侯爵令嬢の真実について。
ーーー王女殿下が、階段の手すりから落下した日。
「インフィー殿下!!!」
悲鳴を上げた側付き侍女……パラザ殿下の『合図』を聞いて、ルフトに扮したラヴィナは顔を上げた。
上から、ドレスをはためかせて落下してきたインフィー殿下は、あらかじめ〝浮遊〟の効果を持つ魔導具を所持している。
咄嗟の動きを装って、〝強化〟の魔導具で身体強化を施したラヴィナが、彼女の体を柔らかく受け止めようとした……のと同時に、背中を横抱きに支えられた。
そして、腕に一気にのしかかったインフィー殿下の落下による衝撃が、三本目の腕によってさらに軽減される。
「二人とも、無事か!?」
支えてくれたのは、ルフトの従者、ドゥアである。
敬語も抜けるくらいに焦って血相を変えているのも当然で、護衛対象のルフトに対して『同じくらい尊い凶器』が落下したのだ。
「怪我はないよ。流石の状況判断だね」
彼の反応速度なら、ルフトを横抱きに攫った上で、インフィー殿下を受け止めることも出来た筈である。
けれど、ラヴィナが彼女を避けるのではなく落下方向に踏み出していたのを見て、どちらが怪我のリスクが高いかを瞬時に判断し、支える方向に切り替えたのだ。
「失礼致しました。両殿下の尊き身に触れたご無礼をお許し下さい」
ラヴィナの言った通り、怪我がないことを見て取ったドゥアは、すぐに体を離した。
「……上手くいったわね」
「余分なことを口になされませぬよう」
ホッとした表情のインフィー殿下が、耳元で微かに呟くのに釘を刺し、ラヴィナは彼女の体をそっと下ろす。
「いきなり、驚いたよ。大丈夫かい?」
「ええ」
「従姉妹殿、何があった?」
一緒に移動していたダーレストは、階段の手すりから下を覗き込むパラザを見上げながら、そう問いかける。
「何かに足を引っ掛けられたのよ」
親族だがルフト殿下側、と彼のことを認識しているインフィー殿下は、冷たく吐き捨てるようにそう口にする。
しかし、そんな態度を意に介した様子もないダーレストは、一つ頷いてからこちらに目を向けた。
「ルフト殿下。緘口令を敷きたい」
「緘口令?」
「そうだ。従姉妹殿が落下した状況について、一部を伏せてくれ。『手すりを乗り越えた』という部分を」
「よく分からないけど、君がそう言うのなら」
「ああ。私はこの後、国王陛下に面会を求めて話をしてくる」
何かに気づいた様子のダーレストが、スッと階段の上に向かおうとしたので、その背中に声を掛けた。
「何か気になることでも?」
すると彼は、振り向きもしないままこう答えたのだ。
「この件は、おそらく聖女の毒殺と関係があると判断した」
「……まさか」
「お互いに争っている勢力の旗頭が二人、連続して命を狙われた。何か裏があると見るほうがいい」
ーーー早いわね。
この時ラヴィナは、感心すると同時に、別の感情も芽生えていた。
薄々感じていたけれど、彼の冷静さと判断力は常軌を逸している。
ーーーもしかしたら。
それはダーレストに対する、背筋がゾクゾクするような興味の発露。
今までは、ただ他の者よりも賢く、同時に人付き合いに関しては愚かな人物、と考えていたのだが……そうではない可能性に気づいたのだ。
もしかしたら、自分に対抗し得る唯一の存在なのではないか、という考えが、そこで生まれた。
ダーレストは、期待を裏切らなかった。
予想よりも遥かに早く、『真相』に辿り着き……あの断罪劇を演出した。
その上で、再びラヴィナの前に姿を見せたのだ。
※※※
「わたくしが、王女? ……ふふ、おかしなことを仰いますわね」
「この段階で二つの疑問について、答えていただきたい」
ダーレストの言葉に、ラヴィナは首を傾げる。
「推測だけを聞かせていただき、是か非かを答えれば良い、と最初に伺っていたかと思うのですが」
「ここまでの話を聞いて、なお答える程の興味を私に持てなかったのなら、答えずとも構わない」
