんな二人を黙ったまま澄まし顔で観察していたリテュエッタは、先程より一層半目になると、彼女なりに極致の圧力を送り付ける。



「……まさか、ホントに気付いてなかったんですか? 時々主語が変わってましたし、こんなにも素敵な想いを真っ直ぐぶつけられて、その当の御本人さんが気付いてなかったなんて……ああ、何て可哀想なロレアさん……不憫過ぎて、見ているこっちまで胸が痛いです……」


 まさかまさか。そんな事有り得ないですよね? とばかりに、大袈裟なくらいに首を横に振って見せると、ロレアは隠していた自分が悪いだけですから、と遠慮がちに事を収めていた。



 自身は果たして今晩だけで何回、リテュエッタに失望されたのだろうか。


 確かに時折文脈のおかしさには気が付いていたものの、それは彼女が錯乱しているからだとばかり思い込んでいた。


 加えてまさか今日中に舞い戻って来るなど考えもしなかった事については、流石に尋常ならざる何かを察知し、固く口を(つぐ)んでおく事にした。



 実際ロレアの方がリテュエッタより一つだけ歳が上だったが、先程来何かあるとぐずぐずと泣きじゃくっていた彼女に対し、隣に座って優しく見守り、こうして憎まれ役まで買って出るリテュエッタは、最後の最後まで面倒見の良いお姉さんという印象だった。


 きっと姉のミレイユがこんな風に接してくれていたからこそ、自然に出来た所作なのであろう。



「――――とにかく、本当に……本当にありがとうございました。私は、貴方に救われたんです」


 静かに、そして深々と、世界にたった一人だけの温かい髪色の(こうべ)を垂れる。



「ずっと……ずっと、お礼が言いたかった…………」


 ようやく顔を上げたロレアは、再び目尻に涙を浮かべ、正に聖女と違わぬ哀婉(あいえん)な微笑みを浮かべていた。


 彼女のそれは、長年言いたくても言えず、日々浮かんでは消えていたけれど、ようやくその行く先を見付けた、心からのお礼だった。


 奇しくも日中リテュエッタが衝動的に述べた離別の言葉と似通ってしまったが、隣の本人もどうやらそれに気付いてしまったようで、ほんの少し気不味そうな様子で俯いていた。



「…………っと、そろそろお開きかな」


 ぱんぱん、と(わざ)とらしく長いエプロンスカートの端を両手で(はた)きながら、竜髄症の少女がさっと立ち上がる。


「明日も朝から大神殿でのお仕事だよね? もう随分遅くなっちゃったし、そろそろ戻らなくて大丈夫??」



「実はその事なんですが……一旦馬車を返してしまっておりまして。深夜の大聖堂への出入りは、見張りが厳しくって」


 彼女は(いたずら)に笑ってみせる。



「〝ジゼル〟としてこっそり出てきちゃったから、明日の朝、日の出の頃にまた迎えに来ていただく事になってるんです」


 要約すると、泊めて欲しいということなんだろう。



「じゃあ、今日はこの部屋に……?」


 リテュエッタが最低限の言葉でその意思を確認する。


 無論、この部屋にある真っ当な寝床は、ベッドが二つだけ。



「最悪、宿の方にお願いして、別の空いたお部屋にとも思っておりましたが……」


 立場的にも、性格的にも、常日頃から金品を持ち歩くようにはとても見えない。


 その照れた顔色から察するに、大聖堂関係者として、最悪一泊くらいの付け払いならと踏んでいたに違いない。


 レルゼアがまだ当の恩人とは知らず、更に不詳の同行者が居ると分かっていて、あんな短時間によく単身乗り込む決意を固めたものだと、リテュエッタは改めてその熱意に感心し切っていた。



「ロレアさんって結構大胆で、凄く勇気ありますね……」


 半ば呆れたように、意図せず苦笑が(こぼ)れる。



 心から憧れ、追い求め、それだけ人知れず強く()(そう)し続けていたという事なんだろう。


 何だかちょっとだけ羨ましいな、と。彼女の心は何故だかチクチク波立ってしまっていた。



 自身がかつて〝この得体の知れない男〟に同行を願い出た時は、正に追い詰められた鼠そのもの。


 ただ食うか食われるか。それくらいの切羽詰まった心境だった。



 でもそれと同じ位、つまり彼女は自身の命と同じ位に、掛け替えなく大切に想い、探し続けていた恩人という事。


(もし私がレルゼアさんと一緒に居なかったら……そうじゃなくても、もしレルゼアさんが(あらかじ)め彼女に単身ここに居ると告げていたなら……ううん、でもこの場合、結局どう転んでも私は彼女のお邪魔虫に――――)



 ほんの刹那、ぼんやりと自虐へと傾き掛けていた彼女の思考は、最年長者の発言によって、あるべき場所に引き留められた。


「一つ、大きな問題がある」


 それの指し示すところは、短い旅をしてきた二人にとって至極当たり前の事で、リテュエッタは〝誰とも同衾(どうきん)出来無い〟という事だった。



 極力肌同士が触れ合わないようにして、短時間なら大丈夫かもしれないが、衣服越しでも恐らく負担は掛かるし、彼女の持つ奇蹟の力との相性も不透明だった。


 もし一晩中同じ寝床ということであれば、幾ら何でもリスクが勝ち過ぎる。



 もしロレアがその事を知りつつ、〝誰か〟との同衾(どうきん)を願い出ていたのなら、それはもう小悪魔の所業としか言いようが無いのだけれど。


 実際は今から部屋の手配が面倒なだけで、宿の主人らにも迷惑だろうし、頼もしい〝リテュエッタお姉ちゃん〟に悪戯心で少し甘えてみただけの事だった。



 こうなってしまうと、ロレアに対しても彼女の呪い(・・)について明かさざるを得ない。


 (ひっ)(きょう)、誰かが椅子で仮眠を取る羽目になる。


 そしてそれは騎士たるレルゼアが引き受ける(ほか)無いのは誰が見ても明らかだった。


 ロレアは最後の最後まで〝急に押し掛けてしまった私が〟と強く抵抗したものの、もう夜明けまで長くないという事で、渋々折れたのだった。




 * * *




 三人とも浅い眠りのまま朝の暗がりを迎える。


 窓の外の朝霧は少し氷混じりで、まだ弱々しい陽光に照らされてキラキラと(きら)めいていた。


 最初に動き出したのはいつも朝の早いロレアで、ともすれば本当に真っ暗な頃から支度を始める朝食当番よりは随分遅い位だった。


 彼女は音も無く起き上がり、少し離れていた椅子の方にそっと歩み寄る。


 微かな(きぬ)()れの音で誰かの動く気配を悟り、術士の男はほんの少しだけ目を開けたが、眼前の小さな影は人差し指をこちらの唇に当て、声を出さないようにと促してくる。


 そして座っていた男の方に覆い被さるように、小さな聖女は当てた指先の手前側に、優しく口付けをした。



 指一本分。


 彼女の方から少しだけ強く押し付けてみても、決して互いの唇が触れ合う事は無い。


 これが彼女にとっての、精一杯の勇気だった。



 リテュエッタも偶然その時僅かに覚醒し掛けており、その光景を、暗がりに重なる二人の姿をうっすらと目の当たりしていた。


 (おぼろ)()に霞む意識の中で――――ああ、こんな時に目なんか開けなければ良かったな、と。


 一頻(ひとしき)り後悔してから、再び消えない夢に沈もうとして、ゆっくりと瞼を下ろした。

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