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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~ - 番外編 最後にみたもの
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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第一章 劈頭編

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番外編 最後にみたもの


 煙谷とひと悶着あってから数日後。

 見藤の体調は快方へと向かっていた。絞痕(こうこん)もおおかた薄くなってきた。少し襟のある服を着れば上手く隠せるだろう。


 廃旅館の火災に巻き込まれたことで、調査は一時中断された状態のままだ。その調査を終えなければ、見藤の仕事は溜まっていく一方だ。人間の不幸なことか、体は一つしかない。


「はぁ……」


 見藤は溜め息をついても始まらない、いそいそと事務所を発つ準備をするのだった。


 そうして、再びレンタカーを走らせる。煙谷がいないだけで心が軽いのは気のせいではないだろう。あの廃旅館へと向かう道中、何を思ったか道の駅へふらりと立ち寄った。そこは少し寂れてはいるものの、野菜や花などその地域で作られた物が多く並んでいた。


「お」


 そこで見藤の目を引いたのは、この地方で作られている酒だった。

 見藤自身、酒は滅法弱い。だが何気なく酒カップをひとつ買った。――ただの気まぐれだ。



 * * *


 廃旅館がある一帯。明るい時間に訪れてみると、そこは昔。温泉街だった頃の建造物を残していることが確認できた。だが、そのほとんどが廃ビルと化していた。

 そうして、あの廃旅館に辿り着いた。すると――前回、訪れたときのような、禍々しい雰囲気は一切感じられなくなっていた。


(仕事をきっちり終える所だけはまともだな、()()()


 あまり思い出したくない顔が頭をよぎり、首を振る。パキッ、と地面に転がった廃材を踏みながら、見藤は再び廃旅館の中へと足を踏み入れた。


 前回、訪れた際は久保と東雲の件で余裕がなかった。だが、この場所はあの目玉の怪異を除くと、怪異らしき気配が全くなかった。


 通常、怪異となり得る認知の残滓がいくら小さくとも、多少存在しているものだ。不自然にも思うが、信仰が廃れた山などそういうものなのかもしれない。


 見藤が二階へ足を踏み入れると、火災の名残が目に映る。煤が天井にまで伸び、あたりは広い範囲で焼け焦げている。あの目玉の怪異がいなければ、この廃旅館は全焼していたかもしれない。


 すると、肉塊を引きずる音が足元から聞こえてきた。


「お前……」


 あの目玉の怪異だ。どこから現れたのか分からない。だが、見藤を見上げるあの目玉だ。その姿は以前より、もう一回り小さくなり、腕も一つしか残っていない。――もう、時間は残されていないのだろう。


 見藤は煤で汚れることを気にも留めず、地べたに座った。先ほど買った酒カップを目玉の怪異の前に置く。


「この地域で作られた酒だそうだ。助けてくれた礼だ」


 カパッと、蓋を開けて置く。

 目玉の怪異はうごうごと近付くと、一本しかない腕で酒カップを持ち上げようとした。――が、なかなか上手くいかない。


「かければいいか?」


 見藤の問いに、こくこくと目玉の怪異が頷く。

 半分ほどかけた当たりだろうか、目玉の怪異は気持ちよさそうに目を細めている。どうやら気に入った様子だ。


 この目玉の怪異のように信仰も、認知も薄れた怪異を救う手立ては少なからず存在する。しかし、見藤自らの判断で行うことはしない。自然の摂理に介入することは、それ相応の代償を払う必要があるためだ。


 目玉の怪異は酒で濡れた体を蠢かせた。すると、見藤の方をじっと見つめる。


 なつかしい、味だ。

「……、お前」

 わたしの声は届くか?

「あぁ」


 見藤が少し目を見開く。この目玉の怪異に酒を与えたことを、お供え物として受け取ったようだ。その結果、短命ではあるが少しばかり力の補填となったのかもしれない。


 目玉の怪異は見藤を一瞥(いつべつ)すると ――。


 きみの眼はみえすぎている。

「……あぁ、これで若い時は苦労したもんだ」

 時代がちがえばきっと――。

「別にいいさ、今だから得たものもある」

 きみに憑いているものか。きみはそうやって笑うんだな……。ながくなるが、思い出話をきいてくれるか?

「あぁ」


 そうして、目玉の怪異は、ぽつり、ぽつりと話し始めた。


 ◇


 どのくらい昔か。それももう曖昧だが、この辺りは小さな村が点々としていた。

 人は春になれば山菜を採るために山を訪れ、夏は山間に流れる川で魚を採る。秋は木の実やキノコを採り、冬に備えた。

 その山と自然の恵みに、人々は感謝していた。


 そんな山と人との共存が心地よかった。人と仲がよかったことを覚えている。人の姿をとり、子どもたちとよく夕暮れになるまで遊んだ。

 その子ども達も大人になるにつれ、わたしのことは視えなくなっていったが、それでも、その次の世代の子ども達が次の遊び相手となってくれた。そうして紡がれる人の暮らしが好きだった。



 ――あそこの子はもう五つになったよ。あそこの子はもう大人になった。村人同士で夫婦となった祝いの席だ。子どもが生まれた。めでたいなぁ。山の恵みに感謝するんだよ。今日のお供え物はこれにしよう。神様だから酒がいいだろう 。



