第47話 エスコートは自制の味
「――と、いうわけでございます。当ギルドはティア様の報告は全て真実であると判断いたしました」
対面に座るスーツの女性は、そこで一度言葉を区切り、深く頷いた。
説明によると、俺より一日遅れて帰還した【馴染みの集い】の面々は事細かに状況を報告してくれていたらしい。
そうした彼らの報告と、何よりLD配信に残されていた映像記録が組み合わさって、俺の言葉が正当に裏付けられたのだ。
(――というかやっぱり配信されていたのか……俺、変なことしてないよな?)
当時の記憶を手繰り寄せながら、あの時の自身の言動を必死に振り返っていると、スーツの女性はそして……と言葉を継いだ。
「配信に映っていた個体が既存のどのダンジョンでも確認されていないこと。加えて、Cランク探索者であるティア様がお一人で討伐されたという事実を鑑み、あのモンスターはナイトウルフの変異種という結論に落ち着きました」
「そう……ですか」
俺はその報告を訂正するべきか逡巡したが、辛うじてそれを飲み込む。
これ以上の注目を浴びたくはないし、その後30層まで異常がないことは自分自身で確認済みだ。
「データが不十分なため、攻略アプリの階層更新こそ止まっておりますが、探索自体は現在35層まで進んでおります。……ですが、やはりそういった報告は入っておりません」
どうやら箱根ダンジョン全体で見ても、こうした異変の報告は現在までに俺たちの件だけのようだ。
であれば大丈夫だろうと、俺は内心ホッとしながら胸を撫で下ろす。
だが、安堵した俺の様子を正面から見据えていたスーツの女性は、真剣な面持ちのまま静かに指を一本立てた。
「――しかし、それと関係しているかは不明ですが、ここ最近、当ギルド以外でも同様の報告が相次いでいるのです。最初は海外から始まり、いまでは首都ダンジョンはもちろん、こうした各地の一般ダンジョンでも報告が増えています」
「同様の報告ですか?」
一体どういう意味なのだろうか。続きを促すようにふかふかのソファーに座り直すと、彼女はゆっくりと頷き、言葉を重ねた。
「本来いるはずのない階層のモンスターが出現したり、普段は上層で活動している探索者が深層で遺体となって発見されたりと、様々な報告が上がっています」
「……そういえば、最近そんなニュースを耳にした覚えがあります」
あれは碧依が来た日だっただろうか。
おぼろげではあるが、テレビか何かで聞いた覚えがある。
それ以外も確かにどこかで聞いた覚えがある話だった。
「ええ、今のお話は海外での事例です。日本ではまだ死者こそ出ていませんが、それでも、今回のような異変が起き始めています」
スーツの女性はおもむろに立ち上がると、ゆっくりとこちらへ歩み寄り、優しく俺の手を取った。
そのまま流れるように、俺の横に空いているスペースへと座って詰めてくる。
「ティア様。この地球にダンジョンが現れて30年が経ちますが、言い換えれば、まだたったの30年なのです」
「え、ええ……そうですね」
突然の、それもあまりに自然な接触に驚きつつも、俺は何とか生返事を絞り出した。
「ですので、今回のようなイレギュラーな事態がまた起こらないとも限りません。その際は、ぜひまたご報告を入れていただけると助かります」
「え、ええ。それはもちろんです……けど」
俺の返答に、彼女は満足げにニコリと微笑んだ。
それではお話は以上となりますと、会話は区切られたのだが――なぜか、握られた手は一向に解放されない。
どうしたのだろうかと顔を覗き込むと、彼女の端正な微笑が、わずかにだらしなく崩れているように見える。
その瞳はどことなく遠くへ行ってしまっているようだ。
(……この人、いつまで手を握りしめているんだろうか)
「あの、そろそろ手を……」
「――っは!? 私としたことが、大変申し訳ありません。ティア様のあまりの可愛さに自制が利きませんでした」
愛想笑いを浮かべた俺の指摘を受けて、ようやく我に返ったらしい。
だが、今さらっと怖いことを言われた気がする。
あのまま自制が利かなかったらどうなっていたのだろうか。
「それでは、今度こそお話は以上となります。お疲れ様でした」
コホンと咳払いをしたあと、スーツの女性は俺の手を取ったままソファーからスッと立ち上がった。
――いやまだ離さんのかい!!
本当に自制できているのか不安になる姿のまま、応接室の出口でようやく解放された俺は逃げるように入場ゲートまで戻った。
背後では「ああ……ティア様……」なんて溜息を漏らすような声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。
「……あ、そういえば結局あのスーツの人って誰だったんだろうか?」
短い間に強烈なインパクトを残していったスーツの女性の正体に首を傾げつつも、俺は今度こそ箱根ダンジョンへと足を踏み入れていった。
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