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悪役令嬢なんて知りません!〜悪役令嬢ホイホイの騎士団長は今日も歩けば出会ってしまう - 記憶喪失の皇帝だけが困惑する(前編)
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記憶喪失の皇帝だけが困惑する(前編)



 皇帝の執務室。不安そうに周りの家臣を見る皇帝ルーカス陛下。


 陛下を取り囲むのは、精霊国から帰ってきたばかりの第1部隊と他の騎士団員、それに宰相のエースとノエル、聖女の茜もいた。


「陛下が……記憶喪失?」


「はい。最初に発見したのはノエル嬢と聖女様でしたが……」


 帰って来るや否や、俺達は驚愕の事実を聞かされた。

 帝国最強にして何でも出来る男、ルーカス陛下が何者かによって記憶喪失にさせられていたのだ。


「陛下がやられる? そんな馬鹿な」


「そんなこと出来るヤツなんてこの帝国にいる訳ないだろ……魔王だって敵わない御方だぞ?」


「一体誰が……」


 騎士団員達がざわつく中、ノエルが水晶を差し出した。


「陛下が倒れた時、白い綺麗な女の人がいて……その方を私、前にも見た事があるのです。羽の生えた方でした」


「有翼人……聖国か」


 聖国は魔族を一方的に敵視している。その魔族に支援している帝国とは対立関係にあったのだが、今は冷戦状態だったはず。それに、何か危害を加えた訳でも無く、ただ陛下の記憶を奪うだけというのも目的が分からない。

 謎が謎を呼ぶ聖国の動きに不気味さを覚えたが……それよりも俺達にはやらなくてはいけない事があった。

 騎士団員もエースもノエルも皆同じ考えだろう。皆で頷いた。


「これは……いい機会だからルーカス陛下には休んで貰おう」



 ―――――――――――――――――――



 帝国最強、仕事が出来る男・皇帝ルーカス陛下はこの所忙しくて休む暇が無かった。


 先日温泉に行った時も、慰安旅行のはずなのに魔王領の視察や経営相談、領地改善案などなど……ちゃっかり仕事をしていたのだ。

 前は9時5時だった執務も、いつの間にか残業残業……帝国や精霊国、魔王領の面倒を見る事に加え、ここの所変な事件も多々あり過ぎて陛下の仕事は増えていく一方なので皆が心配していた。

 宰相のエースは自分も残業をすると言ったのだが、部下に過労死はしてほしくないと皇帝が余分に仕事を抱え込んでいた。

 ノエルたんも忙しいならばお茶会の時間はもっと減らしても、と言ったのだが雨の日も皇城内かカフェでその時間は守られた。


 記憶喪失が仮に魔法か何かで故意に行われたのであれば、きっと陛下は自分で何とかするだろう。何せ最強の皇帝なのだ。

 だが、陛下に休んでもらう好機は他に無いかもしれない。俺達は小声で話合った。


「大体、仕事の割り振りがおかし過ぎるんです。今のうちに他の者と相談して仕事の割り振りを見直し、陛下が1人で抱え込まないよう体制改革を行うことにします」


「大体さー、もう帝国は十分住みやすいのに何で次から次へと改善案とか仕事作っちゃうかなぁ」


「わーい! 陛下が記憶喪失なら禁書読み放だ――むぐっ」


「このトラブルメーカーの本オタクは俺達が見張ってるから陛下をよろしく頼みます」


「さー、仕事仕事ー」


「俺は体調悪いから休ませてもら――くしゅ!」


「私は用事があるから帰るわ」


 ロイは三つ子が連行し、エースと他の騎士団員達は仕事に戻った。エースが張り切っていたので仕事の方も何とか分散してやるだろう。聖女の茜は何か用事があるらしく帰って行った。ロックは風邪を引いたみたいだが大丈夫か……?