 そんな暮らしを見守ることが、好きだった。



 だが、それもいつしか、廃れていった。気付けば、もともと「神」とされるモノは、とうにいなくなっていた。


 そうして時代は流れ、次は徐々に自然が切り開かれていった。自然の恵みで栄えた時とは打って変わり、鉄の塊が次々と山へ入ってきた。この時から、怪異や妖怪達は少しずついなくなっていった。中には住処を奪われまいと奮起する妖怪もいたが、既にこの山の信仰は薄れ、大した抵抗にもならなかった。


 そうして、この辺りは瞬く間に建物が立ち並び、人で賑わい始めた。人が好きだったこともあり、また人の営みを見守ることができるのかと、心が躍った。

 だが、それは決して純粋できれいな物ではなかった。――何をそんなに追われていたのだろう。時間、金銭、格差、その時代の人はいろいろなものに追われていた。


 そうしたある日。この旅館が建ち、あの一帯は観光地となった。その旅館を訪れたものは皆、笑顔になって帰って行く。


 わたしが見たかったものだ。久しぶりに、人の姿を取り人の目の前に降りたが、誰もわたしを視ることはできなかった。人は頑張っていた、何のために頑張っていたのかは分からないが、必死に働いていた。


 しかし、いつからだろう。

 この旅館に「開かずの間」が設けられたのは――。


 それに怯え、残っていた僅かな怪異たちも逃げ出してしまった。「開かずの間」は繁栄を願い、神を出入口のない部屋に閉じ込めるもの。必然的に、わたしが降ろされることになった。

 自由を奪われ、酷い仕打ちをされたと思った。だが、わたしには人と過ごした思い出があった。


 暗く閉ざされた部屋にずっといた。どのくらいそうしていたのか、分からない。

 ただ、向こうから聞こえてくる人々の楽し気な声を聞くだけで、満足だった。


 だが、それも徐々におかしくなっていった。部屋の存在は忘れ去られ、楽し気な声はいつしか聞こえてこなくなった。


 何をきっかけにしたのは分からない。黒く、渦巻いたものが旅館に蔓延るようになっていった。そして、死の連鎖が始まった。止めようとしたが「開かずの間」からは出られない。

 時代の移り変わりとともに、信仰心を失い、わたしには食い止める手立てはなかった。


 外の明かりを見る頃には、ここ一帯は廃墟となっていた。あるのは、ここで命を落とした者達だろう。その怨念を携えた霊魂だけだった。


 その頃にはもう、わたしに力は残っていなかった。だけれど、ここに留まった。道連れにされていく人を減らそうとした。ここにある思い出を守りたかった。


 今でも、思い出す。人と過ごした温かな時間を。


 ◇



 目玉の怪異は、少し震えていた。泣いているのだろうか――。

 見藤はただ黙って聞いていた。沈黙が二人の間に流れ、外はおおかた日が傾いていた。


 ふと思い出したかのように、目玉の怪異は隣に座る見藤を見上げた。


 ひとと怪異は、じかんの流れがちがう。そのことを忘れないほうがいい。

「あぁ、忠告ありがとな」

 きみの助力はふようだ、わたしはここで朽ち果てたい。

「そうか」

 最後にきみのような人にあえてよかった。


 見藤は残った酒を目玉の怪異にかける。酒を浴びた目玉の怪異は、ゆっくり――目を細めた。


 なつかしい、思い出と共に逝くよ。

「あぁ」


 そう言い終えると、しばらくして。深く息を吸い込んだかのように一度、少し膨らんだ。そのふくらみが縮まると、目玉の怪異の体は、ぽろぽろと崩れ始めた。崩れ落ちた欠片は、更に小さくなって消えていく。


 そこには、何も残らない。


 人や動物であれば、その者を偲んで墓標を立てることもできただろう。だが、怪異はただ消えてゆくだけなのだ。そこに在った思い出も、何もかも消えてしまう。


 ただ、その存在を覚えているのは、彼を見送った見藤だけだ。そのことが、少しでも目玉の怪異への手向けとなればいい。

 見藤はその様子をただ、黙って見守っていた。


 そうして夕日に照らし出されたのは、見藤と空になった酒カップだけだった。


「…………帰るか」


 そう独り呟いた見藤の声音は憂いに満ちていた。


 後日、キヨの元へ送られてきた調査報告には「八十ヶ岳の怪異、消滅を確認。他怪異現象なく、別条なし」と記載されていた。


これにて一章は閉幕。次回より二章となります。

今後も拙作をよろしくお願いいたします。ブクマや感想、レビューなど頂けましたら、今後の励みになります。

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― 新着の感想 ―
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ライトノベルというよりは、一般文芸系の文章だなと感じました。堅すぎず、かといって軽すぎない地の文が、作風にとても良く合っているように思います。 物語が進む内にいくつもの謎が描かれて、それが気になるよう…
[一言] 第一章まで読了致しました!(`・ω・´)フンスッ! 全体的に、不思議なお仕事見学みたいでワクワクしました! 怪異が出る系のお話大好きなのですが、単純に退治する訳ではなく、むしろ場合によっては…
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