ーーー狡い言い方ですわね。
搦手とも言えない程度の含みだけれど、もしここでラヴィナが質問に答えなければ、そのままあっさり手を引いて『取引をなし』にする可能性も、僅かだけれど否定出来なくなった。
そうしかねない雰囲気が、ダーレストにはある。
「仕方がありませんわね。どういうご質問ですの?」
「貴女がルフト殿下に変装していた、と私は考えているが、そうすると一つ疑問がある。君の髪と瞳の色は、殿下と異なる黒髪黒目。そして顔立ちも似てはいるが、我が従姉妹殿と違い、瓜二つという程ではない……」
指先を、リズムを取るように一定間隔で揺らしながら、ダーレストはラヴィナを真っ直ぐに見据えている。
「髪色と瞳の色はどうにか誤魔化したとしよう。だが、顔立ちはどうした? あの時点で、私の目には『貴女がルフト殿下である』ようにしか見えなかった」
「そんなことですの? 簡単ですわ」
ラヴィナは、スッと自分の顔を手で撫でる。
すると、服の胸元に入れ込んで隠すように吊るしていたネックレスヘッドの呪玉が淡く輝いた。
肩に垂れる髪の色が銀に変わったので、瞳の色も、紫に変わっているだろう。
「それが、ラヴィナ嬢本来の『色』か」
「ただの〝幻惑〟の魔術ですわ」
「顔立ちも?」
「顔立ちなど、化粧次第でどうにでもなりますの。ふふ、女性は化けますのよ?」
しかしその答えに、ダーレストは少し納得がいかなそうだった。
「〝変化〟の魔術でも行使していたのかと思ったが」
「遺失魔術ではありませんか。そんなものを復活させられる程の才能は、わたくしにはございませんわ」
「なるほど、そういうことにしておこう」
彼は小さく頷くと、今度は肘掛けに肘を置いて、こめかみに人差し指の指先を当てる。
「牢に閉じ込められながら、呪玉を所持している。手枷も魔力を封じる措置もしていない。これで貴女の扱いが、囚人のものではないことも判明した」
「あら、そちらが狙いでしたの?」
「いいや、ただの確認だ」
ダーレストは、再び顔に笑みを戻す。
「もう一つの疑問は、ラヴィナ嬢が従姉妹殿の落下現場に居たのなら、『宰相令息と一緒にいたラヴィナ嬢は誰なのか』だ」
ーーー細かいですわね。
宰相令息……インフィー殿下の婚約者であるウェンデ様は、あの時、ラヴィナと一緒に居た筈の『証人』である。
「ウェンデ様は、わたくしとは『一緒にいなかった』と証言なさっておられましたわ」
「嘘の証言だと、貴女自身が口にしていたのでは?」
「ダーレスト様の推測を元にするのなら、ウェンデ様と一緒に居たのは『共犯』であるルフト殿下なのでは?」
「ほう。我が友人もラヴィナ嬢そっくりに変装が可能だということか」
「あるいは、王女殿下の落下現場に居たのはルフト殿下本人で、わたくしは共犯である彼に情報を教えられただけ、とも取れますわね。その場合、わたくしは王女暗殺未遂の実行犯ではない、ということになりますけれど」
ダーレストは、小さく首を横に振る。
「そういう誤魔化しは必要ない。我が友人が貴女に変装できることを確認したかっただけだ」
ゆっくりと人差し指をこめかみから離し、ダーレストは手を開いた。
「何故、聖女と婚姻が難しかったのか。何故、王女殿下らを排すのに法改正を待つ必要があったのか……五つ目の、そして今回の件の最後の結論を述べよう、ラヴィナ嬢」
「はい」
「あの方とラヴィナ嬢もまた、双子なのだろう。我が従姉妹らと同様にな」
彼は、開いた手で自らの首元を撫でる。
そうして張り出した喉仏に触れるのを見て、ラヴィナは次にダーレストが口にする言葉を悟った。
「そしてルフト殿下は、女性だ。ーーーそれが今回、聖女を排し、王女殿下の勢力に法改正をさせた理由でもあった」
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次回更新は17時です。