少女の夢 ~衛兵の足音~
「ふむ……?」
ぼんやりと窓の外を眺めているシャミィが、ふと、眼下の異変に気がついた。
「我が友よ」
シャミィがエルエッタを手招きする。彼女は、親友のもとへ歩み寄った。
「どうしたの?」
なにを見つけたのか、と外の景色を見ようとするエルエッタの口元に人差し指をあてると、シャミィは大きな声を出さないように目配せした。
無言でうなづくエルエッタに、シャミィは、そっと耳打ちする。
「ひとを呼んだ覚えはあるかい?」
「え? いいえ。誰も――」
と言いかけて、エルエッタはシャミィの視線を追った。そして、彼女がなにを見ているのか、少女は理解した。
……衛兵だ!!
顔がすっぽりと隠れる外套を雨で濡らしながら、数人の兵士が、宿の近くを右往左往している。
彼らは道に迷っただけ? それとも、単に行く当てを探しているだけ? はたまた、宿に泊まろうか悩んでいるだけ?
そんなわけがない。
彼らから発せられる兵士特有の異様な気配――外敵に向ける突き刺すような視線と排他的な感情をむき出しにした冷淡な声――が、ここにいる少女たちの肌に伝わってくるような気さえした。
……それを、わたしですら感じ取れるのだから、すでにシャミィは彼らの動向をより深く理解していると考えてよさそうだ。
「ああ、昨日と今日で、宿の客層が丸ごと入れ替わっている理由がわかったよ。これは――」
と舌打ちするシャミィ。
親友が言ったことを理解したくないが、この状況で、なにも聞かずにやり過ごすことは不可能だ。思わず、エルエッタはシャミィに説明を求めた。
「どこで知ったのやら。連中は、私たちがここにいることを把握している。この宿の今の客は、きっとみんな衛兵だ。元々の客は、全員追い出されてしまったのだろう。かわいそうに。この分だと、すでに裏口も張られているのかな」
「嘘でしょ!? ああ、もう、最悪!! こんな天気の日に……!!」
「こんな日だからこそさ。これだけ人通りが少なければ、多少は騒ぎになっても問題ない。……友よ、あれを見てくれ」
どうやら、状況はさらに悪くなるようだ。
彼女が指し示す道の先で、いくつかのぼんやりとした光が揺れ動いている。それらは、次第に、数を増し形を大きくし、こちらを目指して迫っていることは明らかだった。
「……増援かしら」
そう言って、眼下の路地に視線を戻すと、どこから湧いて出たのか、路上に屯する兵士の数が倍近く増えており、エルエッタはぎょっとした。
「だろうね。友よ、逃げよう」
「車で?」
「残念ながら、それはまた今度だ。走るよ」
「走るって、どこまで!?」
「街の外までだ。そのあとにあてがある。この付近で、二人の魔女――ギベリィとグックルガムの目撃情報があった」
「魔女……!!」
エルエッタが露骨に顔をしかめた。
「魔女なんて、みんな理性が捩くれた外道な連中じゃない! あいつらが私たちの味方をするとは思えないわ! それに、まともに言葉が通じるかだって――」
興奮してまくし立てるエルエッタを、落ちつくんだ、とシャミィが手で制した。
「記録によると、ギベリィは広く認知されているわりに被害件数が非常に少ない、言ってしまえば温和な魔女だ」
シャミィの言葉を聞いたエルエッタは、それを鼻で笑う。
親友には申し訳ないが、一般的な魔の者や人類にとって、魔女は傍迷惑で危険極まりない畜生以下の存在、という認識である。
圧倒的な力を誇るシャミィら特別な面々ですら気を許せない相手に、非力なエルエッタが、どうして全幅の信頼を置けようか。
「温和? 魔女に最も不要とされているのが、心地のいい言葉よ。それが常識」
「友よ、気持ちはわかる。だが、今の私たちには、優秀な追っ手を撒ける強力な足が必要だ。それには、馬車の魔女――ギベリィの力が必要だ」
「……でも……」
シャミィは、まだ納得がいかない様子のエルエッタを真っすぐに見据えて、力強く宣言をした。
「いざとなれば、力を以て、私が魔女を排除しよう」
……。
彼女の誓いが、少女の背中を押した。
「……わかったわ。あなたを信じる」
そこまで言うなら、信じよう。もし、誓いが破られたとしても、ありのままの結果を受け入れよう。進むと決めたからには、どんな道だろうがとことん進む。それが、彼女を信じるということだ。
エルエッタは、ようやく、シャミィの提案を受け入れる決断をした。
「ちなみに、グックルガムはどうなの?」
「即始末する」
彼女は端的に述べた。続けて、それの情報について話した。
「愛の魔女は、ほとんど存在を知られていないが、被害件数が極端に多い。情報が広まらないのは、統制よりも魔女のなにかが原因だろう。兵士の間では、最優先の抹殺対象となっているそうだ」
それを聞いたエルエッタは、得体の知れない不気味さに、大きく身震いをした。
「……もしも、逃げた先に待っているのがギベリィじゃなくてグックルガムだったら、私たちどうしましょう?」
するとシャミィは、ちっちっ、と舌を鳴らして余裕たっぷりに構えながら、少女を窘めた。
「友よ、わざわざ悪いほうを考えるものじゃないよ。現実になってしまうからね」