第44話 乙女にとって、それは恥じらいで
「う〜ん、やっぱり軽すぎて使いにくいかも」
碧依は手元にあるショートソードの重みがしっくりこないようで、ブンブンと振りながら不満を漏らす。
(俺が使ってた時はそんなこと思わなかったけど……確かに軽そうに振ってるな)
目の前の妹が剣を空に振る度に、大きな風切り音が聞こえる。
その様子に首を傾げたところで、俺は一つの可能性に思い至った。
「碧依、そういえばステータスはどうだったんだ?」
「――あ、そういえばお兄ちゃんは知らなかったよね。今見せてあげるね」
親しい間柄でも見せない人には見せない。
そんなステータスを、碧依は特に拒むこともなく表示させてくれる。
そもそもステータスとは、どういう仕組みか満15歳以上の人間に与えられるもので、探索者資格の年齢制限もここから来ている。
つまり碧依は約一月前、今年の3月3日にステータスを与えられたばかりという訳だ。
「はいどうぞ。……えへへ、何だか恥ずかしいね」
少し気恥ずかしそうに、はにかみながらステータスを公開して見せてくれる。
ステータスは己の存在を数値化した魂そのものであり、探索者によっては、裸を見せるより恥ずかしいという人もいるくらいだ。
(その気持ちは非常によく分かるぞ、碧依……)
俺だって、ステータスオール1なんて恥ずかしい数字は、両親にしか見せたことがない。
仏のような表情でうんうんと頷きながら、目の前に表示されたステータスに目を向けると、俺の目はある一点に固定された。
――STR25という、とんでもない数値によって。
「あ、碧依……さん? STR25ってこれマジ?」
「大マジだよ、お兄ちゃん」
震えながら妹の顔を覗き込むように確認すると、こくりと、碧依は頷きで返してくれる。
武器が軽すぎるという発言から、もしかしたらステータスに秘密があるのではないかと踏んだのだが、どうやらビンゴのようだ。
しかし、この数字は流石に予想外だ。
正直兄妹だから、頭のどこかで俺と似たステータスなのだろうと、そう考えていた自分が途端に恥ずかしくなってきた。
「ほ、他の数値は……普通だな」
俺は衝撃に震えながらも、何とかその他のステータスに目を向けるが、他はどれも平均的な数値に収まっていた。
レベル1時点で、全ての数値は平均で7〜8前後と、そう言われている。
そんな中で、やはりSTRの数値だけが異彩を放っていた。
「恥ずかしいって言うくらいだから、てっきり低い数値だったのかと考えてたけど、お兄ちゃん正直腰を抜かしそうだよ……」
何とか平静を取り戻した俺は、碧依の方に目をやると、何故かしゃがみ込んで俯いてしまう。
「恥ずかしいよ……だってSTR25って、なんかすごく脳筋みたいだもん!」
……なるほど。女の子目線ならではの恥ずかしさという意味だったのか。
顔を押さえながら首を横に振ってる妹に、どう返答したものかと頭を悩ませていると、碧依がゆっくりと立ち上がった。
――かと思えば、突然こちらに迫る勢いでぐいっと顔を寄せてきた。
その瞳は、まるで死を覚悟した戦士のように見える。
「あ、あたしが見せたんだから、お兄ちゃんも見せるのが筋だよね?」
まるで死なば諸共と言わんばかりに俺に詰め寄り、ステータスの開示を迫ってきた。
確かに、筋と言えば筋だろう。
少し考えたところで、俺は碧依にステータスを見せることにする。
「ん、分かった。ステータス公開」
そうして俺は碧依にステータスを公開させる。
碧依の目の前にはレベル30としての俺のステータスが表示された。
「――え、これCランクは余裕であるよね!? わぁ……お兄ちゃんってこんなに強かったんだ!!」
目の前に浮かんだ俺のステータスを見た碧依は、羞恥心より興奮が上回ったようで、尊敬の眼差しを向けてくれる。
「は、はは……ありがとな」
そんな真っ直ぐな瞳を直視できない俺は、視線を逸らしながら頬を掻く。
……いま碧依に見せたのは百の仮面で偽装したステータスだ。
これは俺自身驚いたことなのだが、どうやら百の仮面で作ったステータスはティアと共用になっている。
以前、天霧の状態で何気なくステータスを表示させた時に、どちらを表示させるか選べるようになっていたことに気づいたという訳だ。
