殺意に身を委ねて
エイルがゆっくりと剣を引き抜いた。
少年は今から、生まれて初めて、殺しに手を染めることになる。
――これは訓練とは違う。
エイルの瞳に明確な殺意が宿るのを、父親は確かに目撃した。
僕は、今から、あの鹿を殺す。
唇を噛み締めて、剣を握る両手の力を強めて、少年は殺意を高めていく。
エイルの覚悟は十分だ。
だが、問題がひとつある。
少年と鹿までの距離が開きすぎだ。この距離は、エイルの間合いではない。
今のままでは、未熟な体のエイルの足では、絶対に間に合わない。
(もっと、もっと、近づかないと……!)
どうする、エイル?
父親が息子を見守っている。
エイルは、いったん、剣を握る両手を解いた。そして、空いた片方の手を鹿に合わせて、狙いを定める。
すると、少年の手の内に、見えない何かの力が、音を立てずに収束していく。
その力は、視る力を鍛えている者が見れば一目瞭然――少年の手に、輝く気力が収束しているのがわかるだろう。
少年の手中で気力が輝いている。
青く輝くその力は、自然界における水を内包している。
――これなら、いける!
エイルは、水の魔法を鹿に向けて放った。
大量の水が彼の手から放出される。それは、あたりの木々を濡らしながら、小さな洪水となって、鹿に降り注いだ。
情動を主な原動力として、超常現象を起こすこと。
人々は、それを魔法と呼ぶ。
驚いた鹿は、慌てて水流から逃れようとする。
エイル程度の魔法なら、抵抗は容易だろう。
だが――。
「逃がさない!!」
エイルが叫んだ。水流を発した手をぎゅっと強く握り締める。
すると、エイルが生み出した水が、輝きを放った。
白色に輝くその力は、自然界における氷を内包している。
全身を水で濡らした鹿は、魔法の力で、氷の鎧に閉じ込められてしまった。
鎧は不完全で、隙間だらけだが、獲物の動きを封じるには十分だ。
「今だ!!」
エイルの両足が、気力に包まれて輝いた。
赤色に輝くその力は、自然界における火を内包している。
エイルは、両足にぐっと力を込めると、全力で駆けた。
火の魔法を纏う少年の足は、滑りそうな氷の地面を踏み砕いて、ぐんぐんと鹿へ迫っていく。
(――間合いだ!!)
父親と息子が同時に確信する。
エイルの華麗な一振りは、氷の鎧の隙間を縫って、鹿の首を滑らかに切断した。