舞踏
エルエッタは無造作に爪を振り回して、身を阻む邪魔な瓦礫を粉砕していく。彼女の爪を前にしたら、物の硬さなど、なんの意味もなさないのだろう。
少女が爪を振るうたびに、まるで紙を裂くように、鉱物や木材がやすやすと崩れ去ってしまうのだ。
彼女の身を妨げるものがなくなると、少女は、真っ白で小さな人形のような裸足で破片を踏みつぶしながら、堂々と二人に歩み寄った。
エイルとヴェルダンは、エルエッタに気圧されて後ずさりしてしまう。
「……さて?」
武器を構えたまま攻めあぐねている二人を見据えて、エルエッタがくすりと笑った。彼女は、背丈ほどもある長い爪を生やした両手を頭の上で花のように形作ると、両足を交差させて、踊り子のような構えをとった。
エルエッタが、ゆっくりと回転を始める。地面は土のはずだが……彼女にとって、摩擦など関係ないのだろう。氷の上で踊るように、徐々に徐々に回転を速めていく。
――来るぞ!
――うん!
一瞬、地を足で蹴ったエルエッタが、高速で回転しながら二人に迫りくる。
二人は同時に、別々の方向へ横っ飛びに転がった。直後、彼らの体を爪が掠めて、エルエッタが通り過ぎる。
――外した。
回転を解いたエルエッタは、その勢いを利用して、足踏みをしながら後ろ向きで滑っていく。視線は二人から外さない。
少女は、ロッカーを決めると、弧を描く軌跡で、エイルへと迫る。
エイルは考える。
きっと、僕が全力で走るよりも彼女が滑る速度のほうがずっと上だ。でも、滑っているせいか、動きはすごく大雑把。……これはチャンスだ!
エイルは背を向けて、少女から逃げようとする素振りをみせた。当然、すぐに追いつかれてしまう。
エルエッタが嗤いながら、爪を振るう。
――そこだ!
寸でのところで、エイルが身をかわすと、そのまま少女の腹部をめがけて剣を横に薙ぎ払う。
当たる! ――よりも先に、少女がぴたりと動きを止めて、大きく身を捻った。
(そんな!?)
生物を縛り付ける慣性――それすらも御することができるのが魔の者、エルエッタだ。
少女の動きに、少年はただ翻弄される。
エイルの攻撃は空振りに終わってしまった。少年の隙を彼女は見逃してくれるだろうか? そんなことはない。
エルエッタが片腕を引いて、エイルを串刺しにしようと構えた。彼女の身体能力のことだ。きっと、エイルは間一髪の間すら与えられない。
「――おおお!!!」
そこで、ヴェルダンの雄叫びが聞こえた。
エルエッタが横目でちらりと見れば、ヴェルダンがこちらに向かって跳んできているではないか。
彼は、すでに戦鎚を振りかぶっている。攻撃の準備万端だ。
……ふん! だから、なに?
エルエッタは考える。
どうせ、彼は少しでも私の気を引いて、エイルへの攻撃を遅らせようとしているのだろう。だって、このままだと、大切な親友が死んでしまうから。そして、あわよくば、あの戦鎚で、私の頭を砕ければ万々歳の大健闘……ってところかしら?
少女は、ヴェルダンの存在を意に介さない。
エルエッタは、無言でエイルを貫いた。
避ける余裕どころか、悲鳴をあげる間も与えられなかった。彼女の五本の爪が、少年の頭から脚まで、満遍なく貫いてしまったのだ。
ヴェルダンの雄叫びが、悲鳴に変わる。
しかし、そのまま彼は少女の頭を打ち砕こうとした。攻撃をやめる理由はない。
……ガン!!
鈍い音が大部屋に響く。ヴェルダンの武器が、エルエッタの頭部に直撃した。
――!?
手ごたえは確かにあった。しかし――。
エルエッタは、わずかに首を傾けるだけで、微動だにしなかった。
「次はあなた」
エルエッタが冷酷に宣言すると、エイルの体から爪を引き抜いて――。
……あれ?
妙に軽い手触りに、少女が違和感を覚えた。爪を見ると、血がついていない。
少女が、はっとしてエイルを見ると、貫かれたはずの少年の姿が、ふっと消えた。
霧の魔法。
それは、実体を晦まして、少しだけ相手を惑わせることができる不思議な力。
エルエッタがヴェルダンに気を取られた一瞬の隙を突いて、エイルはそれを使っていた。
ヴェルダンの突撃は無駄ではなかったのだ。
エイルがエルエッタの背後で姿を現す。すでに、少年は剣を振るっていた。
少年が剣に纏わせた気力は透明。色を持たずとも輝くその力は、自然界における風を内包している。
殺意を込めた全力の一撃が、少女の肩に直撃した。