名前と職業欄の部分が天霧の名に変わっているだけで、その他は全てティアの時に作成した偽りのステータスになっている。
だが、偽装内容の編集はティアの姿でなければ出来ない。
偽装したステータスで少しだけ心苦しく思いながらも、俺は興奮している碧依の頭にポンと手を置く。
「STRが高いからって恥ずかしがる必要はないぞ? その数字はお前の才能そのものなんだから。それに今から行うレベリングでもっと高くなるんだから、割り切ってどーんと構えとけ」
俺は碧依の頭を撫でながら、それに……と言葉を続ける。
「それにな、数値が低いより高いほうが絶対にいいんだからさ」
元オールステータス1だった身としては、本当に心からそう思う。
頭の上に置かれた俺の手に少しくすぐったそうにしながらも、碧依は思い直したようで両手をぐっと握りしめて気合を入れなおした。
「そ、そうだよね! それに他のステータスも上がれば目立ちにくいよね」
「よし、その意気だ」
妹の頭から手を離した俺は、改めて碧依と向き合うように目線を合わせる。
碧依の視線が俺に向いたことを確認し、目の前に指を2本立てた。
「さて碧依、今からレベリングを行うわけだが、パパっと上げる方法か、ゆっくり上げる方法か、どっちがいい?」
「そんなの、やっぱり早いほうがいいんじゃないの?」
碧依は小首を傾げながら、迷いなく即答した。
そんな妹の返答を聞いて一つ頷き、そのまま碧依の目の前までゆっくりと近づく。
「お兄ちゃん? なんか近くない――って、きゃ!?」
驚きに目を見開く彼女の身体を、おもむろに掬い上げる。
俗に言うお姫様抱っこの体勢だ。
「ちょ、ちょちょっ!? ちょっとお兄ちゃん!?」
「碧依、喋ると舌を噛むぞ。 それじゃ行くぞ!」
「その前に、これは一体どういうこと――――ってうひゃ!?」
凄まじい風圧が吹き抜け、俺は碧依を抱きかかえたまま箱根ダンジョンを疾走した。
★✫★✫
――箱根ダンジョン 地下19F
「到着っと」
一気に19層まで爆走した俺は、ここでようやく足を止めた。
本音を言えば30層まで行きたかったのだが、やはり天霧としてのステータスでは、ティアの時のようなスピードは出なかった。
「碧依? どうしたんだ、顔を押さえて」
「……早く降ろして」
帰りの時間も考慮すると、ここらが限界と判断して止まったのだが、何やら碧依が両手で顔を押さえながらプルプルしている。
顔は見えないが、よく見ると耳が真っ赤になっている。
「……お兄ちゃん。これはどういうことなのかな?」
俺の両腕からゆっくりと降りた碧依は、冷静を装った声で状況説明を求めてくる。
だが、その肩はまだ震えている。
「あ……えっと、碧依が早いほうがいいって言うから、出来るだけ深い階層でレベリングをしようかなと思いまして、はい」
もしかして怒らせてしまったのかも知れない。
得も言えぬ威圧感を放つ妹を前にして、気づけば口調が敬語になってしまっていた。
「……ん、分かった」
そう言って碧依はくるっと俺から顔を背けてしまった。
揺れる髪の間から見える耳は、いまだに熱を持ったまま朱に染まっている。
……これはレベリングどころではないかもしれない。
きっといきなり抱き上げたのが気に障ったのだろう。
デリカシーのなかった行動を謝るために、正面に回ろうとするが、俺が前に立とうとする度にくるくる顔を背けてしまう。
「あ、碧依? その……いきなり抱っこしたのは謝るから、許してほしいな」
「べ、別に怒ってないよ! ただ、今ちょっと色々ヤバイから見ないでほしいだけ!」
正面から謝るのは無理そうだと判断した俺は、背中越しに碧依に頭を下げるが、意外にすぐ許してくれた。
というより、最初から怒ってないと返される始末だった。
「うん、もう大丈夫……ほら、行こうお兄ちゃん。レベリングしてくれるんでしょ?」
ようやく落ち着いたのか、こちらを振り向いた碧依は、呆ける俺の腕を引っ張って進んで行く。
結局、震えていた原因が分からなかった俺は、目の前に現れたモンスターを切っ掛けに思考を戦闘に切り替えて駆け出した。
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