9 馬車の中
カーテン越しに差し込む朝の光が、手元を照らしていた。
指先には、緊張からかほんの少し震えがある。
馬鹿馬鹿しい。私はただ王命に従っているだけ。そこに感情などない。
すると、リディアが横で肘をついて、見つめてきた。
「ほんのちょっと期待してたりして」
「期待?」
「あなたに会いたくて呼びました。みたいな」
「くだらないわ」
そっと目を逸らした。
「何があっても私はクラリス様の味方だからね。陛下の前では自分らしさを見せてもいいと思う」
「……自分らしさ?」
「その顔に張り付いたままの仮面」
「これは貴族社会を生き抜くための武器……防具でもあるの。知っているでしょう」
「よく存じ上げております」
「……ありがとう」
少し緊張がほぐれたような気がする。
リディアがいてくれると心強い。
さあ、行くか。
「クラリス・フォン・ローゼンベルク様、お通しします」
扉が静かに開かれる。深く一礼し、ゆっくりと足を踏み入れる。
金と真紅の装飾が美しい謁見室。
正面に立つのは、深い青の軍服に身を包んだレオンハルト・オルヴィエ・グランツ王。
強い意志と静けさを堪えた双眼がますっぐに向けられる。
控えめに膝を折り、頭を垂れた。
「クラリス・フォン・ローゼンベルク。頭を上げてください」
「はっ。陛下。恐れながら──」
「緊張する必要はありません。あなたを呼んだのは任せたい件があるからです」
「任せたいこと……ですか」
一歩、陛下が前に進み、私の前に立つ。そして青い瞳に見おろされた。
「立ち話もなんですからまずは座りましょう。どうぞ」
手を出されて無視をするわけにはいかなくそっと手を添えると、ソファに案内された。
「間もなく、オルデン侯国から重要な外交使節団が訪れます。その中には女性の高官や貴族夫人たちも含まれており、王宮としても女性同士の交流を重んじねばなりません」
「……それはつまり、文化的な接待役をお探しということでしょうか?」
「その通りです。そしてあなたにそれを任せたいのです」
「わたくしに……ですか」
「ええ。あなたなら、余計な感情に流されずに、国の顔としてふさわしい。そう思いました」
すぐに返事ができず沈黙がおとずれる。
その間も陛下の双眼は私に向けられていた。