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英雄王とイストリアの白銀姫 - 84.彼の男、その正体(後編)
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84.彼の男、その正体(後編)


「へぇ、俺が誰かも分かっているのか。ますます驚いた。ねぇ、どうして分かったの、イストリアのお嬢ちゃん。」


にやつきながらも笑っていない男の瞳にルシアは吞まれそうになりながらも対峙する。

まあ、小説を読んだからなんて理由にはならないよね。

ルシアはなんとか顔にいつもの表情を浮かべて笑った。

さすがに表情筋が死んでいるかの(ごと)きルシアでも今、対峙している男の笑みや視線が怖かった。

自分が非力なことを再認識させられるような、そんな威圧感がこの場を覆っている。


「...(したた)かなスラング兵ならせっかく一年もかけた任務をこんな小娘に(あば)かれて、おめおめ逃げ帰るとは思わなかっただけよ。それが貴方なら尚更。」


いや、まだ暴いてはいなかったんだけども。

まあ、辿り着くのは時間の問題ではあった。


「俺がイストリアに潜入しようとしてたのもやっぱりお見通しかー。でも、それにしても分からない。ここが行き来出来ることは俺以外知らないはずなんだけどなぁ。」


「...別の情報源から得ていたのよ。ここが身体能力に(すぐ)れた者ならば渡れることを。スラングの兵の中でも特に優秀な密偵の貴方なら渡ることが出来る。だから、ここに来た。ねぇ、そうでしょう?毒蜘蛛(どくぐも)さん。」


まあ、正確な位置は知らなくて、彼に遭遇するかは五分五分でそれなりに焦ったけど。

隙を見せてはいけない。

余裕があるように振る舞え。

でなければ、糸に足を絡め取られて一思いに喰われる。


こいつはそういう奴だ。

スラングの毒蜘蛛と呼ばれる眼前の男は、作中でも厄介この上ない敵だった。

本来ならば、もっと中盤に出てくる中ボス的な存在感の男だったのだけど。

まさかそんな男が物語の開始以前の前準備とも言えるこの時期のこの場所に居るなんて。

予想してたし、知った上で接触する為に来たのだが、よりによってこの面倒な感は(いな)めない。


「ふぅーん?その情報源は気になるところだねぇ。でも、お嬢ちゃん。確かにその護衛くんは強そうだけど、たった二人でこの俺を止められると思ったのかなぁ?」


男が今までよりずっと壮絶な笑みを浮かべた。

その瞬間、ぞわっとルシアの全身を鳥肌が駆け抜ける。

そして、その反応が正しかったとでも言うように、男からルシアに向けてナイフが投擲(とうてき)されたのだった。



そこからは正真正銘の戦闘である。

初撃のナイフはクストディオによって撃ち落とされ、彼はそのまま反撃に出た。

片方は元だが、どちらも密偵という職業ながら持ち得る技術は暗殺技という者だ。

飛び交うナイフも(つば)迫り合うダガーナイフと短剣も暗器である。

クストディオも投擲を得意とする。

次点が弓だ。

そして、男も投擲を得意としている。


力は互角。

しかし、クストディオが押されていた。

理由は簡単だ、だってクストディオは途中、戦闘の合間に挟まれるルシアに向けての投擲を全て弾いているのだから。

ルシアも避けられるものは避けるが、それでも令嬢が簡単に避けられるものではない。

クストディオがほとんど弾いてくれているから事なきを得ていた。

完全に足手纏いと化しているこの状況は非常に腹立たしい。


「!」


「っ、ルシア!!」


ほんの一瞬。

本当に一瞬、クストディオが男の剣撃に揺らいだその隙にナイフが一本。

男からルシアへ。


ルシアは避けようとするが、ナイフはすぐそこまで迫っている。

一歩遅れたクストディオが焦った顔でこちらに手を伸ばすのが見える。

男がにたりと笑うのが見える。

私は逃げられないのならと、腕を顔の前に庇うように差し出した。

絶対、痛い。

痛いけど死ぬくらいなら、腕くらいくれてやる!!

ああ、これは説教で済まないわ。


ルシアはそう覚悟して反射的に目を閉じたがいつまで経っても衝撃と痛みは来ない。

代わりにカンッ、と金属同士がぶつかったような大きく響く音がした。

(まぶた)を開いたルシアの目に飛び込んできたのは北方騎士団の騎士服。

そして、(なび)くワインレッドの髪。


「ノックス!!」


ルシアの目の前にはノックスが立っていた。

ナイフを打ち払った剣先を男へ向けるその姿は騎士と呼ぶに相応(ふさわ)しいものだった。


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