 陛下を見ると執務室内の変な土産を訝しげに見ていた。俺とノエルたんは顔を見合わせ頷く。


「ルーカス陛下、俺の事は分かりますか? あと、ご自身の事はどこまで分かりますか?」


 陛下は考えた後、悲しそうな顔をした。


「すまない……何も分からないんだ。自身の事も……何者で何をしていたのかすら」


「私の事もですか?」


「すまない……」


 ノエルたんと俺は確信して頷いた。


「君達、もし私の事を知っているのであれば教えてくれないか」


「分かりました。貴方は、この国の皇帝ルーカス陛下です。本名は長いので割愛します。俺も正直覚えていないので。この帝国は平和そのものです。そして貴方は……毎日遊んだり寝たりして過ごしていました」


「……え?」


「よく寝て、よく遊び、よく食べる。これがこの国の皇帝ルーカス陛下の仕事です」


「こ、皇帝ってそういうものなのか……?」


「当たり前でしょう? まさか皇帝自ら仕事して残業して休む暇もないとか……そんな皇帝がどこにいますか???」


「た、確かに……?」


 ルーカス陛下はしばし考えたが、まだ帝国の為に働く心が残っていたのかこめかみを押さえて苦悶し始めた。


「な、何だろう……私の心の中の何かが……違うと言っているような……くっ」


 ヤバイ、陛下の愛国心がまだ微かに残って抵抗している。くそっ! しぶとい奴め!


「陛下はお庭で日向ぼっこしながらお昼寝するのが好きでしたのよ。陛下のお好きなその場所へご案内しますわ」


 そう言ってノエルたんがルーカス陛下の手を引いた。おお、ナイス。



 中庭にある1本の木。春にはピンク色の花を咲かせる古木で、何百年も前に異世界から来たと言われている。


「陛下が大好きな木なんですよね。ふふ」


 ノエルに手を引かれ、陛下はその木の下に座る。ノエルも座ろうとしたのでポケットに入っていたハンカチを出して引いてあげていた。記憶喪失でも紳士は忘れないものなのだろうか。


 夏なのでもうピンク色の花は見られないが、幼い頃からの友人である自分達はこの木の下で遊び、この木の下で剣を振ったりもしたものである。

 花の姿も、その思い出も沢山の景色が俺だけに見えていた。


 ふと、景色を見ていた陛下が呟く。


「ねえ……もしかして君は、私の大切な誰かなのではないのかな? 兄弟なのか、大切な親友なのか……全然分からないのだけど、何か大切な思い出が君との間にあるような……君の事だけは思い出さなくちゃいけないような……そんな気がして」


 そんな不安げな陛下なんて初めて見た。まぁ、もしかしたら見せないようにしていただけなのかもしれないけど。


「そんなに心配しなくても、俺と陛下の間にあった思い出はどれもこれも普通の友人としての事です。絶対に思い出さなくちゃいけない重要な思い出なんて1つも無いですよ。だから、もし陛下が俺の事をずっと思い出せなくったって、俺は全然大丈夫です」


 陛下が目を見開きこちらを見る。


「俺は、変わらず陛下の友人だから。ただ、愛していた国の事は思い出してほしいかなぁ」


 国の事を思い出すとまた根詰めて働いちゃいそうだけど。陛下との思い出はマジで、主に俺がしょーもない物ばかりなんだよなぁ。無理して思い出した方がいいものなんてあったっけ……?


 そよそよと吹く風が陛下の太陽の色の髪を揺らした。


「記憶喪失の時って……こんなのんびりしていいものなんだっけ?」


「まぁ、あまり記憶喪失の人に会った事がないからわからないですが。そういや、頭打てば直るとかいう説もあったような気がするけど……」


 記憶喪失だろうと腐っても帝国最強の陛下。記憶を取り戻すくらいに頭を打つのって、どんな力で叩けばいいんだろうか。


 急に静かになったと思ったら陛下は目を閉じて寝ていた。ノエルたんもその膝で寝ている。

 少しは安心したのかな? 俺のおかげかしら。よしよし。

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