少女の夢 ~エルエッタの恐怖~
「な、なにが起こっているの……?」
ひとり残された少女、エルエッタは、小部屋の隅で自分の肩を抱いて座り込んでいた。
最初に、シャミィのすさまじい悲鳴が聞こえてきた。それからは、狂ったような子どもの笑い声とシャミィの悲痛な叫びがずっと聞こえている。明らかに、親友の危機だ。それなのに――。
こわくて、うごけない。
早く助けにいかなければ! シャミィが死んでしまう! 動け! 動いて! 私の体!
頭では状況を理解しているはずなのに、体が全く言うことを聞かなかった。通路の奥で起きているのは常軌を逸している出来事で、自分の手に負えないことを本能でわかってしまったのだ。
つまり……シャミィはもう手遅れである?
「ああ! 嘘よ! 嘘!! そんなはずがない!!!」
エルエッタが半狂乱で叫ぶ。頭を掻き毟って、地面を何度も殴りつけて、嘘だ、嘘だ、と叫び続けた。その行為になんの意味があるだろうか。ここでくだを巻いても、状況はなにも変わらないというのに。
「うう……シャミィ!! シャミィィィィィィ!!!!!」
エルエッタは通路の奥に向かって叫んだ。敵が来るかもしれないなんて考えは、彼女の頭から吹き飛んでいた。誰か、ここから一歩も動けないでいる自分の臆病さを嗤ってくれ。そう思うほどに、エルエッタは追いつめられていた。
そして……。
しん、と場は静まり返った。誰の声も聞こえなくなった。
ああ、終わったのだ。終わってしまったのだ。
おそらく、もうシャミィはこの世にいない。自分は、ひとりこの世に取り残されてしまったのだ。
不思議と悲しみはなかった。それは、シャミィの言う「不滅の存在」という言葉が支えになっているからではない。今の、この状況で「また会えるかも」なんて呑気な考えは浮かんでこない。
それは、ただの恐怖。得体の知れない存在に親友が殺されてしまったことへの恐怖心だ。次は、自分の番?
「ああ、どうしよう。どうしよう……! 助けてよ、シャミィィィィ……!!!」
エルエッタは嗚咽を漏らしてその場に突っ伏してしまう。顔が汚れるのも構わずに、少女は泣き続けた。
逃げなければ――。
でも敵討ちをしないと――。
「……あ」
エルエッタは、床に転がっている瓶の存在に気がついた。その形状には見覚えがある。ふたを開けてみれば、きついアルコール臭が鼻を突いた。酒だ。
そうだ。これだ。これがあれば、恐怖を麻痺させてくれる……。
エルエッタは瓶の中身を口にした。
「ぐっ! げほっ!」
度数が高い酒なのだろう。思いきりむせた。それでも、少女は液体を喉の奥に押し込むようにして飲み干した。
「はぁ……くっ」
体の奥から、かーっと熱くなって、頭に血が上っていく感覚を覚える……。
「ふふふ……ふふ……。シャミィ、大丈夫。私は大丈夫だから……」
立ち上がると、千鳥足のエルエッタは、近くにあった棚の上にぴょんと飛び乗った。そして、無意味に髪の毛の手入れを始めた。
どうか、このまま酔いが醒めませんように。そう祈りながら、エルエッタは侵入者がこの場所に来るときを待った。
酒の力によって恐怖を吹き飛ばしたエルエッタの心に残っているのは、復讐のみであった。