80.北方騎士団団長
「ここが資料室でしょうか。」
「ええ、そうです。」
ルシアの目の前に広がる部屋には多くの本や紙束をまとめた物が収まった本棚が両脇にあり、それらを見て書き物をする為の机にはまっさらな紙とインクが置かれていた。
「...わたくしが触れていけないものは?」
騎士団の機密事項とかってさすがに私が見ちゃ駄目だよね。
ルシアはここまで案内をしてくれた騎士団長を見上げる。
そう、資料室の出入りの許可を取りに行った際に、彼も資料室に用事があるとのことで彼自身が案内してくれることになったのだ。
「ああ、それらはあの棚に。それ以外であれば、どうぞご自由に。」
「では、お言葉に甘えますわ。」
私は口角は上げて、スカートの端をちょこんとつまみ、淑女の礼を取って部屋の奥へ進む。
あ、机の上の書類。
ルシアが覗き込んだ書類には今朝の畑荒らしの件が書かれていた。
もう既に動いているのか、仕事が早いなー。
この字はテレサのものだ。
手記に書かれていた筆跡と同じ字でその書類は書かれていることにルシアは気付く。
さすがテレサさん、仕事出来るタイプの女性だ。
ばりばりのキャリアウーマンみたい。
「それで令嬢は何の資料をご覧になりたいので?」
「わたくしはファウケースの環境について知りたいのです。確かに作物の芽は出ましたけれど、その後育つかは分からないでしょう?ですから、イストリアとの環境に差違があるか知ることで、少しは予測出来るのではないかと思いましたの。」
っていう名目ね。
地図も見せてもらえるようなので横領の件も何か対策が取れるかもということだ。
「騎士団長様はどういったご用件でしょう?」
人に突っ込んで聞かれたくないなら、こちらが問う側に回るべし。
ルシアは純粋な疑問ではないところで騎士団長に問い掛けた。
「ああ、私は今朝のこともありますが、少し調べものを。恥ずかしながら昔から自分で調べないと納得のいかない性質でして。」
「そうでしたの。」
へぇ、随分真面目なタイプの人だな。
ルシアが騎士団長と話すのはこれが二度目である。
前に畑を案内された時は彼はクリストフォルスに、私にはテレサが横についていたのであまり話す機会がなかった。
うん、少年騎士から聞いた騎士団長像のままだ。
他の騎士にも聞いたけど騎士団長の評価は真面目、親しみやすい、正義感の強い人ということだった。
ルシアも目の前の彼を称するとしたら同じような言葉を選ぶことだろう。
「......ああ、そういえば。食堂で仲良くしていただいた少年騎士から貴方が最近、ピリピリしていると聞いたわ。」
「ピリピリ、ですか......今、追っている件が難航しているのできっとそれででしょう。いや、心配されるほど張り詰めていたとは反省です。」
へらり、と騎士団長は笑いながら急遽、クリストフォルスと私の訪問が決まり、安全面などで確認することも増えたことも一因だと思うと言った。
うん、まあそれもあるよね。
それに関してはちょっと罪悪感あるよね。
「ともあれ、今は何を置いても畑荒らしの犯人捜索が最優先です。あれはただの畑ではない。貴方方が運んでくださったこの街、強いてはアルクスの民の為の大事な物が植わっていた。」
「あら、そこまで言っていただいてありがとうございます。」
「いえ、こちらこそ礼を言うべき立場です。それだけに十全に守れず申し訳ありません。」
自分が一番悔しいとでも言いたげな顔でオーバーなほどの怒りを顕にする騎士団長にルシアは微笑んで答える。
それに対して今度は心底申し訳なさそうな表情で彼は謝ってきた。
「......早く解決すれば良いのだけれど。」
「全くです。」
ルシアは純粋無垢な令嬢の仮面を被ったまま、憂い顔を作って呟いた。
それに騎士団長が頷く。
さて、せっかく資料室に居るのだ。
そろそろ資料を見ていこう。
そう思ったルシアはもう一度、微笑んで見せて本棚に目線を戻したのだった。