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三国志【劉徳伝】~阿斗の弟、蜀漢の運命に光を灯す~ - 雪中花の誓い
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雪中花の誓い

前回のあらすじ

劉徳、張苞、関興は追われる罪人の身として山中を彷徨い、飢えと寒さに耐えながら行き場を失っていた。

劉徳は伊籍から託された錦の袋を開き、ある場所へ向かうよう導かれる。

苦難の旅路を越え、三人はついに秘境の村「赤嶺村(せきれいそん)」に辿り着いたのであった。

「村長の家へご案内します」

 一行は村の奥へと促され、やや大きめの母屋へと向かった。

 道の両脇には土と煉瓦で築かれた質素な家々が並び、門口は三角形に切り取られ、外壁には白い粉が塗られている。どの家も素朴だが整っており、この村の長い営みを物語っていた。

 周囲の山肌だけが紅葉で真っ赤に染まり、そこから流れ落ちる冷たい風が、家々の煙と混じり合っている。


(……成都を離れてようやく辿り着いたか。ここでは余計な身分を明かすわけにはいかぬ。罪人と知れれば迷惑をかけることになるし、皇族と知れれば人々が気を遣ってしまう。それでは心から迎え入れてはもらえまい)

 劉徳は胸の奥でそう念じ、自らの素性を伏せる決意を固めていた。


「失礼します」

 大きな戸を押して中へ入ると、竈の前で鍋をかき混ぜる老人が目に入った。白い髭をたくわえ、肌には年輪を刻んだ手が薪を扱っている。顔には土のあとと、長年の暮らしが残るが、眼の奥には柔らかな光が宿っていた。


「お客様です」

 案内役が声をかけると、老人は鍋から顔を上げて立ち上がった。


「おう、ご苦労。よくいらっしゃった」

 声には年相応の張りがあり、ただの百姓とは違う風格を漂わせていた。


「こちらが村長の黄承彦(こうしょうげん)さまです」


 その名を聞いた瞬間、劉徳の脳裏に聞き覚えのある響きを感じた。――黄承彦、荊州沔南の名士。丞相諸葛亮の妻、黄月英の父であり、かつては学問と人徳で知られた人物だと聞いたことがある……


「わしは黄承彦。この村の世話役をしておる。もっとも、本来はここを離れ、長く荊州で暮らしておったが……世の乱れに巻き込まれたくなくて、数年前に戻ってきたのじゃ」


 関興が一歩進み出て頭を下げた。

「突然の来訪、失礼いたします。成都からの長旅で疲れており……しばしの間、身を寄せさせていただければ」

「私も同じ思いです」

 張苞も言葉を添える。

 二人の真摯な声が、劉徳の胸を少し軽くした。彼らもまた、自分と同じく身分を隠し、ただの旅人として受け入れられようとしている。


「ふむ……わしも詳しいことは知らぬが、数年前に荊州で伊籍殿から頼まれてな。『ある若者が秋に成都から訪ねてくるかもしれぬ。そのときは力になってやってくれ』と」


「伊籍先生が……!」

 劉徳は思わず息を呑んだ。胸の奥から、熱いものが込み上げてくる。やはり自分は師に導かれてここへ来たのだ。

「そなたらがどういう経緯でここへ来たか、無理に問うつもりはない。しばしここで過ごすとよい」

 黄承彦の言葉は穏やかで、どこか達観した響きを持っていた。

 劉徳は深く頭を下げた。

「……感謝いたします。阿義と申します。どうかそうお呼びください」

 関興と張苞もそれにならい、「義弟」として名を伏せた。

 そのとき、黄承彦がふと思い出したように言った。

「そういえばな、阿義殿。孫娘が、そなたに会いたいと申しておった」


「祖父上、ただいま戻りました!」

 戸口から明るい声が響いた。籠を背負った娘が姿を見せた瞬間、室内の空気が一変する。

 劉徳の目が吸い寄せられ、そして凍りついた。


(まさか……そんなはずは……)


 娘もまた劉徳を見つめ、息を呑んで立ち尽くした。瞳が大きく見開かれ、震える声がもれた。

「……阿義……?」


 籠が床に落ち、山菜が散らばる。娘は一歩、二歩と駆け寄り、そのまま劉徳の胸に飛び込んだ。


 劉徳の腕に、確かな重みと温もりが走る。二度と叶わぬと思っていた再会。五年という歳月がお互いの姿かたちを変えたとしても、この鼓動だけは、心が覚えていた。


「黄鈴……生きて……いてくれたのか……! 本当に……良かった……!」

 言葉にならない嗚咽がこみ上げ、彼はただ彼女を抱きしめた。


 黄鈴もまた、涙を溢れさせながら震える手を懐に差し入れる。布に包まれた小さな紙片を取り出すと、劉徳の掌にそっと載せた。

「……私ね、あの日から一度だって阿義のことを忘れたことはないの……」

 開かれたそこには、色を失いながらも形をとどめた水仙の押し花。五年前、共に過ごした冬の日の証だった。

 劉徳の胸が熱くなる。押し花はもう香りを持たない。それでも――この世に彼女が生きていた証として残っていたのだ。

「黄鈴……」

 声が震える。あの夜、一本の水仙を差し出し、互いに未来を誓い合ったこと。伊籍先生が斬られる中、身を挺して私を庇い、最後に私へ向けて必死に叫んでくれたこと。――あのすべてがあったから、黄鈴がいてくれたから、今の自分がある。

「ありがとう……生きていてくれて……本当に……ありがとう」

 二人は互いを抱き締め、泣き崩れる。張苞と関興は息を呑んで見守り、黄承彦は目を背け、竈の火を見つめながら、静かに目頭を押さえていた。

 外では夕暮れの風に紅葉が舞い、水仙の香りにも似た清らかな空気が山を包んでいた。

 暮れゆく空の下で、失われたと思われた絆が再び結び直されていった。

読んでくださりありがとうございます。評価とブックマーク、感想をぜひよろしくお願いします!

黄鈴との過去エピソードはep14、15、16です。ぜひ読んでいってください。

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