82.ナイフとペンダントの中身
「......命の別状はないのね?」
「はい、心臓すれすれではございましたが、辛うじて致命傷ではございませんでしたので。このまま、安静にしていれば騎士としての復帰も出来るでしょう。」
ルシアは目の前のベッドで眠る少年騎士を見ながら傍に居た医師に問う。
そして、医師の言葉を聞いてルシアは胸を撫で下ろした。
命拾いしただけではなく、騎士としての命も救われたことはとても喜ばしい。
いくら助かっても剣を握れないんじゃ、あんなに一人前になるんだと溌剌とした笑顔で語っていた少年が可哀想でならないからね。
一先ず、大丈夫そうでホッとした。
「...彼は昨日、明朝に騎士団長様から頼まれたことを手伝うのだと言っていたわ。けれど、彼は刺され、騎士団長様は行方不明。」
これは犯人は騎士団長なのでは?
もしや、横領の件も?
ルシアがちらりと周りを見渡す。
ここは少年騎士の自室だ。
中にはテレサと同室の騎士、ルシアとクストディオ、オズバルド。
状況は全て、騎士団長の分が悪いと告げているのに、ここに居るテレサも騎士も、外に居る騎士たちもそんなはずはないといった顔をしている。
「テレサさん、ノックスさんも居ないことも含め、クリス様の元で話し合いを行いましょう。」
「はい、そうです、ね。」
歯切れ悪そうに頷く彼女はそれでも今、ここに居る中で一番の立場の者として動いたのだった。
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「......状況は厳しいね。まず、何処へ行ったのか分からない。」
「ニキティウスを呼び戻してあたらせているけれど、去った方向も分からないらしいわ。」
ルシアは今まで立ち入ったことのないこの駐屯所でのクリストフォルスの部屋でソファに腰掛けていた。
クリストフォルスもルシアもテレサも皆、厳しい表情を隠せない。
ルシアはニキティウスに調べさせているが、ルシアが見たノックスも門番に何も告げず出ていったようで何処へ向かったか分かっていないし、騎士団長にいたっては目撃者が居ないという不可思議。
ここは外へ出るには絶対に門番の目に止まるはずなんだが。
ああ、あの時、ノックスが馬で駆けていくのを窓から見た時に躊躇いなくクストディオを叩き起こして追いかけておくべきだった。
内心、私は歯軋りをする。
もう、何かが起こっていなければ良いと思っていたのに。
実際はこうして起こってしまってるなんて皮肉もいいところだ。
「申し訳ありません、私にも彼らが何処へ向かったのか見当もつかず...。」
「いいえ、テレサさんだけの非ではないわ。」
「うん、そうだね。それよりこれからどうするかだ。刺された騎士は無事なんだね?」
頭を下げるテレサに私は首を横に振る。
クリストフォルスも私に同意して少年騎士を案じる言葉を発した。
テレサはそれに頷き、控えていた騎士から何かを受け取って私とクリストフォルスが挟んで座っていたテーブルにそれを置いた。
それは一本のナイフだった。
手入れが行き届いているようで|銀色が鋭く輝くが、その刃先の部分だけ荒く拭われたのか反射が鈍い。
まるで使用したてのような。
それに思い至ってルシアはぶるりと身を揺らす。
「はい、刺された者は無事です。これは彼に刺さったままになっていたナイフです。無理に引き抜かれなかった為、なんとか一命を取り留めることが出来ました。」
「そう、これが。」
クリストフォルスがテレサに許可を得て、ナイフを持ち上げる。
ルシアはその様子を彼の正面から見ていた。
何の変哲もないダガータイプのナイフだ。
少し形は店先の物とは違うので個人で注文したものだろうか。
さすがにこのナイフ一本では犯人は割り出せないよねー。
「これが心臓すれすれに刺さっておりました。」
「...それは外れたというより意図して外したという方が自然だね。」
クリストフォルスの推察にテレサもルシアも頷いた。
心臓はそんなに小さい的じゃない。
ましてやすれすれだなんて狙ってやったとしか。
まあ、それはそれでかなりの技術が必要なんだけど。
騎士ではなく、暗殺者としての。
「...クリス様、テレサさん。そのナイフ触れても?」
ルシアはクリストフォルスに手を差し出してナイフを受け取った。
私は何故だか初めて見るはずのそれに既視感を感じてならなかったのだ。
「何か分かった?」
「いえ、何も。...!」
そこでルシアはナイフの柄に刻まれたシンプルな意匠を見て唐突に思い出した。
これは見たことがある。
白黒の絵だったが間違いない、形も同じ。
「ルシア?」
私は自分の心臓がどくどくと大きく鳴り響くのを聞きながら、ガタッと音を立てて立ち上がった。
それに驚いたクリストフォルスが声をかけるが、ルシアは別のことに気を取られていて何も返事をしない。
「...急がなければ。」
「ルシア!?」
ルシアは急いだように部屋を出ようと扉へ向かう。
私の推測が正しければ...ああ、駄目だ駄目駄目。
時間がかかればかかるほど相手の思うつぼだ。
カラン。
そこでルシアの足元に何かが転がって跳ねた。
私はその音に足を止める。
「ルシア、何かを落としたよ。......ペンダント?」
それはまさしくノックスに|渡されたペンダントだった。
あれから理由はないが持ち歩いていたのだ。
ルシアは同じく立ち上がったクリストフォルスが拾い上げてくれたそれを受け取って瞠目した。
そのクリストフォルスの行動にでもない。
歪んで開かなかったペンダントが落とした拍子に開いたことでもない。
ルシアの目線を釘付けにしたのはその中身。
そこには石のついていない指輪と一緒に一枚の絵が納められていた。
絵には見覚えのある男の若かりし姿とその母だろうか、女性が描かれていた。
「...っ、クストディオ!!馬を!」
堪らずといったようにルシアは悲鳴に似た声を張り上げた。
状況を読めないながらもクストディオはルシアの指示を聞いて廊下への扉を開く。
ルシアはその後へ続いて外へ出ようとした。
「ルシア、何処へ行くんだ。」
「森へ。...彼は竜の尾へ向かうわ。」
ルシアはそれだけを言い残して、クストディオと共に馬を走らせたのだった。